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女性主人公の韓国ノワールに新たな一歩ーー『修羅の華』が描く、愛の狂気とシスターフッド

2018年05月30日 16:21  リアルサウンド

リアルサウンド

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■キム・ヘスが見せる納得の演技


 韓国映画『修羅の華』は、正義が失われ、悪徳が蔓延る世界の中で義や愛を問う、女性が主人公の新しいノワールだ。


参考:キム・ヘス主演『修羅の華』監督インタビュー公開 「女性主役のノワール映画を観てみたかった」


 物語は、ある巨大企業・ジェチョルグループが、事業を拡大するために、これまでの裏の組織の部分を切り捨て、クリーンな仕事で表舞台に躍り出ようとするところから始まる。組織のナンバー2に上り詰めたのは、かつては娼婦だった会長秘書のヒョンジジョン(キム・ヘス)。そしてジェチョルグループの裏の顔を担ってきたのが、サンフン(イ・ソンギュン)だ。彼は、これまではグループの汚れ役を買って出ていた。グループが影で経営する売春宿に来た客を揺すり、企業に利益をもたらすのも彼の仕事だ。ある日、客としてやってきたチェ・デシク検事(イ・ヒジョン)にいつものように揺すりをかけたことから、運命の歯車が回り始める。


 ジェチョルグループは、裏稼業で大きくなった企業だが、これまでのことをなかったことにしようとしている。多くの韓国映画がそうであるように、力に固執する検事は、悪と同等になり、己を見失う。サンフンは、ジェチョルグループの汚れた部分を一手に受けていた。もちろんヒョンジョンも、裏組織の一員として、サンフンと同じように正業とは言えない仕事を続けてきた。だから、冒頭で言ったように、誰にも正義はない。しかし、物語を追っていくうちに、そんな中でも、義や愛とは何かを考えさせられ、不器用に何かを信じすぎることが、いかに恐ろしいことかを見ることができるのだ。


 ヒョンジョンを、日本でもリメイクされたドラマ『シグナル』や、映画『10人の泥棒たち』のキム・ヘスが演じているが、納得のキャスティングだ。この中で彼女はシルバーに染めた髪を片側だけツーブロックにした尖った髪型をしている。元は娼婦として他の女性たちと同様に拾われた中の1人であったのだろう。そこからのどんな経験が彼女をここまで肝の据わった人に変えたのか、それとも最初から彼女はほかの人たちとは違う目をしていたのかと想像してしまう。


 一方で、サンフンをコン・ユ主演の『コーヒープリンス1号店』でスタイリッシュな大人の男を演じたイ・ソンギュンが演じているのは、いい意味での意外性があった。サンフンとヒョンジョンは、何年も前から組織の中で互いに戦ってきた戦友のような間柄でもあるし、それだけではないものがあるのも見てとれる。そんな関係性が、ジェチョルグループが変わっていく中で、どう変化していくのかも、見どころとなっている。


■オリジナリティのある物語で韓国ノワールを更新


 昨今の韓国ノワールの発展は目覚ましく、決まった型を守りつつも、手を変え品を変え、次々とオリジナリティのあるストーリーを生み出している。定石は崩さないが、その中で「こんな展開があったのか!」と驚かされるような、ネタバレが許されない意外なストーリーにはいつも関心させられるばかりだ。そして本作にもまた、あっと驚くような斬新さがある。


 韓国ノワールというと、男性が主人公となり、犯罪やブロマンス(男性同士の近しい関係)が描かれるのが当然のように思われているところがある。そのため、女性が主人公のノワールはまだまだ数が少ない。その中で新しい見せ方や物語を紡ぐことができれば、観客に訴えかけることができる作品となるはずだ。


 例えば、今年日本でも公開された女性が主人公のノワール『悪女/AKUJO』は、大胆なカメラワークとアクションに力を注ぐことで、これまでにない新鮮味を感じさせる復讐作品になっていた。


 では、本作『修羅の華』はどうかというと、途中までは、多くのノワールのように、何かをきっかけに生まれたブロマンスのような形の男女の絆を描くのかと思っていた。それでも十分に面白いストーリーになると思うのだが、本作は、男女のブロマンスのような信頼を描くのでもなく、男女の愛憎を描くのでもなく、人間の愛の形はときに狂気にもなるということを見せてくれた。ブロマンスのような信頼のその先を見せたことで、女性主人公のノワールを更新するものに仕上がっていた。


 同時に本作では波乱に満ちた女性主人公を描くときに避けて通れない、怒りや憤りがあった。そこは、『悪女/AKUJO』と共通するところだろう。また、不器用にしか生きられない人が、なぜ不器用なままに感情を暴走させるかということも描かれていた。ネタバレになるので詳しくは書けないが、昨今、一方的な思い込みで誰かのことを崇めたり、自分の思いだけを一方的に推しつけたりする人はいるが、そんな人間の怖さも本作からは感じられたのだ。


■「オンニ」と「ヌナ」を描く意味


 韓国では、男同士の上下関係の中で年下の男性が年上の男性を「ヒョン(兄貴)」と呼ぶ習慣がある。多くの韓国ノワールでは、この「ヒョン」との関係性が軸になっているものが多い。ちなみに香港には「大哥(兄貴)」という言葉もあり、やはり裏社会での絆を描くときにはポイントとなっていた。日本にももちろん「アニキ」という言葉はあるし、北野武は『BROTHER』という映画も作ったくらいで、こうした関係性はどこのノワールでも切っても切れないものだ。


 しかし、これまでノワールに女性ものが少なかったこともあり、「アネキ」の関係性を描いたものは少なかった。ブロマンスに対してのシスターフッド(女性同士の連帯)である。本作も、さまざまな見え方の軸があるから、「アネキ」というものが中心になっているわけではないが、キム・ヘス演じるヒョンジョンを中心とした女性同士の連帯が垣間見えるシーンもある。


 そんなシーンでは「オンニ」という言葉が効いている。このオンニというのは、女性から女性に向かっていうときの「お姉さん」という意味である。女性同士のシスターフッドがメインの映画ではないが、こうしたシスターフッドを中心に据えたノワールの可能性はまだまだ広がっているのではないだろうか。


 一方で、韓国では年長の女性を呼ぶときに「ヌナ」という言葉もある。これは、男性から女性に向かっていう「お姉さん」という意味だが、この言葉もこの映画では印象的に使われている。


 「オンニ」や「ヌナ」という言葉が印象に残るのは、本作がその言葉の意味を意図して使っているからだろう。これまでのノワールは「ヒョン」を描くものが大半であったが、「オンニ」と「ヌナ」の世界を描こうとしたという点でも、本作は女性が主人公のノワールの新しい形を示せているのではないだろうか。パク・チャヌクの『お嬢さん』は、シスターフッドを描いた作品であったが、ノワールのジャンルでもこの作品を機に、「ヌナ」を描く作品が当たり前のようにできれば、韓国映画はさらに豊かになると思うのだ。(西森路代)