2018年05月12日 10:02 弁護士ドットコム
暴力団関連事件の捜査に協力した男性が、東京家裁で戸籍上の氏と名の変更を認められた。両方の変更は極めて異例だと毎日新聞(5月1日)が報じた。
【関連記事:契約時の「録音」が決め手に…UQ「ギガ放題」広告に賠償命令】
同紙によれば、男性は過去に暴力団に関連する裁判で捜査当局に協力。その後、報復を恐れて仮名で生活してきたが、契約など本名を明らかにする必要がある場面では不安を感じていたという。数年前に通称として使用していた仮の氏名への変更を申し立てると、名の変更のみ認められたため、昨年、再度氏の変更を申し立てていた。
6月からは捜査機関に他人の犯罪を明かす見返りに、自身の刑事処分が軽くなる「司法取引」制度が始まる。今回のような家裁の判断を、どう評価すれば良いのか。元警察官僚の澤井康生弁護士に聞いた。
ーー今回の事案について、どう評価しますか。
捜査協力した者について暴力団からの報復を免れるために氏名の変更を許可した事案であり、画期的な判例だと思います。
ーーどのような場合に、氏名変更は認められるのでしょうか。
氏(名字)の変更には「やむを得ない事由」(戸籍法107条1項)、名の変更には「正当な事由」(同法107条の2)が必要とされています。
一般的に氏の変更は、離婚後に婚姻前の氏への変更するケースや国籍の違う男女の婚姻に基づくケースが大半です。しかし中には、長期間通称を使用している場合や社会的差別、精神的苦痛などを理由とする「第3のケース」も散見されます。その名字を使用し続けることで、生活に著しい支障をきたす場合のみ、変更が認められるということです。
ーーこれまで暴力団に関連した氏名の変更事例はありますか。
過去の裁判例では、暴力団員としてその「氏」が周知されているという元暴力団員が、氏変更の申立てを行い認められた事案(宮崎家庭裁判所平成8年8月5日審判)があります。
裁判所は、客観的に現在の氏によって社会生活上の現実の支障や不利益があり、氏変更の必要があると認められ、加えて、氏を変更することがその人の更生に必要と認められる事情がある場合には「やむを得ない事由」が認められると判断しました。
ーー今回の事例のように、「氏」と「名」の両方の変更が認められた事例はありますか。
戸籍上の氏名を使用することで、幼少時に受けた性的虐待の加害者である近親者やその加害行為を想起させ、強い精神的苦痛を与えるとして、女性が「氏」及び「名」の変更を申立てて認められた事案があります(大阪家庭裁判所平成9年4月1日審判)。
裁判所は、氏の変更について、戸籍上の氏名の使用を申立人に強制することは申立人の社会生活上も支障を来し、社会的に見ても不当であるとして「やむを得ない事由」(戸籍法107条1項)があるものと認めました。また名の変更についても、単なる好悪感情ではなく特別な事情に基づく一定の使用年数があることから「正当な事由」(同法107条の2)もあるものと認めました。
ーー今回のケースについては、なぜ氏名変更が認められたと考えられますか。
「第3のケース」に分類されるものであり、捜査協力したために暴力団から報復を受ける恐れがあったこと、これまでの氏名の使用を強制すると社会生活に支障を来たすこと、一定の使用年数があったことから「やむを得ない事由」及び「正当な事由」を認めたものと思われます。
ーー6月からは、共犯者など他人の犯罪を明かす見返りに、捜査協力者の刑事処分を軽くする「司法取引」制度が始まります。今回の男性のような申し立てが、増えることも考えられます。
そうですね。しかし現在は、捜査協力者が、共犯者やかつて所属していた反社会的勢力から報復を受ける恐れについて、特別な手当はなされていません。
そういう意味で、今回の事案は、司法取引制度の下で捜査協力した者について、共犯者や反社会的勢力からの報復を回避するために氏名を変更する方法もあることを認めた先行事例といえます。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
元警察官僚、警視庁刑事を経て旧司法試験合格。弁護士でありながらMBAも取得し現在は企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も兼任、公認不正検査士の資格も有し企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。東京、大阪に拠点を有する弁護士法人海星事務所のパートナー。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:弁護士法人海星事務所東京事務所
事務所URL:http://www.kaisei-gr.jp/partners.html