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若者の憂鬱と「死にたい」を表現するドラマや音楽。米社会の闇を探る

2018年05月30日 18:01  CINRA.NET

CINRA.NET

『13の理由』シーズン2より 写真提供:Beth Dubber/Netflix
アメリカのポップカルチャーで「若者の自殺」が流行している。2017年、そんな信じがたいトレンドをメディアやアメリカ精神医学協会が報告した。

代表作は、Netflix製作のヒットドラマ『13の理由』。歌詞サイト「Genius」で「最も回覧された歌詞」の一つとなったLil Uzi Vertの“XO Tour Llif3”。そして自殺防止を訴えたLogicのヒット曲“1-800-273-8255”が挙げられる。本稿では『13の理由』やヒップホップに着目し「若者の自殺」カルチャームーブメントの背景にあるアメリカ社会の問題を探る。

<彼女は言った「ベイビー、私は死ぬのが怖くない」 隅に追いやられる
俺の友達は全員死んだよ Lil Uzi Vert “XO Tour Llif3”>

■ユースカルチャーの流行は「ディストピア」からヒーロー不在の「若者の自殺」へ
2000年代から10年代前半まで、アメリカのユースカルチャーの流行は「ディストピア」だった。

代表作は『ハンガー・ゲーム』『ダイバージェント』。ポストアポカリプス世界で活躍するヒーローの物語が多い。Voxは、このディストピアの流行の背景に「ブッシュ政権下の不安」があるとしている。9.11、気候変動、世界金融危機によって国家への信頼が揺らいだ影響がユースカルチャーに表れたのである。この「ディストピア」流行は10年代中盤にはおさまり、代わりに「若者の自殺」がトレンドとなった。

YA(ヤングアダルト)文化における「若者の自殺」作品の特色はこのように説明される。重い責任が個人に負わされる、自己嫌悪が強い破滅と絶望の物語。「ディストピア」ものと異なり、ヒーローは不在だ。

代表作は『13の理由』。2017年には、社会不安に苦しむ高校生が同級生の自殺によって変化するブロードウェイミュージカル『Dear Evan Hansen』 が『トニー賞』6部門を受賞している。映画化が見込まれるYA小説『Things I'm Seeing Without You 』 は恋人を自殺で亡くした少女の物語だ。では、これら「若者の自殺」フィクション流行の背景には何があるのだろう?

■『13の理由』:若者の自殺率とスマートフォン 「孤独はみんな感じてる」
<「これはよくある“大勢の中ひとりぼっち”って話じゃない。それはみんな感じてる」 Netflix『13の理由』>
10年代のアメリカでは、若者の自殺率が急増している。特に15~19歳女子は深刻とされ、2015年には40年ぶりの高い自殺率を記録した。07~15年の間で同年代の女子の自殺率は2倍増、男子は30%増加している。同時にティーンエイジャーの精神状態の悪化も観測される。

メンタルヘルス調査において「よく孤独を感じる」と回答したティーンは2010年を境に急増。『13の理由』において自殺した少女ハンナは「孤独はみんな感じてる」と語ったが、実際、調査では3割以上の10代がそう答えているのである。10代の状況がそこまで深刻ならば「若者の自殺」を描いたフィクションの流行も納得がいく。深刻な社会問題なのだ。

■スマホのある学園生活の苦悩。逃げ場を奪う24時間体制のSNS
では、何故そんなにも若者の精神状態は悪化しているのだろうか?経済格差や社会の閉塞感など、推定要因は様々だ。そして、近年はあるデバイスの存在の影響も研究されている。その機械で本稿を読んでいる人も多いだろう。スマートフォンだ。

サンディエゴ州立大学のジーン・トゥエイン教授は「スマートフォンの普及による10代への影響」を調査した。結果、スマートフォンの普及を契機に10代の孤独感、うつ症状、自殺率が上昇した可能性が明かされたのである。

若者のメンタルヘルスとスマートフォンの関連性はドラマ業界でも注目されている。テレビ研究家ティム・ブルックスは、ポップカルチャーの「若者の自殺」ブームに対するSNSの影響を示唆している。「自殺はテレビにおいて新しいトピックではありません。しかし、ソーシャルメディアの拡大が問題をより身近にした」。

『13の理由』脚本家のブライアン・ヨーキーも、製作にあたってスマートフォンの影響を重要視したことを明かしている。シーズン2の配信に先立って来日した際に行なわれたインタビューでは、ネット社会ではいじめが学校の外でも途切れることがなく、SNSを通して24時間いじめられることで逃げ場がない状況に追い込まれてしまう、と語ったほか、書き込みなどがインターネット上に残り続ける不安についても指摘していた。

ポップカルチャーにおける「若者の自殺」トレンドの背景には、アメリカ社会で深刻化する若者の自殺増加がある。スマートフォンの影響も研究されており、10代から支持を得たドラマ『13の理由』は「スマホのある学園生活の苦悩」をフォーカスしている。

また、前述した『トニー賞』受賞ミュージカル『Dear Evan Hansen』も高校生の自殺とSNSの情報拡散を描いている。現実の状況は厳しい。若者の憂鬱や希死念慮を描くYAブームはまだ続いていくかもしれない。

ちなみに、アメリカの自殺問題で注目される人種は白人層である。実際、人種別に見ても白人の自殺率が高い。では、マイノリティの環境はどうだろう?

■憂鬱や希死念慮をラップする「エモラップ」と黒人ティーンの自殺率
<疲れたんだ人生が地獄のようなゲームと感じることに
夜は本当に死にたくなる
XXX Tentacion “Everybody Dies in Their Nightmares”>
『悪夢の中でみんな死ぬ』。そんなタイトルの曲をラップするのは、2017年当時ティーンだったXXX Tentacion。同曲を収録した彼の陰鬱なアルバムは「Billboard 200」で2位を記録した。

ニューヨーク・タイムズは、2017年のポピュラー音楽を「憂鬱に次ぐ憂鬱」と表現している。その代表格として紹介された楽曲はLil Uzi Vertのトップ10シングル“XO Tour Llif3”。本稿の冒頭で紹介した自死にまつわるリリックは大きな話題を呼んだ。テンタシオンやウージーのような憂鬱や希死念慮を描くニューウェーブ勢はエモラップと呼ばれ、若年層からの人気が高い。

エモラップが世相をうつすかのように、アメリカの黒人ティーンの自殺率は増加している。10~17歳の06年~16年増加率は77%。同年齢の白人層より7%多い。また、自殺を試みる若者の確率は白人よりも黒人が高いとされている(Mental Health Americaの調査)。要因には、社会の人種差別や貧困問題が見込まれている。ラップにおける希死念慮表現の流行も、若年層の自殺率増加のうつし鏡と捉えられる。

一方、エモラップはブラックコミュニティーの変化もうつしているかもしれない。元々、アメリカの黒人層は心理療法への拒否感が強いとされてきた。しかしながら、2013年調査ではメンタルヘルスサービス模索にオープンになりつつある変化が報告されている(同Mental Health Americaの調査より)。

また近年、心理療法をサポートする著名ラッパーが増えていることをPitchforkが特集している。自身のうつ病と治療歴を公表したKid Cudiはパイオニア的存在だ。ケンドリック・ラマーはうつ病防止CMに楽曲を提供している。彼らの存在は、未だブラックコミュニティが内包する「心理療法への拒否感」を変えうるかもしれない。

最後に、自殺防止に真っ向から取り組んだラッパーを紹介したい。

■Logic:自殺問題に取り組む表現者たち
Logic“1-800-273-8255”は、『グラミー賞』最優秀楽曲賞にもノミネートされた2017年のヒット曲だ。タイトルはアメリカ政府が提供する自殺防止ホットラインの電話番号。MVではゲイの少年の苦悩、そして希望が描かれている。真正面からシリアスな問題を扱ったLogicの挑戦は結果ももたらした。題名に使用されたホットラインの着信はリリース後に30%増加し、『VMAs』でパフォーマンスされた日は前年比50%増に達したという。

2017年のヒット作である“1-800-273-8255”と『13の理由』には共通点がある。どちらも「若者の自殺」を描いている。そして、自殺防止策として「対話」を推奨している。ポップカルチャーの「若者の自殺」流行の背景には、アメリカ社会における10代の自殺率の上昇がある。深刻な問題を描写することにはリスクもつきまとうだろう。しかし、その中で自殺防止のため戦う表現者たちがいる。若年層の自殺は、日本でも深刻な問題とされている。悩みのある人は、信頼できる隣人やホットラインに相談してほしい。

(テキスト:辰巳JUNK)