スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第10回は、MotoGP第4戦スペインGPで起こったダニ・ペドロサとホルヘ・ロレンソ、アンドレア・ドヴィツィオーゾの3台によるクラッシュについて。このクラッシュを作ってしまった要因には最新のライディングフォームも関わるようだが果たして?
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トップグループを形成している3台がゴッソリいなくなるなんて、見たことがない。それほど衝撃的だった、スペインGP決勝18周目のクラッシュ。アンドレア・ドヴィツィオーゾ、ホルヘ・ロレンソ、そしてダニ・ペドロサが一瞬にしてリタイアを喫してしまった。
ロレンソを抜きあぐねていたドビが思い切ってインを突いたのが、多重クラッシュが発生した6コーナーの進入だ。オーバースピードで減速し切れなかったドビがコーナーのアウトにはらみ、ロレンソも同じく止まり切れずにややはらむ。この動きを好機と見たペドロサがここぞとばかりにインに飛び込んだが、そこにロレンソが舞い戻る! ペドロサはこれにまったく気付かず2台は接触。ペドロサはハイサイドを食らい、さらにロレンソはドビを巻き込む形で転倒し、全員リタイアとなってしまった。3人にケガがなかったのが不幸中の幸いだ。
あのクラッシュは、誰が悪いというような類いのものじゃない。いわゆるレーシングアクシデントの範疇で、取り立てて問題視するような出来事ではないとワタシは思う。強いていうなら、ロレンソの戻り方が急だったかな、という印象はある。もう少し後方を気にしていれば、ペドロサの接近にも気付けたはずだ。……が、あくまでも「強いて言うなら」。ロレンソが特に問題だったとは思わない。
どうせ「強いて言うなら」、ライディングフォームにも触れておきたい。最近のMotoGPライダーのフォームはイン側に大きく体を落としていて、アウト側はほとんど見えていないのだ。ペドロサがロレンソの復帰に気付かなかったのも、「あのフォームじゃそもそも見えないよね」という視界の悪さが一因になっている。
ではなぜMotoGPライダーの皆さんは、コーナリングであんなにもイン側に体を落とすのか。視界は確実に狭くなるという弊害があるのに……。実質的なメリットは、バイクがよく曲がるようになることだ。一般の皆さんがバイクに乗るときも、ちょっとイン側に体をずらすだけでグイグイと旋回力が増すのを体感できるはずだ。詳細は難しくなるので割愛するが、バイクとはそういう乗り物だということでご理解ください。
イン側に体を落とすメリットは、もうひとつある。「バンク角を稼げる」のだ。……この言い回し、バイクレース界ではよく使われるものだが、一般的な使い方とはちょっと違うかもしれない。「バンク角を稼ぐ」とは、コーナリング中により深くバイクを寝かすことではなく、その真逆。あまりバイクを寝かさないようにすることを指す。要するに、ライダーが体をイン側に大きく落とすことで、相対的にバイクを寝かさずに、コーナリングスピードを高めているのだ。この辺りも詳細は難しい話になるので、また別の機会にでも(笑)。
それらメリットがある一方で、デメリットはとにかくアウト側が見えないということ。ワタシも同じようなフォームでMotoGPマシンのテスト走行をするが、そりゃもう、アウト側はほとんど見えない。ペドロサからも、ロレンソの動きはまったく見えなかったはずだ。ちなみに、ライダーの頭がバイクの中心に残っている昔ながらのフォームは、アウト側もよく見える。スペインGPでの多重クラッシュは、誰を責めるでもないレーシングアクシデントのひとつだが、最新フォームがもたらした災厄と言うことはできそうだ。
ちなみにMotoGPライダーのみんながみんなイン側に大きく体を落とすのには、理由がある。それは、「みんながみんなイン側に大きく体を落としているから」だ。禅問答のようだが、コレ、割と真実だ。要は速いライダー(最近だとマルケスですね)のフォームを、みんなこぞってマネするワケです。「なんだよアイツ速いじゃんか」、「アイツのフォーム独特だな」、「やってみっか」、「あ、意外とイイな」、「じゃ、コレで」→フォーム大流行、となるのだ。
実はフォームに限らず、MotoGPマシンに使われるテクノロジーも似たところがある。どこかのチームが新技術を開発・投入し、それがどうも速さにつながっているようなら、すかさずマネをする。「オリジナリティがないな!」と思われるかもしれないが、いやいや、モータースポーツ史においてマネ=コピーが常に重要な役割を果たしてきたことは、レース好きな皆さんなら思い当たるフシが大いにあると思う。
いずれにしても非常に残念なクラッシュだったわけだが、遠因としてもうひとつ思うのは、「今のMotoGPはつくづく余裕がないんだなぁ……」ということだ。タイヤはみんな同じのワンメイク、エンジンや電子制御の開発もままならず、というレギュレーションの厳しい縛りのなか、ストレートでピュッとライバルを抜くなんてシーンはほとんど見られなくなった。
今回のクラッシュも、なかなかロレンソを抜けないドビの苛立ちが手に取るように分かったし、ペドロサもあの場面で待つという選択肢はなく、インを突くしかなかっただろう。
ライバルを抜けるのは、もはや難しくてクラッシュのリスクも高いブレーキング時ばかり。いやはや、MotoGPライダーは大変だ……。
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■青木宣篤
1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。