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平井堅、“心の暗闇”を解放する歌詞が支持される理由 Mステ披露「知らないんでしょ?」を機に考察

2018年05月18日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 平井堅が5月30日に通算44作目となるニューシングル『知らないんでしょ?』(5月17日から先行配信スタート)をリリースする。テレビ朝日木曜ドラマ『未解決の女 警視庁文書捜査官』主題歌としてオンエア中のこの曲について、平井は「罪を犯す人、暴く人、裁く人、運命次第で紙一重。我々はある意味、胸の内の罪を未解決のまま、抱えたまま生きているのかもしれません。『知らないんでしょ?』が聞く人の胸に刺さる事を願っております」とコメント。この言葉が示唆する通り、「知らないんでしょ?」のなかで彼は、どんな人の心のなかにも存在している罪の意識、そして、決して他人には知られたくない暗い思いを映し出している。


 平井堅はここ数年、人間の暗部を強く反映させた名曲を次々と生み出してきた。まずは「告白」(2012年)。ドラマ『Wの悲劇』(テレビ朝日系)の主題歌に起用されたこの曲のテーマは、決して満たされることのない女性の欲望。それをもっとも端的に示しているのが<愛が欲しい ただそれだけなのに 巡れど巡れど闇は闇>というフレーズだ。本当の愛を求めながらも、決して手に入れることができない絶望を描いたこの曲は、救いや希望がどこにも見つからず、心の底が抜けたように暗闇だけが果てしなく広がっていく。平井自身もリリース当時「どこかに一筋の希望の光を。そう意識して普段は曲を書く様にしているのですが、今回は、誰もが心のどこかに持つ『絶対的闇』『圧倒的絶望』をテーマに作りました」というコメントを寄せていた。「告白」をリリースした時期、つまり平井が40代になった頃から、ダークな部分の描き方がより直接的になってきたと言えるだろう。


 昨年リリースされた「ノンフィクション」も、強いインパクトを残した。ドラマ『小さな巨人』(TBS系)の主題歌「ノンフィクション」は、親しい友人が自ら命を絶ったことに衝撃を受けた平井が、人生の不条理、哀しみをストレートに綴ったミディアムチューン。<何のため生きてますか? 誰のため生きれますか? 僕はあなたに あなたに ただ 会いたいだけ>という歌詞もそうだが、近しい人を失くした悲しみ、今を生きる人々に“生きる意味”を問うメッセージをどこまでも率直に歌い上げるこの曲は、まさにノンフィクション的な生々しさを備えている。


 もう1曲、平井がJUJUに提供した「かわいそうだよね (with HITSUJI)」(JUJUのアルバム『I』収録)も改めて紹介しておきたい。<「あの子ってかわいそうだよね」いつも陰で笑っていた>から始まるこの曲で平井は、“私はあの子よりもマシだ。いい人生を送っているはずだ”と自分を思い込ませようとしている主人公の女性が“違う、かわいそうなのは私だった”と気付くまでを描いている。あまりにもリアルな言葉に説得力を持たせるJUJU、HITSUJIこと吉田羊の表現力も相まって、「かわいそうだよね」は世代を超えたリスナーの間で共感が広がっている。男女、年齢に関わらず“自分はあの人と比べてどうか?”という自問自答から逃れられない。そんなあからさまな事実を、この曲は強く突き付けているのだ。


 人間のダークサイドを描いた平井堅の楽曲。その最新曲にして、もっとも深い闇を感じさせるのが「知らないんでしょ?」だ。曲が始まると、グラスが割れる音、ダークな響きをたたえたピアノの音色、ハイヒールで走る音が順番に聴こえてくる。歌われるのは“あの子”に対する、嫉妬、畏怖、憎悪などが混じり合った、あまりにも複雑な感情。美しい憂いを帯びたメロディとともに奏でられる<あのコを傷つけたいのに 褒めてしまう><あのコを知りたくないのに 調べてしまう>といったサビの言葉にドキッとするーー平井のコメント通り“胸に刺さる”リスナーも多いのではないだろうか。


 近しい他者に対する妬み、嘘といった感情をまったく持たない人は、おそらく存在しない。かく言う筆者も(みっともないことに)、同業者の仕事ぶりは気になるものだし、企業に勤めている人であれば、会社や同僚からの評価や印象を意識しないわけにはいかないはず。さらにSNSの普及によって同調圧力が増し、“他人、世間と照らし合わせないと自分を確認できない”ということが当たり前の状態になっている。「知らないんでしょ?」はそんな状況をしっかりと炙り出し、リスナーの目に前に晒す。そして楽曲を聴いたリスナーは、普段は注意深く隠している感情を突き付けられ、強く心を揺さぶられるのだ。


 誰もが抱えているにも関わらず、誰にも話すことができない感情をまっすぐに描き出す平井堅の楽曲。「知らないんでしょ?」もそうだが、聴き終わったときの感覚は決して暗くはなく、美しいメロディライン、言葉を伝えることに焦点を当てたボーカルを含め、むしろ自分の闇を解き放ってくれるようなカタルシスがある。そう、前向きなフレーズがないにも関わらず、人間の暗闇を照らし出し、解放してくれるーーだからこそ平井堅の心の暗部を歌った曲は、多くのリスナーの気持ちを捉え続けているのだと思う。(文=森朋之)