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永野芽郁と佐藤健の関係性がもどかしい 『半分、青い。』一風変わったヒロイン・鈴愛の独特な世界

2018年05月18日 06:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 北川悦吏子脚本の『半分、青い。』(NHK総合)の世界観の愛おしさは、一方通行のもどかしさにある。その世界はまるで、ナレーションの風吹ジュンが彼らの子供時代をそう評したように「万華鏡のように」煌いている。その煌きはもちろん、1970年代から90年代に差し掛かるという、少しだけ前の懐かしい時代へのノスタルジーでもある。


参考:永野芽郁主演『半分、青い。』第2章突入! 「故郷編」が描いたもの、「東京編」が描くもの


 隣同士で同じ雨に降られていても、左側の耳が聴こえない鈴愛(永野芽郁)の感じ方と、律(佐藤健)の感じ方はバラバラだ。互いの世界を知るためには「どんな感じ?」と尋ねあわなければならない。この感覚は、糸電話にも例えることができる。子供時代に鈴愛が取り組む、亡くなった祖母と話をするための糸電話と、鈴愛の両親が、まだお腹の中にいる鈴愛と話をしようとした糸電話のことだ。「こっち側のコップを廉子さんが手に持ってくれたら話せるのになあ」と祖父が言う。でも視聴者は、ナレーションによって祖母がこの世にいる登場人物たちからの問いかけに返事をしていることを知っている。胎児の鈴愛もそうだ。登場人物たちには聴こえていないが、確かに彼らの一方通行の投げかけは、受け止められている。聴こえていないが確かにそちら側の世界は存在する。それは、鈴愛の耳、彼女の世界と重なるのである。


 一方通行なのは、それぞれの想いも同じだ。岐阜編でノスタルジックに流れ続ける「ふるさと」のメロディは、大人にとっては自分たちの居場所であり、子供たちにとってはやがて出て行く場所である「ふるさと」をイメージさせ、そこで彼らを分断する。空の巣症候群になった和子(原田知世)と「上京した子供から頻繁に手紙来るのはNHKの朝ドラの中だけ」と言い放った晴(松雪泰子)の、東京に行った子供たちへの片想いもまた、切ない一方通行だ。また、律が執拗にスルーするブッチャー(矢本悠馬)の一途な律への友情、もしくは俄かに存在するかもしれないそれ以上の感情、上京する鈴愛に最後に打ち明けた菜生(奈緒)の「なんかが邪魔して今まで言えんかったけど」という前置きに込められた密かなプライド。和やかに穏やかに進む田舎の青春物語は、いくつかのはっきりとは明示されない登場人物たちの「心の真ん中」の断片を残したまま、東京へと移動する。


 そして最大のすれ違い、最大の片側通行の思いは、鈴愛と律のもどかしい関係性にある。


 同じ7月7日に同じ場所で生まれた律と鈴愛は、「運命の2人」だ。それは、初回の数話がそれぞれのナレーションによって進行していること、彼らの友人・菜生が言い、鈴愛の弟・草太(上村海成)がなんとなく察し、さらにはナレーションの祖母(風吹ジュン)が暖かく見守り、丁寧に互いの感情を解説していることからもわかる。それは、第12話でナレーションの律が、「俺があいつより一足先に生まれたのはあいつを守るためだったかなあって」と語っていることからも、彼らの関係は明らかに何者にも変え難い関係であることが、少なくとも当人たち以外には明白なのである。


 だが、奇妙なことに、彼らは目の前にある「運命」と心の奥でざわつく本能を無視して、「運命の相手」を探す。第3週「恋したい!」はまさにそれだった。2人はそれぞれに互いの恋の予感に無関心でいられない感情を無意識に押し殺しながら、「運命なら連絡先交換しなくてもきっと会える」、「もう一度会えたら運命かもよ」とそれぞれに運命の相手を追いかける。特に一度のデートで終わってしまった鈴愛の「恋らしきもの」は、「落としたカセットテープを拾う」という少女漫画めいた運命的な出来事によって彩られ、その真面目そうな男の子(森優作)に彼女自身も視聴者もなんだかピンとこないまま、あっけなく終わりを迎えるのだ。


 さらには、今週放送分の第7週「謝りたい!」の予告を見る限り、中村倫也が好演している、女泣かせのゆるふわ男子・朝井正人が「鈴愛ちゃんの彼氏の正人です」と言う。またも彼女は、というよりこの朝ドラは、「朝ドラらしくない」北海道出身ではあるが東京とバブルの匂いをこれでもかというほど匂わせる男・正人を第2の男として登場させるのである。


 鈴愛と律は「あの素晴らしい愛をもう一度」の赤とんぼの記憶を共有し、大魔神ゴアの笛で繋がり、「告白か?」「好きだ鈴愛」「冗談だな」「うん」というやりとりを電話越しに淡々と繰り返す。それでも彼らは、「この気持ちは無いことにしよう、心にしまってやがて忘れよう。私と律にそんなことは似合わない」と心に芽生えたトキメキを封じ込める。「そうなるはずの2人」はなかなかそうならないのだ。


 抑圧された恋の感情は、くらもちふさこ作品を原作とする豊川悦司演じる秋風羽織が描く少女漫画へと昇華される。左耳を失聴したことで一度半分になった彼女の世界は「か細く頼りなく心もとなかった」が、秋風の漫画と出会うことで彼女の「世界の色が変わった」。彼女は「先生の世界をいつも心に抱きしめて生きている」。一方、秋風本人はというと、そんな甘美な雰囲気は一切なく、『オペラ座の怪人』よろしくマントのように黒い服を翻し、鈴愛の聴こえない側の耳元で「岐阜のサル、田舎に帰れ」と囁き、時に誰もが聴こえないナレーションの呼びかけにさえ応じる、非常に愛すべきキュートな曲者なのであるが、この作品と作者のギャップも、大きな魅力の1つだろう。


 鈴愛が秋風に対して「こんなふうに世界を見る人がいる。この世界がこんなふうに見える眼鏡があるならその眼鏡貸してほしい」と感じたように、鈴愛の世界も視聴者や他の登場人物たちからすると、独特だ。彼女の目から見た90年代の東京はどう見えるだろうか。晴が「あんたの夢をたくさんの人が一緒に見るのかもしれん」というように、このドラマの魅力は、天真爛漫で時に強情で調子乗りな、一風変わったヒロイン・鈴愛にしか見えない世界、彼女の夢を垣間見る面白さにあるのかもしれない。(藤原奈緒)