トップへ

ドレイク「Passionfruit」は“ジャンルレスな音楽”の象徴に Corneliusカバーが示す楽曲の現代性

2018年05月26日 11:22  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 Corneliusが、国内アーティストで初めて「Spotify Singles」に参加。最新アルバム『Mellow Waves』収録の「あなたがいるなら」の新録、そしてドレイク「Passionfruit」のカバーを発表した。


 「Spotify Singles」は、アメリカ・ニューヨークのSpotifyのスタジオでレコーディングしたオリジナル曲とカバー曲の2曲で構成されたプレイリスト。これまでにジョン・レジェンドやエド・シーラン、テイラー・スウィフトらが参加し、注目を集めてきた。


 Corneliusは昨年11年ぶりのアルバム『Mellow Waves』を発表、その後全国ツアーも行い、各地のフェスにも出演、そして今年10月より再びホールツアーを開催するなど精力的な活動が続いている。そんなタイミングでの「Spotify Singles」登場や選曲の背景について、音楽ジャーナリストの柴那典氏に聞いた。(編集部)


■Corneliusとしての活動が結実した音源に


 『Spotify Singles』は、音楽ファン、特にSpotifyを使用しているリスナーにとっては馴染みの企画です。今回のレコーディング場所は、Spotify Studios NYC。アーティストが自分の打ち込みなどで作りこむのではなく、生演奏にかなり近い編成、サウンドプロダクションで録っています。オリジナルバージョンの「あなたがいるなら」は、各パートの“ズレ”によって音楽的快楽が生まれるよう、とても綿密にエンジニアリングされた音源でした。その後のツアーやフジロックなど様々なライブを通して、あのタイム感を生のバンドで完璧に磨き上げてきた。その経験があったからこそ、今回Spotify Studios NYCでの音源が生まれたのだと思います。


 そして、その“バンド・Cornelius”が『Mellow Waves』以降も完成度をあげてきたからこその「Passionfruit」のカバーになっています。これまでに発表してきたリミックス集「CM」シリーズでは、原曲の要素を、自分のカットアップセンスや音色(おんしょく)を通して再構築していました。でも、今回の「Passionfruit」は、ストレートに“バンド”としてカバーしている。「あなたがいるなら」も、製作段階ではレコーディングアーティスト、スタジオアーティスト的な作り方をしているけども、それをバンドで表現したツアーを経て、今回の新録につながった。そこには連続性を感じますね。


■“メロウネス”でつながるCorneliusとドレイク


 小山田圭吾さんは、アルバムリリース時のインタビューで「Passionfruit」がすごく好きな曲だと話していました。原宿のBIG LOVEというレコード屋でバイトをしている息子の小山田米呂くんがきっかけで知ったそうで。そこの店主の仲真史さんは、渋谷系時代から<エスカレーターレコーズ>を主宰していた人で、10代からの小山田さんの盟友みたいな存在。小山田さんも、いろいろな経路を伝って、今の海外シーンの情報を入れているのでしょう。


 ドレイクの『More Life』は、プレイリスト的に音楽が聴かれるようになった今の時代を象徴する作品でした。その中でも「Passionfruit」はとてもメロウな楽曲で、『Mellow Waves』とも、いわゆる“メロウネス”な点で共通している。


 実は、韓国出身で今はニューヨークを拠点に活動している女性プロデューサーYaejiも「Passionfruit」をカバーしています。この2つのカバーを聴くと、ドレイク、そして「Passionfruit」という曲自体がアジア圏でどう解釈されているかがわかる。この曲は、どこか今の時代の国境を超えたジャンルレスな音楽の象徴みたいなところがあるんだと思います。R&B、ラップ、ヒップホップ、ハウスミュージックなどのジャンルを超越していく2010年代のスタンダードナンバーとしての「Passionfruit」。自分自身のルーツや、敬愛する楽曲をカバーするというパターンももちろんありますが、Corneliusは、現代性を持ったカバーとして「Passionfruit」を選んだというのがポイントです。カバーは、もちろんアレンジも大事なのですが、どのタイミングでどの曲を選ぶかというのも、批評性が問われると思います。


■『MTV Unplugged』の取り組みにも近い?


 海外ではストリーミングが主流になって2~3年が過ぎました。そうなると当然、各サービス間で競争が生じます。ではリスナーはどのサービスを選ぶかというと、たとえばGoogleやApple、Amazonは、スマートスピーカーやiPhoneなどハードウェア側からアプローチすることができる。でも、SpotifyはITテクノロジー企業ではなくて、音楽企業です。音楽ファンがSpotifyを選ぶ必要性を常にアピールしていくために、プレイリストやDiscover Weeklyなどのリコメンデーションに加え、Spotifyオリジナル楽曲は大きな吸引力になる。リスナーにとっても、アーティストの今までにない側面を楽しめる機会になります。


 ひょっとしたら、1989年から始まった『MTV Unplugged』に近いと言えるかもしれないですね。80年代は“MTVの時代”と言われていて、MVを大量に流すことによって音楽業界が変わってしまった。ただ、MVはあくまでアーティスト側がプロデュースするもので、MTVはそれを流すチャンネルを持っていたにすぎない。そこで普段のアーティストイメージとは異なる新たなコンテンツを自社で作ろうと始まったのが『MTV Unplugged』で、のちにNIRVANAやR.E.M.がアコースティックセッションをする看板番組になりました。そういう意味でも、『Spotify Singles』は『MTV Unplugged』的な位置づけで、リスナーにアーティストの新たな表現を提供する機会と言えると思います。(構成=若田悠希)