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不道徳さと道徳的な要素が密接に絡み合う 『モリーズ・ゲーム』の立体的で複雑な人間像

2018年05月17日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 一晩で1億ドルを失った客もいたという、超高額レートの秘密ポーカークラブを、ロサンゼルスやニューヨークで運営し、レオナルド・ディカプリオなどの映画俳優、投資家やスポーツ選手など名だたるセレブリティを集めたといわれている実在の女性、モリー・ブルーム。違法行為があったとしてFBIに逮捕され、スキャンダラスな「ポーカー・プリンセス」としてアメリカ市民に知られるようになった彼女の実話が、このほど『モリーズ・ゲーム』として映画化された。


参考:J・ギレンホールを通して苦しみを疑似体験 『ボストン ストロング』が示す“ヒーロー”のあり方


 かつてモーグル(フリースタイル・スキー)選手として、冬季オリンピック出場も有望視されていたモリー・ブルームは、同時に高いIQと美貌と若さを持つ、どの分野に挑戦しても一定の成功をあげることが期待できる、類い希な人物である。本作『モリーズ・ゲーム』では、そんな彼女が、なぜこのような違法な闇のビジネスに関わってしまったのかということを描いていく作品だ。ここではそんな本作の、映画を観ただけでは分からない背景や、劇中の描写などから、ねらいや面白さをできるだけ深く読み取っていきたい。


 ジェシカ・チャスティンが演じるモリーは、オリンピック出場への道をあきらめ、田舎からロサンゼルスに移り住み、不動産業を営む経営者のアシスタントを務めながら、将来のキャリアのため法律の勉強をしていた。その経営者は、サンセット大通りの端にあるバーを根城に、地元の著名人を集め、不定期に秘密のポーカー・クラブを運営していた。一夜の参加費は、なんと日本円にして100万円を超える、1万ドルだったというが、L.A.の富裕層にとって、それは小銭のようなものらしく、彼らは気軽にポンと払って、莫大な額を賭けたカードゲームに興じるのだ。


 ポーカー・クラブでの記録や接客を担当することになったモリーは、セレブ客からのチップだけで、地味に生活費を稼ぐのがバカバカしくなってしまうくらいの金額を一夜に稼いでしまった。この経験が、成績優秀、品行方正なモリーの、真っ当な出世ルートを妨げてしまうことになる。


 クラブの運営側にとって最も重要な客は、ある有名ハリウッド俳優である。彼のカリスマによって、クラブの格や信用度が上がる。裕福な参加者たちは、映画スターと同じクラブに入っているという、財力だけでは手に入らないステータスに酔いしれることができる。


 この実在の俳優は「プレイヤーX」として名前が伏されている。彼はポーカーに興じる理由について、「人が破滅するところが見たい」などと口走るようなあぶない人物として描かれているが、その正体はアメコミ映画でブレイクした有名俳優“T.M.”ではないかと噂されている。映画で見せる柔和な印象からは想像しにくいが、本作では同様にあどけないイメージのマイケル・セラ(『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』)に、その「プレイヤーX」を演じさせている。


 景気の良い時期は長く続かない。モリーはその後、不動産経営者との金銭的いさかいによってクビにされ、実入りの良いポーカー・クラブから放り出されてしまう。普通の人間ならここで、大人しく学業の道へ帰っていくところだが、“転んでもタダでは起きない”のがモリーの持ち味だ。彼女は入手していた顧客リストを使い、高級ホテルの一室を借りきって、セレブにふさわしいリッチな雰囲気を提供するポーカー・クラブを作り上げ運営し始める。さらにロサンゼルスでの活動がまた頓挫すると、次はもっと金持ちの多いニューヨークに居を移し、ハッタリをかましノウハウを活かして、マンハッタンのプラザ・ホテルにて、さらに大きな規模のポーカー・クラブを開き、財界人やスポーツ選手を呼び込むことに成功する。


 つまずいてもつまずいても、モーグル競技で培った根性と明晰な頭脳によって、その状況をチャンスに変えていくのがモリーなのである。違法性があるビジネスだとはいえ、男性社会のなかで理不尽な現実を突きつけられながらも、へこたれずに成功を勝ち取っていく彼女の姿には、多くの観客が痛快さを覚えるのではないだろうか。だがそんな成功と引き換えに、モリーはついにロシアンマフィアとのトラブルによって、危険な状況に陥っていく。激務とプレッシャーのなかで、彼女は違法薬物に依存するようにもなる。


 このように本作は、不道徳さと道徳的な要素が密接に絡み合っている。そこで生まれる立体的で複雑な人間像を描くところが、本作の面白いところであり、それが秩序よりも個人の自立した価値観を尊ぶアメリカ映画の一つの醍醐味だといえるのだ。


 モリーのパーソナリティに深い影響を与えたのが、心理学教授である父親(ケヴィン・コスナー)の、厳格な教育姿勢と家庭環境にあったことも、本作は描いていく。きわめて優秀なモリーだが、上には上がいるもので、彼女の弟ジェレミー・ブルームは、さらに輪をかけて優秀だった。


 劇中ではジェレミーの情報があまり出てこなかったが、彼はモーグル競技でオリンピック入賞を果たし、アメリカンフットボールのプロチームに入団。負傷してプロ選手の道をあきらめてからは、マーケティングソフトウェア会社を立ち上げ、その成功によって世界的経済誌『フォーブス』が、彼を「最も影響力ある30歳未満技術者トップ30人」に選んでいる。モリーが法律家という“正しい道”を選ばなかった背後には、オリンピックに出場できず父親の評価に応えられなかった過去と、こんな非常識な能力を持ったスーパーマンのような弟へのコンプレックスがあったのだ。このように人格形成の根源を辿ろうとするアプローチは、実在したメディア王の実話を基にした名作映画『市民ケーン』からの影響が大きいはずだ。


 本作が初監督作となる、アーロン・ソーキンは、『ア・フュー・グッドメン』(1989年)、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)、『マネーボール』(2011年)という名だたる映画の脚本家である。なかでも『ソーシャル・ネットワーク』は、「新時代の『市民ケーン』」という評価もある。『スティーブ・ジョブズ』(2015年)も同様、いまではソーキンは、一部でそういった伝記映画を引き受ける役割を担っている。


 ベストセラーになったモリー・ブルームの回顧録は、FBIに逮捕されるところまでが語られていたが、この映画では、その後行われた裁判の様子を描き、弁護士(イドリス・エルバ)に事件の顛末を語っていくという構造で物語が展開していく。ソーキンは、2年ほどの期間のうちにモリー・ブルーム本人から回顧録に書かれた以上の内容を聞き出したというが、この関係が、そのまま劇中のモリーと弁護士との関係に投影されているように思える。


 劇中では、『るつぼ』という、アメリカで起こった魔女裁判騒動や、それにともなう司法取引などを題材にした、劇作家アーサー・ミラーの戯曲を登場させているが、その内容とモリーの物語との類似性を指摘しているのも面白い試みである。


 モリーの行いは確かに問題があり、犯罪の温床を作り、不幸なギャンブル依存症を生み出した罪があるといえよう。本作では、脚本執筆に協力したモリー・ブルーム本人の主張が中心になっているため、そのあたりについては、彼女にとって都合よく描かれているのではないかという印象もある。だがそれでも、売春問題などがそうであるように、賭博にまつわる社会問題の原因を、場所を提供した彼女一人に背負わせて「魔女」として法や世間が断罪することでは、根本的な解決には至らないのだということを、この映画は語っている。(小野寺系)