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多人種が参加するストリートダンスの祭典、『HOUSE OF EXILE』に見る真のミックス文化

2018年05月29日 08:31  リアルサウンド

リアルサウンド

 毎年恒例のニューヨーク・ストリートダンスの祭典『HOUSE OF EXILE』が、今年も5月19日に開催された。場所はマンハッタン56丁目にあるクラブ、Terminal 5。収容人数3,000人のハコだ。ぐずつく天候をものともせず、開場前には観客が列を成した。


参考:カリスマカンタローが語る、日本のダンス界の未来 「世界のダンサーが目指す場所に」


 『HOUSE OF EXILE』は、EXILEがストリートダンスの本場ニューヨークに2014年に設立したダンススクールEXPG(EXPG STUDIO BY LDH)主催のダンスショーケースだ。EXPGはおそらく全米唯一のストリートダンスに特化したスクールゆえ、EXPGメンバーやインストラクターによるステージのみならず、活きの良いストリートダンサーたちによる白熱のダンスバトル、あらゆるカテゴリーのダンスパフォーマンス、超大物ミュージック・ゲストのステージを含み、毎年、大いに盛り上がる。


 まずはイベントMCもこなすシーボ(CEBO)、トゥイート・ブギ(Tweet Boogie)も加わったEXPGインストラクターたちによるにぎやかなステージで幕を開け、続いて同校キッズ・クラスの精鋭6人によるEXPGネクスト・ジェネレーションズ(EXPG Next Generations)のパフォーマンスとなった。ステージ狭しと溌溂と踊った6人の顔ぶれが、まさにストリートダンスの未来形と言えた。黒人、白人、アジア系、人種ミックス……かつてはラティーノと黒人の独壇場だったニューヨークのストリートダンス・シーンは、もはや “カラーブラインド” となりつつあるのだ。


 color-blind(カラーブラインド)とは、本来は色彩を正しく認識できない色覚異常を指すが、転じて「人種の違いを意識しない」という意味でも使われる。


 キッズのパフォーマンスに続いて、これも毎年恒例のダンスバトルが始まった。厳しい予選を勝ち抜いた8人のダンサーがステージに上がり、賞金1万ドルとストリートのプライドを賭けたバトルを開始する。今年は女性ダンサーが1人勝ち上がってきた。なんとフィンランドからやってきたというブロンドのダンサー、インシー(Inxi)だ。アジア系ダンサー、ポケット(Pocket)もいる。


 まずは第1回戦。審査員を務める3人のベテラン・ダンサー、セクゥ(Sekou)、キム・ホルムス(Kim Holmes)、ミスター・ウィグルス(Mr. Wiggles)の眼前で、自分が選んだ曲と相手が選んだ曲でそれぞれ90秒ずつ踊る。いずれも接戦の結果、インシー(Inxi)、ジャングル(Jungle)、カストロ(Castro)、E-ソロ(E-Solo)が勝ち残った。続く2回戦を経て、インシーとジャングルが決勝戦に臨むこととなった。


■あらゆる人種のダンサーが集結


 今年は5組のダンスパフォーマンスがおこなわれた。


バンジー・トワーク・チーム(Banji Twerk Team):女性8人のグループによるトワークダンス。架空の “チーク大学” のチアリーダーという設定で、NYニックスのチームカラーの青とオレンジのコスチューム。このチームもアジア系、黒人、白人の混成。


ロウ・ストリート・スタイル(Raw Street Style):Litefeet, Flexin, Krumpの3人を中心に総勢9人のダンサーが集ったユニット。警官の「手を上げろ」というセリフを挿入し、全員が両手を上げて後ずさるシーンなど、まさにニューヨークの黒人/ラティーノたちのraw(生)なストリート・シーンを再現したパフォーマンス。


デレル・ブロック(Derrell Bullock):マドンナやマイリー・サイラスなど女性アーティストとの仕事で知られるデレル自身を含む、黒人男性2人とアジア系、黒人、白人の4人の女性ダンサーによるセクシーなHouse/R&Bダンス。


ヴォーグ・レジェンズ(Vouge Legends):ヴォーグの大御所ホセ・エクストラヴァガンザ(Jose Xtravaganza)を中心とするユニット。ヴォーグはファッション・モデルがランウェイを闊歩する際のポーズを取り入れたグラマラスなダンス。マドンナの大ヒット曲『ヴォーグ』(1990)のビデオでフィーチャーされ、今や伝説のダンサーとも呼ばれるエクストラヴァガンザを含む7名のラティーノ/黒人ダンサーが艶やかで退廃的なヴォーギングを披露。


マーク・マーヴェラス(Marc Marvelous):現在のダンス・シーンの最高峰に君臨するのが、NYブルックリン出身のダンサー/コレオグラファーのマーク・マーヴェラス。アッシャー『OMG』『No Limt』のビデオでアッシャーと息の合った見事なダンスを披露し、他にもクリス・ブラウン、アリシア・キーズ、リアーナなど錚々たるアーティストとの仕事を手掛けている。今回のDr. EW, Frankie G, Eric Negronとのステージも、まさにマーヴェラスならではの洗練された都会的R&Bダンス。


 上記のダンス・パフォーマンスに続き、ニューヨークの人気Hip Hop/R&Bラジオ局、Power 105のDJエンヴィ(DJ Envy)によるDJタイムがあり、続いてシンガー/ダンサーのキャシー(Cassie)が登場し、NY校に続き今年新たに開校するEXPG/LA校のビデオを紹介。その後はスペシャル・ゲストのリュダクリス、T-Painのステージへとなだれ込んだ。共にベテラン・ラッパーとしての底力を、会場の若いオーディエンスに存分に見せつけた。


■文化の盗用


 世界がいわゆるグローバル化し、ダンスに限らず、あらゆるカルチャーがミックス、フュージョン、マッシュアップ、ハイブリッドする時代となった。同時に人種や民族固有の文化を個々人のアイデンティティの基盤を成すものとし、他者による表層的な模倣が「文化の盗用」と批判されることも増えた。その筆頭は黒人を真似て顔を黒く塗る「黒塗り(ブラックフェイス)」だが、これは文化の盗用を超え、人種差別として激しく糾弾される。


 文化の盗用の対象は黒人だけでなく、アメリカでは白人モデルが芸者ルックやネイティブ・アメリカンの羽飾りをまとって批判されたこともある。また、ごく最近ではニッキー・ミナージュの「Chun-Li」での日本と中国を混同したコスチュームも、やはり文化の盗用として批判された。


 人種・民族・文化をめぐるこの複雑な時代に、ストリートダンス・シーンはどう変化していくのだろうか。


 ストリートダンス(路上での舞踏)は昔から世界各地にあるとはいえ、ここでのストリートダンスとはヒップホップに由来するものを指すため、オリジンはラティーノと黒人にある。とは言え、ヒップホップは今や世界中に行き渡り、人種も年齢も問わずに愛され、踊り手にもさまざま人種が存在する。人種が違えば身体的特徴と文化も異なるため、ダンスも自ずと異なったものになる。


 まず、ダンスは身体を使って表現するアートフォームであるため、身体的な特徴が大きく反映される。個人差はあるとはいえ、一般的に黒人、白人、アジア系の体型は異なる。外観だけでなく、骨格や筋肉の違いから動きが異なることもある。


 トレーニングを積んでその差をなくすことは可能だ。ストリートダンスではないが、ニューヨークでは毎年ホリデーシーズンにラジオシティ・ミュージック・ホールにて『クリスマス・スペキュタクラー』というNY名物のエンターテインメント・ショーが開催される。40名近い女性ダンサーが一斉に長い脚を振り上げるラインダンスで知られるショーだ。


 息を呑む素晴らしいダンスではあるが、ダンサーの「外観を揃える」ために、なんと1988年まで黒人ダンサーの雇用が為されなかった。さすがに今では黒人だけでなくアジア系も少数ながら参加しているが、ラインダンスは一糸乱れないことが身上。ダンサーの身長は168~178cmに限定され、全員が完全に同じダンスを踊り、肌の色以外の違いはまったく見られない。


 しかし、ストリートダンスは個々のダンサーの個性こそが勝負。そこには持って生まれた人種的な身体特徴も含まれ、それをいかに活かすかを考える必要が出てくる。


■人種・民族による「文化」の違い


 文化的背景も個々人が内面に抱え、かつ自然とダンスにじみ出るものだ。ストリートダンスはラティーノと黒人が生み出したと書いたが、二者は異なるダンスの系譜を持つ。アメリカ黒人にはヒップホップ以前にR&Bがあり、それ以前にはジャズがある。実際はそうした大きなカテゴリーの中に枝分かれした無数の異なるスタイルがある。いずれにせよ、そもそもはアフリカから奴隷として強制連行された黒人たちがアフリカ由来のリズムを保ち、そこに白人の音楽も取り入れ、つまりマッシュアップをおこない、かつ時代と共に変化、進化させてきた踊りだ。


 対してラティーノは、プエルトリコ系ならサルサの伝統を持つ。ニューヨーク生まれのプエルトリカンはヒップホップのオリジネイターだが、彼らのコミュニティであるスパニッシュハーレム、サウスブロンクス、マンハッタンのロウアーイーストサイドなどには今もサルサが息付いている。年配の人は「今どきの子はサルサも踊れない」とグチをこぼすが、それでもサルサは伝統音楽として若者にも受け継がれている。その上で、彼らはアメリカ生まれ/アメリカ育ちのアメリカ人としてブレイクダンスを作り出した。


 プエルトリカンは後にサルサとヒップホップをかけ合わせてレゲトンを生み出すこともしている。逆に遡れば、サルサはニューヨークのプエルトリカンが島のラテン音楽とアメリカン・ジャズをかけ合わせたものだった。そして島の音楽は、島の先住民族、島を統治したスペイン人、アフリカから連行された黒人奴隷の音楽が渾然一体となったものだ。


 つまり、アメリカ黒人とプエルトリカンにはアフリカ音楽の共通項があるわけだが、アメリカ黒人はサルサ文化の中で育ってはいないことから、サルサを自分のものとして踊ることはできない。また、ニューヨークの黒人にはジャマイカ、トリニダード・トバゴ、ハイチなどカリブ海系も多く、彼らは彼らでそれぞれの島の音楽を文化として維持している。ニューヨーク生まれのジャマイカ系二世がレゲエを選ぶか、ヒップホップを選ぶか、もしくは両方を掛け合わせるか、はたまた全く異なるジャンルに進むか、それは当人次第なのである。


 今回の出演者の中にも独自のマッシュアップをおこなってきたダンサーたちがいる。ヴォーグ・レジェンドのホセ・エクストラヴァガンザはNYロウアーイーストサイド出身のラティーノだが、ヨーロッパのファッンション・モデルや女優たちにインスパイアされたヴォーグの中心人物となった。ダンスバトルで審査員を努めたキム・ホルムスはアフリカン・ダンスを取り入れている。同じく審査員のセクゥはハウスダンサーとして知られるが、カポエイラの名手でもある。カポエイラとはアフリカのダンス、音楽、格闘技がブラジルでひとつとなったマーシャルアーツだ。そのカポエイラ、ヒップホップ、ハウスが彼の中では無理なくひとつに合わさっている。つまり、長い歴史を経た先人による無数のマッシュアップの果てに完成したのが、セクゥの踊りなのである。


■真のミックス文化の誕生


 今年の『HOUSE OF EXILE』のラストを飾ったのは、ダンスバトルの決勝戦だった。対戦したのはハウスとヒップホップを軽妙にブレンドして踊るドレッドロックのジャングルと、ヴォーグ・シーンで活躍するフィンランド出身の女性ダンサー、インシー。


 インシーはいつもの凝ったコスチュームの代わりにシンプルな花柄のTシャツとグリーンのパンツ姿。メイクもせず、ブロンドの髪も無造作に束ねただけ。ストリートダンス・バトルに殴り込みをかける意気込みの表れだ。だが、アメリカン・ヒップホップ・ファッションをまとうことはせず、あえて自身のテイストを守ったように見える。バトルではヴォーグをうまくストリートダンス化し、パントマイムの要素も加えたしなやか、かつ強靭な踊りで健闘した。


 バトルは接戦となり、審査は難航したが、軍配はジャングルに上がった。2人はお互いの健闘をたたえて固くハグし合い、ジャングルは1万ドルと書かれた大きな小切手を感無量の表情で頭上に掲げた。


 最初にカラー・ブラインドとは「人種の違いを意識しないこと」と書いた。実はこのフレーズ、マジョリティ側によって「自分は人種差別主義者でない」ことを示すために使われることが多く、マイノリティ側には厭われる。人種・民族ごとの外観と独自のカルチャーが自身のアイデンティティの礎を成すことから、「人種や民族の違いをあえて意識」した上で、個々の独自性を活かし、お互いを認め合うことこそが必要と考えるからだ。


 同時にニューヨークのような多人種社会では、お互いの文化は自然と混じり合っていく。他者の文化を外観の模倣ではなく、内面に取り入れ、自身の文化と違和感がなくなるまで撹拌する作業を重ねる。そこから真のミックス、フュージョン、マッシュアップ、ハイブリッドが生まれる。すると次世代がそのミックス文化を土台に、さらなる新しいミックス文化を生み出す。最初に踊ったEXPGネクスト・ジェネレーションズは日系の血を引く子供も含め、全員がまさにハイブリッド・カルチャーの真っ只中で踊り、育っている。こうしたことからも分かるように、毎年ニューヨークで開催される『HOUSE OF EXILE』は日本とアメリカ、さらには世界中のダンスシーンをつなぐ架け橋となっているのだ。(取材・文=堂本かおる/写真=坂本琢哉)