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サノスはなぜ単純な悪ではない? ダースレイダーの『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』評

2018年05月30日 15:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 HIPHOP MCとして活躍するDARTHREIDERが、話題の作品を取り上げる映画評連載。映画コメンテーターとしてもラジオやAbemaTVなどで活躍し、ハリウッド大作から日本映画まで、毎週劇場に足を運んでいるというDARTHREIDERは、映画史に残るヒットを記録している『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』をどう捉えたか。(編集部)


 ウータン・クランというHIPHOPアーティストがいるのですが、そのメンバー全員が、自分の好きなヒーローの名前を名乗っているんです。メンバーのひとりであり、僕が好きなゴーストフェイス・キラーの別名が「トニー・スタークス」。彼の1stアルバムのタイトルも『アイアンマン』(96)で、自分自身のキャラクターとアイアンマンのキャラクターを融合させた歌詞がとてもユニークなんです。そんな背景もあり、アメコミでさほど人気がなかったアイアンマンにも妙な思い入れがあって、MCU第1作目となる『アイアンマン』(08)が公開されたときは、期待を持って劇場に足を運びました。以後、そこからMCU作品はすべて劇場で鑑賞しています。


 この10年間、ヒーロー映画の枠を超えた『キャプテン・アメリカ/ウィンターソルジャー』という傑作がある一方で、正直なところ『マイティ・ソー』『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』や『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』は全然乗れなかったんです。一度はMCUから離れそうになりながらも、『アントマン』や『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『ドクター・ストレンジ』など、個人的な当たり作品がポイントポイントであり、この『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』までたどり着きました。


 余談にはなりますが、MCUの中で最も興奮した瞬間が『アイアンマン2』でブラック・ウィドウがスタークの秘書として出てきたとき。彼女のリングでのトレーニングシーンが最高過ぎて何度も繰り返し観ています(笑)。


 ジョス・ウェドン監督を手がけた『アベンジャーズ』1作目で、ヒーローを同じ土俵に立たせることは可能であることを証明しましたが、あの時点でさえヒーローたちのパワーバランスの調整は難しいものがあったと思います。劇中、ブラック・ウィドウが「飛べないやつもいる」と自虐ネタをぶっ込んでいるシーンもありましたが、「飛べるか飛べないか」で立ち位置がまったく変わってしまう。さらに、ヴィジョンやドクター・ストレンジといった「なんでもあり」なキャラクターも参加して、生身の人間たちは、いよいよどうなるのよと。『インフィニティ・ウォー』は各キャラクターの見せ場をきちんとさばけるのか、ハラハラしながら観ているところもありました(笑)。


 でも、キャラクターの組み合わせ方、そして戦闘の展開の仕方と『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』に続き、監督のルッソ兄弟の手腕は見事としか言いようがありません。今回初対面となるマイティ・ソーとスター・ロードが「ひどい目にあった自慢」を行うシーンもありましたが、あれも『ジョーズ』などの古き良きアメリカ映画のいち場面を観ているようで面白かった。キャプテン・アメリカとロケット、アイアンマンとドクター・ストレンジなど、初対面のカップリングも絶妙でした。


 今回、サノスが圧倒的ラスボスとして見れたのも、冒頭でハルクを肉弾戦でぶちのめしてしまうから。これまでパワーではハルクが1番という明確な序列があったからこそ、各キャラクターの強さのバランスがはっきりとしていました。そんなハルクがあっさりやられる。これはやばいぞと見せるやり方は非常にうまかった。本作は主要キャラクターの物語が描かれない分、敵役であるサノスの人間味が深く出ています。ただの殺戮者や悪魔ではなく、ある意味誰よりも生々しい人間らしさがある。このまま生物が増え続ければ破綻をきたすから、そのために全宇宙の生物の半分を消滅させる。サノスにとってはすべては宇宙の均衡のため。その結果、残されたものはよりよく生きることができる。


 そんなサノスの行き過ぎた完璧主義な性格が魅力的な悪役として成立している一方で、80年代からずっと続いている敵役の姿とも言えるだけに、新鮮さはあまりなかった印象です。『スター・ウォーズ』の敵役ファースト・オーダーにも同じことを思うのですが、あれだけ強大な力を持っているのに、「宇宙全体の調和」「宇宙を支配する」という発想がどうも人間の視点から抜け出ていません。人口という発想がそもそも宇宙における多様な生命の在り方への想像力を感じません。過激なリベラルとして再分配を目指してますが、『キングスマン』のように地球が舞台ならまだしも、その範囲として宇宙は余りにも広いので、そんなに心配しなくても良いのでは?と思ってしまいます。


 オルタナ右翼やキリスト教福音派の方々にとって、サノスの思想はある意味納得できるものであると思います。最後には神が天国に行く人を選ぶ。その裏付けは信仰だったりするのですが、我々は選ばれるという前提で集団を形成してる人達は排外主義にも繋がります。だからこそ、神にも似た力を発揮するサノスが単純な悪として描かれてない本作がアメリカで、映画史上に残る大ヒットを記録していることは大変興味深いですし、ファンタジーであるこの世界も彼らにとっては自分たちの日常と密接につながっているのだろうと感じます。その意味でも『アベンジャーズ4』でどうまとめるのか? 楽しみです。


 本作はラストがああいった形になり、物語の結末は『アベンジャーズ4』に完全に委ねられた形となりました。物語を引っ張るだけ引っ張って、1番大事なところは次へという形は『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』と『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』と似ているとも言えます。どうか『最後のジェダイ』のようにならないことを祈るばかりですが……。(ダースレイダー)