金曜の午前と午後で大きくセットアップを変更、午後の方向性が間違いであることを確認したトロロッソ・ホンダは、土曜に向けてセットアップを見直し大幅に改善を遂げていた。フリー走行3回目で走り始めてすぐにブレンドン・ハートレーは好感触を無線で伝えてきた。
ハートレー(以下:HAR)「セクター1は昨日より格段に良くなっているよ。でもまだ最終セクターでリヤに苦しんでいるから、セクター1ではもっとリヤをケアしなきゃいけないね。中速コーナーの真ん中で(グリップを失って)流れていってしまうんだ」
トロロッソ(以下:STR)「昨日よりも良い走りをしているけど、ダウンシフトには注意してくれ」
次のランでセットアップと走らせ方を微調整していく。
HAR「最終セクターはすごく良くなったけどセクター1と2でかなり苦しんでタイムロスしている。だからフロントウイングをもっと上げる必要がある」
STR「了解」
HAR「セクター1と2でアンダーステアでかなりタイムをロスしているんだ」
さらに微調整を加えて仕上げた3回目のランでは、多めに燃料を積んで連続アタックで予選シミュレーションを行ない、マシンはかなりの完成度に達していた。
HAR「1周目のスタビリティは良かったけど(タイヤの温まりが不十分で)入口でフロントがイマイチだった」
STR「了解、同意だ。もう1周アタックしよう、エントリー4だ」
HAR「了解。さっきの周は最終セクターで失敗してしまったからもっとタイムを縮めることはできるはずだ」
しかし終了直前、ハートレーはターン9の入口で僅かに左タイヤを芝生に落としてしまい、コントロールを失ってタイヤバリヤに激突。マシンは大きなダメージを負ってしまい、予選に出場することもできなくなってしまった。
STR「ブレンドン、大丈夫か?」
HAR「……あぁ、大丈夫だ」
STR「何が起きたか分かる?」
HAR 「入口で芝生に乗ってしまったんだ。クルマはかなり良くなっていたんだけど……」
ハートレーはパワーユニットとリヤエンドを載せ換えてぶっつけ本番で決勝に臨まなければならず、グリッドへ向かうラップではシートの背中に液体のリークが起きたりバイブレーションを感じたりと不安もあったが、前者はメカニックが修理し、後者はタイヤ起因のものでスタート時には万全の状態になった。
1周目にセーフティカーが出たため想定していた通りピットインし、ソフトタイヤを捨てて残りはミディアムタイヤだけで走り切る戦略に出た。
STR「チャージオンだ、ブレンドン」
HAR「了解」
STR「タイヤを温め続けろ。この周にセーフティカーがピットに戻るかもしれない」
前回のバクーではホンダとトロロッソの間で相互理解が足りずセーフティカー走行中にバッテリーのフル充電ができていなかったために次々と抜かれたが、この点は事前のコミュニケーションを改善することでスムーズな運用がなされるようになっていた。
ハートレーはマシンのフィーリングの良さを感じていたものの、7周目のリスタートでセルゲイ・シロトキンに抜かれて抑え込まれ、本ラインペースを発揮することができなかった。
STR「ERI(マーカス・エリクソン)がSIR(シロトキン)とのギャップを広げているぞ」
HAR「(本来のペースでは)僕らの方がもっと速いんだ」
STR「ERIは1分25秒0だ」
ルノーやマクラーレンがザウバーを抜くのにかなり手間取ったのと同じように、オーバーテイクが難しいバルセロナではメインストレートの立ち上がり加速力と最高速が足りなければ決定機を作り出すことができない。
17周目、レースエンジニアのピエール・アムリンが発破をかけるが、当のハートレーにもどうすることもできない。
STR「ブレンドン、ここがレースのとても重要な場面だ。ペースを上げる必要がある。SIRをパスするんだ」
レースが中盤に差し掛かった21周目、トロロッソは1セットで最後まで走り切るのはやはり難しいと判断して1ストップを挟む戦略を考慮していた。20周目にピットインしたシャルル・ルクレールが後方から追い上げてくるが、これを抑え込むことも後々彼をコース上で逆転するためには必要なことだった。
STR「我々はプランAを考えている。タイヤライフはすごく余裕があるからプッシュして良いぞ。(ルクレールに対して)ディフェンスするのにオーバーテイクボタンを使っても良いぞ。SIRのDRSもキャッチするんだ。我々の戦略のためにはLEC(ルクレール)を後ろに抑えておくことが重要だ」
結局24周目にシロトキンがピットインするまでそのペースに付き合わされることになってしまった。25周目にはメインストレートでタイヤの新しいルクレールに抜かれてしまい、ここからは最終スティントをできるだけ短くして後々コース上で戦うことになるシロトキンやザウバー勢よりもフレッシュなタイヤを履くことを心がけた。
STR「(LECに抜かれて)OK、オーバーテイクボタンはもう使うな。DRSだけを使っていけ。後ろのSIRはたくさんブルーフラッグを受けているぞ」
33周目にピットインを済ませ、シロトキンの前でコースへ復帰。本来のペースが速いからこそできたオーバーカットだ。
STR「ここからチェッカーフラッグまでフラットアウト(全開)だ。プッシュし続けろ」
40周目には5位ダニエル・リカルドにまで周回遅れにされ、燃費セーブは必要なくなった。
STR「これでもう燃費セーブは不要だ。タイヤマネージメントだけに集中しろ」
ペースアップしたハートレーは前のストフェル・バンドーンとエリクソンとのギャップを急激に詰めていき、バンドーンがリタイアするとエリクソンの背後に迫っていった。
STR「良いペースだ。ERIとは8秒のギャップで1周1秒速いぞ。残りは19周だ」
55周目にはテールトゥノーズの状態になり、バトルへ。しかしやはりストレートでザウバーを抜くのは難しかった。
STR「良い仕事をしているよ。ERIをできるだけ早くパスする必要がある」
オーバーテイクボタンを使うものの、最終コーナーの立ち上がりで付いていけなければDRSを使っても決定機には結びつかない。逆にオーバーテイクボタンの使いすぎでバッテリーレベルが下がってしまいデプロイメント切れが発生してしまった。57周目、首位ルイス・ハミルトンが追い付いてきて2周遅れとなり、譲る際にエリクソン攻略を試みたが失敗に終わった。
STR「オーバーテイクボタンは使うな。後ろからHAM(ハミルトン)が来るぞ。ブルーフラッグだ、(先に行かせて)HAMに付いていけ」
STR「バッテリーレベルが下がっている。必要な時だけデプロイしてくれ」
59周目にバッテリーが再びオーバーテイクボタンが使える状態に戻り、ハートレーのアタックが再開された。
STR「オーバーテイクボタンを使って良いぞ。必要な時に使え」
STR「残り2周、ERIはブルーフラッグを受けるぞ」
そしてハートレーにとって最終ラップとなった64周目に見事にオーバーテイクを果たし、12位へ浮上。もう少し早くレース序盤のシロトキンとレース終盤のエリクソンを攻略できていれば、9秒前方にいたランス・ストロールも捕らえられたはずで、そこからさらに4秒前方のルクレールと入賞圏内も見えたはずだった。
ピエール・ガスリーも1周目で事故に巻き込まれてリタイアを強いられ、フリー走行3回目のクラッシュから始まった悪い流れのせいで本来のパフォーマンスを発揮することなく終わってしまったトロロッソ・ホンダだが、内容に目を向ければ決して悲観するようなレースではなかった。