GT300、決勝レース終盤の2位争い 「おもしろいレースだったよね」
スーパーGT第3戦鈴鹿の決勝レース後、さまざまなGT300関係者に話を聞くと、1台の関係者をのぞきこんな声が返ってきた。優勝を飾ったK-tunes RC F GT3の速さはもちろんだが、最大で7台もの争いになった終盤の2番手争いがレースを大いに盛り上げた。そのドラマを作り出したのは、タイヤ無交換作戦を採ったグッドスマイル 初音ミク AMGと谷口信輝だ。
レースは序盤、K-tunes RC F GT3が逃げ、これをグッドスマイル 初音ミク AMG、SUBARU BRZ R&D SPORTが追う展開となった。一方、予選2番手からスタートしたHOPPY 86 MCは、1周目に4台に先行されている。これはやはりタイヤ無交換作戦か……!? と思われた瞬間だった。
鈴鹿サーキットはタイヤへの入力が大きく、タイヤ無交換ができるのかどうかは事前の注目ポイントのひとつと言えた。HOPPY 86 MCの土屋武士監督も「いちおうメディアには昨日までは言わなかったけど」と、事前にほぼ無交換作戦を採ることを決めていたという。これは同じGT300マザーシャシーのUPGARAGE 86 MCも同様だった。
レースが転機を迎えたのは、GT500クラスのDENSO KOBELCO SARD LC500がストップし、セーフティカーが入ったこと。ここで上位の間隔はグッと詰まる。これをうまく利用したのがUPGARAGE 86 MCだった。それまで9番手を走っていたが、SC明けにすぐさまピットイン。同じくピットに入ったHOPPY 86 MCが10秒ほどタイムロスしたこともあり、先行することに成功する。
「チームが素晴らしい作業をしてくれたおかげです」とUPGARAGE 86 MCの中山友貴と小林崇志のふたりは口を揃えた。アウトラップで小林はペースを上げ、タイヤを守りながら快調なラップを刻みはじめていた。優勝を飾った開幕戦岡山と同様に。
■「やるしかなかった」グッドスマイル 初音ミク AMGの無交換作戦
一方、2番手につけていたグッドスマイル 初音ミク AMGはセーフティカー明けもコース上にステイ。この日、実は片岡龍也は体調不良だったというが、着実に首位を走行していた。
ただ、SCが入っていなければ築いていたはずのマージンが、SCで差が詰まったことにより少なくなってしまった。チームは作戦を相談し、最終的に無交換作戦を採ることになった。重いGT3カーで無交換はかなり厳しい条件だ。
「セーフティカーが入っていなかったらうしろとも差があったから、たぶん四輪替えていた。でも詰まってしまったので、無交換をやるしかなかった」というのは、河野高男エンジニア。また、谷口も「まわりのみんながピットを終えた後のペースを見て、『意外とみんなペースが上がってない』と思って、片岡を引っ張って残り周回(無交換で)いこうと思った」と判断の理由を語っている。
チームの計算では、無交換作戦を採ればUPGARAGE 86 MCの前方8秒前でピットアウトできる。そうすればリードを守り切れる……と見ていた。ただ、わずかにドライバー交代で時間がかかってしまう。ピットアウトした谷口の後方に、すぐさまUPGARAGE 86 MCの小林が迫ってきた。
「交代して、アウトラップの2コーナーを曲がってアクセル踏んだ瞬間に『なんだこりゃ』ってなったよね。ズルズルだった」とトップでコースに戻った谷口は言う。グッドスマイル 初音ミク AMGのタイヤはすでにかなり消耗していたのだ。
しかし、そこから谷口は「相手が『ここにオレがいたらイヤだろ?』という場所につねにいるようにした」とベテランらしい技で小林を封じた。一方の小林は「ダウンフォースが抜けると厳しいとか、ストレートが厳しいというマザーシャシーの特性が良い方向にいかなかったですね」と谷口をなかなか抜くことができなかった。
そうこうするうちに、後方からフレッシュなタイヤを履くK-tunes RC F GT3、さらに「まわりが無交換でやっているので、表彰台争いをするにはやるしかなかった(山内英輝)」とタイヤ2本交換作戦を採ったSUBARU BRZ R&D SPORTの井口卓人、さらにHOPPY 86 MCの坪井翔が迫っていく。あっという間にトップ争いは5台の争いになった。
■不運となったUPGARAGE 86 MC
このなかでまず谷口をかわしていったのは、当然タイヤに余裕があり、この週末別格の速さだったK-tunes RC F GT3の中山だ。「ピットを出たときに18号車と10秒くらいタイム差があって、なかなか差を縮められなかったんですけど、0号車がトップに出てから一気に追いつきました」と中山は言う。
一方、谷口を先頭とした混戦は2番手争いに変化しながらもまだ続く。他の3台が同じく無交換を採っていた、ダウンフォースを使うJAF-GT勢だったのも影響したのだろう。SUBARU BRZ R&D SPORTをドライブしていた井口卓人は「抜くのは大変でした。ペースはかなり違いましたが、際どかったです」と抜きあぐねる。井口は日立オートモティブシステムズシケインに狙いを定め、44周目についに抜くことに成功した。
さらに谷口は、「間に入ってしまうと抜けなくなるし、61号車がアウトから抜いていったので、その加速が鈍ったところを狙いました」というHOPPY 86 MCの坪井翔にもかわされてしまう。ズルズルと抜かれていった谷口は、最後は8位でチェッカーを受けることになった。
そしてその混戦のなかで、不運となってしまったのが6位でフィニッシュしたUPGARAGE 86 MCだった。「谷口さんのペースが遅すぎましたね(苦笑)」というのは小林。
「それにJAF-GT勢のなかでも、ウチがいちばんウエイトが重かったですから。ちょっと無理したいところで無理しきれなかった。結果的には、0号車の前に出られなかった時点で終わってしまった。コース上では絶対に僕たちの方が速かったんですが」
■勝負をしにいったグッドスマイル 初音ミク AMG
終わってみれば8位。ディフェンディングチャンピオンであるグッドスマイル 初音ミク AMGにとってはポイントこそ獲得できたが、実際は四輪交換を行えばもっと上位にいけたはずだ。
「もしタイヤを替えていたら18号車は前。たぶん96号車も前。25号車、61号車までは前にいっていたはず。その段階で5位だった。そこから上はなかったと思う。タイヤを替えていても抜けなかったと思う」と谷口は言う。
ちなみに、その横にいたGOODSMILE RACING&Team UKYOの安藝貴範代表は「抜けなかったのは谷口さんが体現していたと思う」と添えた。
「タイヤを替えた瞬間に、今回の勝ちは狙わないということ。いわゆる『置きにいく』レースになっていた。オレたちは勝負をしにいった。厳しいのは分かっているけど、あとはオレがどのくらい堪えられるのかだった」と谷口。
「それで“谷口渋滞”が始まって、RC Fにいかれた。そうしたらあとは忘れて、コイツはいかせない……またいかれました、もう次! とずっとやっていた。決して心折れず、すぐ切り替えて。とにかく前を追うというより、うしろを抑えることを考えていた」
そして、河野高男エンジニアは「勝負に出たというだけ。結果は結果で失敗だったけど、仕方ない」と振り返る。
「18号車はいちばん怒っていると思うけど、汚いブロックをしたわけでもないし、ギリギリのレースをやっていたと思う。面白くさせただけで、まわりから見たら『アホじゃねえ?』と思われるかもしれないけど、ぜんぶタラレバになっちゃうから」
「ウチは勝負していくしかなかった。あの状況だと無交換で出るしかなかったからね。もちろん鈴鹿以外に他に勝てるところがあまりないし、もしかしたら勝てるという夢を追っかけながらね」
「褒めてあげたいのは、谷口があそこまで頑張ったこと。作戦はミスだったかもしれないけど」
チャンピオンチームが勝利のために採ったギャンブルは、失敗に終わった。また、展開のあやでUPGARAGE 86 MCの今季2勝目は消えた。そして一方で、成長著しいHOPPY 86 MCの坪井翔の冷静沈着なオーバーテイクも見られた。K-tunes RC F GT3の初勝利も生まれた。
グッドスマイル 初音ミク AMGのギャンブルが生んだドラマは数多かった。車種、タイヤ、ドライバー。すべての違いがあるからGT300は面白い。今回の鈴鹿はそれを感じさせてくれたレースだった。