グランプリの華と称されるモナコGPだが、ドライバーたちにとってはモンテカルロ市街地を超高速で駆け抜ける喜びを堪能できる予選とは対照的に、決勝は抜けないサーキットゆえのフラストレーションとの戦いになる。
従来よりも2ステップも柔らかいタイヤが持ち込まれた今年は左フロントのグレイニングがグリップ低下を引き起こし、ドライバーたちはタイヤマネージメントにも追われることとなった。
そんな中で最高のタイヤマネージメントと戦略で好結果を手に入れたのがトロロッソ・ホンダだった。
トロロッソ(以下、STR)「HUL(ニコ・ヒュルケンベルグ)がウルトラソフトだ」
予選Q3に進み、5周使ったハイパーソフトでスタートしなければならなかったピエール・ガスリーにとっては、11番手以下からウルトラかスーパーで長く引っ張ってくるドライバーの存在が懸念材料だった。中でも純粋な速さのあるニコ・ヒュルケンベルグは要注意だった。
1周目、スタート直後の混乱の中でブレンドン・ハートレーはミラボー出口でシャルル・ルクレールに接触されフロントウイングにダメージを負ってしまう。
ブレンドン・ハートレー(以下、HAR)「コンタクトした! フロントウイングをヒットされた!」
STR「今データをチェックしているよ。ピットインする必要がある?」
HAR「OK、僕の判断に任せてくれ。今のところ大丈夫そうだ」
STR「OK、ステイアウトしろ。データ上はバランスはOKだ。ステイアウト、ステイアウト」
テレメトリーでは大きなダウンフォース量のロスは確認できないとはいえ、右のフロント翼端板が飛んで前のダウンフォースを失ってしまったことはその後のタイヤマネージメントを考えると大きな不利になった。
STR「タイヤをできるだけケアしろ。できるときにモード7に変更してくれ」
ハートレーは最後尾スタートのマックス・フェルスタッペンが追い付いてくると先行させ、1.8秒のギャップを開けてタイヤを守りながら走行を続けた。
HAR「今のところタイヤにハッピーだよ」
STR「了解、プランAは上手くいっているよ。プッシュ、プッシュ。VER(フェルスタッペン)に付いていけ」
13周目に早めのピットインを仕掛け、ルクレールとストフェル・バンドーンをアンダーカットすることに成功した。
STR「LEC(ルクレール)に対してよくやった! このままプッシュしていこう。前のSAI(カルロス・サインツJr.)とは3.2秒差だ。ポイントを取るためにはプランAを成功させる必要がある」
プランAとは1ストップ作戦。ハイパーソフトからウルトラソフトに履き替え、残り65周を走り切らなければならない。しかしハイペースを維持してそれがこなせれば、レースが終わるときには入賞圏内まで浮上している可能性があった。
ハートレーはルクレールやバンドーンに対してアンダーカットを仕掛けるためにピットイン時にノーズ交換はできず、ダウンフォースを失っていることもあってグレイニングに苦しんでいた。それをなんとかしようとエンジニアも必死に方法を模索した。
STR「今のところデータ上ではタイヤは大丈夫だ。フロントを守るためにスイッチを使え。どのクルマも同じ問題を抱えているし、しばらくすると(グリップは)戻ってくるはずだよ。必要ならデフエントリー5、エンジンブレーキ5を使え」
HAR「左フロントが本当にもうないよ」
STR「ステイアウトだ、他に選択肢はないんだ。エントリー4を使え」
HAR「クレイジーなくらいアンダーステアだ。このタイヤじゃ走れない!」
一方のガスリーはレース序盤は前走車たちの後ろでひたすらタイヤをケアすることに専念して爪を隠していた。上位勢が16周目にピットインを始めると、いよいよ前とのギャップを縮めるようガスリーにも指示が飛んだ。
STR「PER(セルジオ・ペレス)とのギャップを縮めろ。プッシュできるか?」
ガスリー自身もチームもどこまでタイヤが保つかは未知数だったため、ピットインの準備はしていた。
STR「フロントフラップはどう?」
ガスリー(以下、GAS)「もう少し上げたい」
STR「全てはクリアだ。前がクリアになったからプッシュしろ」
21周目にペレス、23周目にエステバン・オコンがピットインして前がクリアになると、ガスリーはタイヤを労りながらも新品タイヤに履き替えた中団勢よりも速いペースで走り始めた。
STR「良い仕事をしているよ。後ろとのギャップを広げているぞ」
ウルトラソフトのヒュルケンベルグよりも1周1秒速いペースで走り続けたガスリーは、34周目になってもまだ新品タイヤを履いた中団勢より0.6秒速いペースで走行していた。
STR「後ろより0.6秒速いペースだ、良い仕事をしているよ」
しかし36周目あたりからタイヤのデグラデーションが急激に進む。
GAS「タイヤが厳しい、どんどんタイムを失っているよ!」
報告を受けたチームは37周目にピットに呼び入れ、ウルトラソフトに交換。これでペレスとサインツをオーバーカットし、フェルナンド・アロンソとフェルスタッペンの後ろでコースに戻った。
GAS「彼(VER)が前にいて抑え込まれている」
STR「VERの後ろでタイヤをセーブするんだ。彼はいずれピットインする。後ろのSAIは君よりも遅いよ」
フェルスタッペンがピットインし、アロンソはギヤボックストラブルでリタイア。すると6番手オコンとのギャップもそれほど大きくはない状況となった。ガスリーのタイヤはオコンよりも14周も若く、中団トップのポジションも見えてきた。
STR「OCO(オコン)は6.5秒前方。我々の方が速いぞ」
ピットガレージではホンダとトロロッソでやりとりをしながらパワーユニットのモードを頻繁に切り替え、チャージとアタックを繰り返してオコンに揺さぶりを掛けていった。
STR「モード11を2周だけ使え。OCOより速いペースだぞ」
STR「1周だけモード8だ」
STR「前のOCOは0.2秒遅い。HULが速いペースで追いかけて来ている」
50周目にピットインしたばかりのヒュルケンベルグが新品のハイパーソフトで1秒以上速いペースで追いかけてくる。その後ろには同じくハイパーソフトのフェルスタッペンもいる。
STR「モード7。ターン7の出口は気をつけろ、HULの方が速いぞ」
STR「HULはもうすぐハイパーソフトのグレイニングに苦しむぞ。だからなんとか前に留まるんだ」
一方、グレイニングが解消できたハートレーはペースが戻り、10番手のサインツに追い付いていった。
STR「急速にSAIに追い付いていっているぞ、彼はペースが遅い。あと3周でSAIを捕まえられずはずだ」
ハートレーはピットストップ時のスピード違反を取られ5秒加算ペナルティを科されたためサインツ攻略は難しくなったが、それでも背後のルクレールに対して5秒以上の差をつけてフィニッシュし11位を確保する必要があった。
STR「LECはトラブルを抱えているようだ。できるだけギャップを広げておこう」
そう伝えた矢先、ヌーベルシケインでルクレールの左前ブレーキディスクが割れハートレーのリヤに激突。10位目前まで追いかけたハートレーのレースは終わってしまった。
STR「OK、ゆっくり走ってピットに戻ってこい。ガレージ前で止めてスイッチオフだ」
この事故処理のためVSCが導入され、ガスリーのタイヤ温度は下がった。レース再開直後の温まりはワーキングレンジの低いハイパーソフトの方が有利で、厳しい状況だった。
STR「VSCが終わるぞ、モード7、オフセット-2で0にしろ」
ガスリーは冷静にポジションを守り切るどころか、前のオコンに迫っていった。
STR「OCOはブレーキトラブルを抱えているようだ、彼を捕まえよう。必要ならモード2を使っても良いぞ」
ハイパワーモードを使ったが、抜けないモナコでなおかつ後ろに2台を従えてのバトルではオコン攻略はならず。それでもガスリーは長いレースを見事に戦い抜いて10番グリッドから7位へとポジションアップを果たした。これはまさしくドライバーとトロロッソとホンダの総力戦によって成し遂げた入賞だった。