チームミライの電動バイク、韋駄天X TEAM MIRAI(チームミライ)が2018年、5年ぶりにマン島TTレースの電動バイククラス、『TT Zeroクラス』に参戦する。プライベーターとして挑むチームミライがマン島に投入するのは、『韋駄天X』。コンパクトで軽量、そして俊敏な2ストロークバイクのようなマシンを目指した新しい韋駄天は、さらに世界でも類を見ない性能を秘めていた。
5月11日、都内で行われたチームミライの参戦発表会で、2018年マン島参戦マシンがお披露目された。それが『韋駄天X』だ。大きく分けると、韋駄天シリーズの3代目にあたるマシン。今回はその韋駄天Xについて、チームミライの代表であり、監督を務める岸本ヨシヒロに話を聞いた。
韋駄天シリーズのコンセプトは、コンパクトで軽量、そして俊敏なマシン。マシンが冠する『韋駄天』は、俊敏な動きをするイメージの神様“韋駄天”からいただいたものだという。
「2ストロークバイクに近い電動バイクを開発したかった」と韋駄天Xについて岸本は言う。
「僕たちはプライベーターチームです。使えるモーター、ユニットには制限があります。できるだけマシンをコンパクトにして、パワーが少ないマシンでも出力を上げられるようにする。それが韋駄天シリーズの開発コンセプトでした」
「パワーフィーリングがすごくよくてマシンが軽く、俊敏。しかも、動力性能としては、2ストバイクに近いもの。今は日本では、新車で2ストバイクを買うことは難しいですよね。2ストの電動バイク版を造ったらおもしろいコンセプトになるんじゃないかと思ったんです」
フレームはホンダNSF250Rをベースにしている。韋駄天Xの車重は約140キロで、予想される最高速度は時速約260キロ。タイヤはMotoGPのMoto3クラスと同じ17インチで、幅はフロント90mm、リヤ120mmのものを履く。ベースにNSF250Rを選んだのは、コーナリングマシンにするためにこれらのタイヤを使いたいという理由もあった。
「これより大きいタイヤとなると、JSBなど1000ccのスリックタイヤなってしまいます。そうなるとバイクのサイズ自体を大きくするしかありません。このタイヤでやろうとすると、車格が限定されるんですね」
小さい車格で開発を進めた理由はもうひとつあった。大きなバイクを走らせるにはエネルギーが多く必要だ。電動バイクの場合、たくさんのエネルギーを出すためには、それだけバッテリーが必要になる。
「こういうレース(電動バイクレース)をやっていますからね。そもそもエネルギー量が少なく走れる乗り物の方がエコじゃないですか。あくまで僕の意見ですが、パワーがあまりいらない乗り物の方がいいのかなと思っているんです。軽ければ動かす力も小さくてすむ。そういうマシンにしています」
さらに、韋駄天Xには裏テーマがある。それは『JAPAN』。マシンのカラーリングは歌舞伎の隈取(くまどり)をイメージした。
「日本の伝統を表現したいというのもあって、歌舞伎を意識しました。チームミライのカラーであるブルーに加えた赤と白のトリコロールカラーは、過去・現在・未来を表しています」
■水冷化のヒントはストーブの上のやかん
韋駄天Xの特長のひとつが、モーターとインバーターの水冷化だ。ちなみに、電動バイクはモーターとバッテリー、インバーター(またはパワーユニット)、基本的にはこの3つで構成されている。
インバーターとはパワーユニット(PU)のこと。電動バイク業界では、以前はコントローラー、現在ではインバーター、さらに最近ではパワーレンジなどをコントロールするという意味で、PUという言い方が一般的だという。正確には、PUはインバーターと同義ではなく、インバーターよりもう少し高度な制御ができるものを指す。
「モーターはこれまでゼロモーターサイクルズとコラボレーションして造ってきたのですが、今回はそれをベースにしてモーターとインバーターを水冷化しました。裏を返せばそれだけ熱が厳しいということなんです」
実は岸本、2018年マシンは空冷のままいこうと思っていた。しかしふとしたきっかけで、韋駄天Xは水冷化することになる。
「水冷化のアイデアとなったのは、ストーブの上のやかんでした。冬場にストーブの上に置いていた熱々のやかんを、水で冷やしたんです。そうしたらあっという間に温度が下がるじゃないですか。それを見て、やっぱりこれだ、と思ったんですよ。この熱をいくら風で冷まそうとしても時間がかかるけれど、水だったら一瞬。やっぱり水冷だ、と」
急な変更だっただけに、さすがに周囲は驚いたようだ。
「(今年の)年明けにバイクを設計したエンジニアに電話をして、モーターを水冷化したいと言ったら『え! 無理ですよ!』と言っていましたけどね」
開発秘話のなかで、さらなる韋駄天Xの特長が明かされた。韋駄天Xは“水冷でありながら空冷でもあるマシン”だというのだ。
「今までの空冷のユニットを活かしながら、水冷もしているわけです。もともとのモーターのコイルと回転する部分は、ゼロモーターサイクルズのものを使い、そこから冷やすシステムは、自分たちのシステムを使っています。こういう方式のモーターは世界にありません」
こうしたアイデアで世界と戦うことができることも、電動バイクレースの魅力のひとつだと岸本は語る。今回の参戦発表会では韋駄天Xの開発にあたった協力会社のスタッフも登場し、韋駄天Xに携わった経緯や開発裏話なども飛び出した。そうした多くのプロフェッショナルな人とつながりのなかで、韋駄天Xは生まれたのだ。
「電動バイクレースをやっていておもしろいのは、いろいろな人とつながることができるということです。そうした人たちといいものを造り、世界の最前線で勝負ができる、というところなんです」
「僕たちが内燃機関のバイクでMotoGPに出ようと思っても、それは簡単にできることではありません。一方、電動バイクレースはまだ始まったばかりです。アイデアでメーカーと同じ土俵で走ることができます。もちろんタイムは違いますが、『何秒落ちならけっこういいな』と考えることができるんです」
■「壊れそう」と馬鹿にしていた電動バイクに乗って味わった感動
チームの監督を務める岸本はレーサー出身で、地方選手権参戦を経て海外のレースにも出場し、2015年にはアメリカのパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムの電動バイククラスで優勝を果たした。韋駄天Xの開発ライダーも担い、2018年のパイクスにも選手としてエントリーする。
今でこそ電動バイクでマン島やパイクスに監督、ライダーとしてエントリーする岸本だが、当初から電動バイクに対してよい印象を持っていたわけではなかった。
「あるとき、電動バイクに試乗したら『こんなにおもしろいんだ』と思ったんです。僕はそれまで、電動バイクを馬鹿にしていました。遅いし、壊れそうじゃないですか。ところが、乗ってみたら意外におもしろかったんです。初めてバイクに乗ったときの感動というのが、電動バイクにはあったんですよ」
「電動バイクは基本的に、内燃機関のバイクとは走らせ方が全然違います。これはおもしろい、と思いましたね。信頼性のあるものを造ればこれは確実にモノになる、電動バイクでスポーツできるんじゃないか、と思いました」
電動バイクには内燃機関のバイクとは違った魅力がある。オートマチックかと言えばそうではない。例えばアクセルに対するリニアな反応も、電動バイクが持つよさのひとつだ。
「僕たちは、エンジンに近いバイクを造っているのではありません。エンジンに近づけなくても最初からそういうフィーリングになっているんです。『よく調教されたインジェクション』という言い方がふさわしいと思います」
「電動バイクは、アクセルを閉じて開けたときのフィーリングがすごくいいんです。内燃機関のバイクの場合は、構造上どうしてもタイムラグがありますが、電動バイクはそれがすごく少ないんです。電動バイクはオートマチックでもミッションでもない。そんないろいろな魅力が詰まったバイクです。僕自身、そこに惚れてしまいました」
現在が黎明期とも言える乗り物なだけに、可能性も多く幅広い。マン島はタイムトライアル形式で、TT Zeroクラスは参戦チームのバッテリーの性能がそろっていないために1ラップ限りのアタックだが、一斉に全マシンがスタートするレース形式でも電動バイクレースだからこその面白さが出てくるだろうと岸本は語る。
「電動バイクならではの走らせ方が出てくると思います。バッテリーを制限して、いくら速くてもバッテリーマネジメントを考えなければならないような、いろいろな可能性を主催者側が考えられると思いますよ。それに騒音問題が少ないので、市街地レースもできますし、室内でモーターを回すこともできる。そういうのもすごく魅力だと思います」
電動バイクという未来が詰まった乗り物に惚れ込んだ岸本が、プロフェッショナルたちとともに造り出した電動バイク、韋駄天X。プライベーターとしてマン島に乗り込むチームミライと韋駄天Xの目標とするタイムは、20分以内だ。チームミライと岸本、そして韋駄天Xの、マン島表彰台獲得に向けた戦いは間もなく幕を開ける。