■昨夏は前年比マイナス10%を記録した北米映画
アメリカの劇場主たちが、久々に良いムードに酔っている。本格的な夏はこれからだが、どうやら今シーズンは売り上げアップが期待できそうなのだ。
ここしばらく、アメリカの興行主は観客動員数の伸び悩みに頭を抱えていた。NetflixやAmazonなどストリーミングサービスが普及し、ケーブルチャンネル各局もクオリティの高いドラマをどんどん送り出して「テレビのルネサンス」と呼ばれる時代が訪れたせいか、とくに若い人たちは、あまり映画に行かなくなってきている。家とは違う体験をしてもらうために、映画館はスクリーンやサウンド、椅子などのアップグレードに投資しているのだが、そのせいでチケットが高くなるという皮肉な悪循環を生むことにもなってしまった。
業界にとって一番の稼ぎ時は、夏(ハリウッドにおいては、正式には5月頭から8月末まで)とホリデーシーズン(感謝祭前の11月なかばから大晦日まで)。だが、昨年の夏は前年に比べて売り上げが10%以上もダウンし、関係者を落ち込ませている。秋以降になって『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』や『マイティ・ソー バトルロイヤル」、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』などが出てきてくれたものの、最終的な興行成績は、前年より2.5%ダウンでとどまってしまった。
■1,000円で映画が毎日1本観れるMoviePassを巡る議論
月極め9ドル95セント(約1,000円)で毎日1本映画を見られるという会員制サービスMoviePassが論議を呼び起こしたのも、そんな背景があってのことだ。
MoviePassは、会員がMoviePassの提携している映画館で1つの映画を見る場合、そのチケットの正規料金を映画館に対して払う。ロサンゼルスやニューヨークの中心地では、チケットの値段は12ドルから18ドルくらいするので、1本見ただけでも会員は得をする。
どう考えても採算が取れないこのサービスに対し、映画館オーナーは「絶対に潰れる。そして、潰れた時、人はもう安すぎる値段に慣れてしまっていて、正規価格を払おうとは思わない」などと怒りのコメントをした。それに対するMoviePassの反論は、「このシステムならば、人は、そうじゃなかったら見なかった映画も見てみようかと映画館に来る。その人たちがポップコーンやドリンクを買えば、映画館は儲かり、みんながおいしい」というものだ。彼らの言葉に乗って提携を決めた映画館チェーンの中には、実際に動員数が増えたと報告しているところもあり、業界は、この新しい勢力にどうして良いものかはかりかねているというのが、これまでの状況だった。
■この夏は『アベンジャーズ/IW』や『クワイエット・プレイス』が記録的ヒット。話題作も続々
しかし、この夏、状況は大きく変わりそうなのである。
昨年のこの時期は、『エイリアン:コヴェナント』やドウェイン・ジョンソン主演作『Baywatch(日本未公開)』が期待はずれに終わり、出だしからくじかれていた。だが、今年は、正式な夏の始まりに先立ち、すでに『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』が記録的にヒットした上、ジョン・クラシンスキーが監督した低予算ホラー『クワイエット・プレイス(原題)』が誰も想像しなかった数字を上げて、嬉しい驚きを与えてくれている。
5月25日全米公開の『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』も、前売りが非常に好調。6月には『ジュラシック・ワールド』『Mr.インクレディブル』の続編(『ジュラシック・ワールド/炎の王国』、『インクレディブル・ファミリー』)が控えるし、7月のマーベル映画『アントマン』続編(『アントマン&ワスプ』)も、『インフィニティ・ウォー』との相乗効果でなおさら関心を集めそうだ。その後にもまだ『ミッション:インポッシブル』と『マンマ・ミーア!」続編(『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』、『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』)がある。
■結局は「作品の力」。見たい映画があれば人は見に行く
現在までに北米だけで6億ドルを売り上げ(この数字は、すでに北米興行成績で史上8位である)、まだ週間で堂々2位に君臨する『インフィニティ・ウォー』は、観客の感想調査で「もう一度映画館で見る」と答えた人が非常に多かったことも特筆すべき点だ。具体的な統計はないものの、実際、細かいところをチェックするためにもう一度行ったという声は、ソーシャルメディア上などでちらほらと見られる。つまり、結局は、作品の力の問題ということ。良い映画があれば人は見に行くし、それほど見たいものがなければ行かないのである。ストリーミングやビデオゲームなど、娯楽の選択肢が増えた今は、昔より競争が多いのは事実でも、突き詰めてみると、そこなのだ。
業界の超大物プロデューサー、ジェリー・ブラッカイマーは、昨年夏の不振について聞かれた時、「メディアによって誇張されすぎているんだよ。あと1本、大ヒット作があったら、状況は全然違っていたんだ。それだけのこと」と語っていた。実際、もし『インフィニティ・ウォー』が公開されたのが昨年だったら、全然違ったはずである。
そして今年はなおさら幸運なことに、『インフィニティ・ウォー』が夏の初めに公開された。映画館に足を運べば、本編の前にほかの映画の予告編を見ることになる。本編がおもしろくて満足すれば、「来週は、さっき予告を見たあれを見ようか」ということになるかもしれない。そうやって映画館に行くことを習慣化してもらえば、業界全体が潤う。今、劇場主が胸をときめかせているのも、そう考えれば納得だろう。
■人々が映画館に行けば行くほど経営危機に陥るMoviePassはこの夏が正念場
一方で、MoviePassにとっては、この夏が生き残れるかどうかの勝負どきになりそうだ。『インフィニティ・ウォー』の公開週になって、MoviePassは、同じ映画を2回は見られないという昔のルールを再導入し、ひとつ予防線を張った。だが、見たい映画は今後まだまだ出てくる。そんな中、みんなが本当に毎週、何かを見に行ったとしたら、経営は破綻する。実際、今月に入ってMoviePassの親会社の株価は暴落した。
このサービスが、スポーツジムのように、実際にはほとんど使わない人が多いという憶測のもとに成り立っている商売であるのは、同社の代表も認めるところ。映画館の未来をネガティブな視点から見るアイデアは、ポジティブな展開によって潰されるかもしれないというわけだ。
とは言え、最終的にこの夏がどうなるのかは終わってみるまでわからないし、来年がどうなるのかなんて、もちろんまったくわからない。1つの映画がどこまで当たるのかですら本当には予測できないことは、過去にさんざん証明されてきた。業界にできるのは、ビッグスクリーンを救ってくれるヒーローたちが次々に出てきてくれること。モンスターであれ、喋る動物であれ、高齢女性であれ、それをやってくれる何かを、業界は、両手を広げて待ち続けている。