2018年、ホンダF1はトロロッソと組んで新しいスタートを切った。新プロジェクトの成功のカギを握る期待の新人ピエール・ガスリーのグランプリウイークエンドに密着し、ガスリーとトロロッソ・ホンダの戦いの舞台裏を伝える。
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スペインGPへと旅立つ直前の週末、新緑の高尾山に家族でハイキングに出かけた時のこと。山頂の茶屋で、フランス人一家と遭遇した。日本でフランス語教師として働く息子を、両親が尋ねて来たのだという。お住まいは?と訊いたら、「ルーアンだよ」という。フランス西部、ピエール・ガスリーの生まれ育った古都である。
「じゃあガスリーのことは」と言いかけたら、「知ってるどころか、近所同士なんだ。ピエールがF1の夢をかなえて、私たちも自分のことのように嬉しいよ」と、まくし立てられた。まさか高尾山の山頂で、ガスリー家のご近所さんと出会うとは。あんまり驚いて、写真も撮らなかったのが悔やまれる。
スペインGP週末のカタルニアサーキットには、ガスリーの両親も来ていた。さっそく高尾山の出会いの話をしたのだが、実は彼らの名前も訊き忘れていて、でも最後は何とかどのご近所さんか思い出してもらえた。しかし二人はそんなことより、この週末の息子のパフォーマンスが気になってしょうがない。
両親がレース現場を訪れるのは、3月のメルボルン以来となる。開幕戦、ガスリーはMGU-Hのトラブルでリタイアと、さんざんなオーストラリア旅行になってしまっていた。
「私たちがわざわざ観に行って、あんなだったでしょう。今回もなんだか、いい結果が出ないような気がするのよ」と、お母さんのパスカルさんはすっかり弱気になっている。「いやいや、去年のスーパーフォーミュラは、モテギに皆で応援に行ったら、見事優勝したじゃないか」とお父さんのジャンジャックが取りなすが、いまひとつ納得し切れてない。女の勘なのか、息子を思うあまりの母の不安なのか。
それでも初日フリー走行は10番手、14番手と、まずまずの滑り出し。そして大きくセッティングを変えた予選では、12番グリッドを獲得する。最後はちょっと挙動が乱れたが、Q3進出も十分に射程距離内。パスカルさんにもようやく、いつもの笑顔が戻って来た。
4位入賞を果たしたバーレーンに匹敵する手応えを感じていると、おそらくその日の夕食の時にでも息子から聴かされたのかもしれない。翌日、レース決勝日の両親は、晴れ晴れとした表情で、ガレージの奥からマシンに乗り込むガスリーを見守っていた。
しかしご存知のように、スタート直後に同じフランス人のロマン・グロージャンの事故に巻き込まれ、リタイアを喫してしまう。白煙の中へトロロッソのマシンが猛スピードで突っ込んで行った光景を、二人はどんな思いで見ていたことだろう。
幸いガスリーは無傷で生還したが、スタート前の手応えが結実することはなかった。それでもレース後の二人は、すでに気持ちを切り替えているようだった。「次のモナコは大好きなコースだし、きっと素晴しい週末になるはずよ」。2戦連続の応援となるが、もうずっと前から応援に来ると決めていたそうだ。