トップへ

『半分、青い。』が描く、現代に繋がる“過去” 今までの朝ドラとは違う独自のグルーヴ感を読む

2018年05月11日 06:02  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『半分、青い。』(NHK)が絶好調だ。


 本作は岐阜を舞台に1971年に生まれた女性・楡野鈴愛(永野芽郁)の半生を描いたドラマだ。鈴愛は幼少期に左耳の聴力を失うが、傘にぶつかる雨音が片側からしか聞こえないことを面白いものと捉える、おおらかな性格に育つ。高校卒業後は、農協に就職する予定だったが、少女漫画家の秋風羽織(豊川悦司)の漫画に出会ったことで、漫画を描くようになり、東京で漫画家のアシスタントとして働くことになる。


参考:永野芽郁と佐藤健のすれ違いに、なぜ“グッ”とくる? 『半分、青い。』が描く感情の丁寧さ


 脚本は『ロングバケーション』(フジテレビ系)を筆頭とする数々の大ヒット恋愛ドラマを手がけてきた北川悦吏子。『愛していると言ってくれ』、『ビューティフルライフ』、『オレンジデイズ』(すべてTBS系)など、障害を抱えた登場人物のドラマを多数描いてきた北川だが、左耳が聞こえない自分の境遇を面白いものとして肯定的に受け止めようとする鈴愛から受け取る印象は、今までのドラマとは大きく違うように見える。これはヒロインを務める永野芽郁のふわっとした喋り方がもたらす存在感も大きいと思うが、北川自身が2012年に突発性難聴となり、鈴愛と同じように現在、左耳が聞こえないという実体験を経ていることも大きいだろう。鈴愛の設定は1971年生まれで61年生まれの北川とは10年の誤差があるのだが、自身と同じ境遇を与えられたヒロインを通して、北川の姿が透けてみえる。


 近年の朝ドラは戦前・戦中・戦後を舞台に、実在した女性実業家をモデルとしたヒロインが活躍する作品が多い。これは実在した人物の話を元にすると同時に、戦争のような歴史的事件を題材にすることで、ドラマとしての強度が上がるという保険的な側面も大きいだろう。


 対して、『半分、青い。』で現在、描かれるのは70~90年代の岐阜での出来事で、少女漫画やテレビ番組といった当時のカルチャーや、バブル景気の影響は見受けられるものの、基本的には大きな事件は起こらず、田舎の高校生とその両親のドラマを描いていて、題材自体はとても地味である。


 それでも見応えがあるのは、純粋なフィクションとはいえ、北川自身が自分の人生で見てきたこと感じてきたことがそのままドラマになっているように見えるからだろう。さながら私小説ならぬ私ドラマとでも言うような作品で、だからこそ今までの朝ドラとは違う独自のグルーヴ感がある。


 2010年の『素直になれなくて』(フジテレビ系)以来、連続ドラマを書いていなかった北川だが、2016年、NHKで『運命に、似た恋』を久々に執筆した。原田知世が演じる45歳のシングルマザーを主人公にした少女時代から始まるメロドラマは、今考えると『半分、青い。』のプロトタイプとでも言うような作品であった。ヒロインの少女時代を演じた蒼波純の瑞々しい存在感もあって、個人的には楽しく観ていたのだが、現代のテレビドラマとしては、浮いていた印象があった。『半分、青い。』を観ると逆に納得するのだが、それこそ劇中で登場するくらもちふさこを筆頭とする80年代の少女漫画が持っていたエッセンスが北川ドラマには存在する。それをそのまま現代を舞台に打ち出すと、ファンタジー感の方が際立ってしまうのだ。


 作家の力量とは別の時代との誤差をどう調整するのか? というのは難しい問題だ。


 90年代に北川と同時代にテレビドラマを手がけていた作家。例えば連続テレビ小説『ひよっこ』の岡田惠和や大河ドラマ『西郷どん』の中園ミホは時代の要請に対応して、作家性を保ったまま、執筆ジャンルを変化させていった。一方、過激な作風で知られる野島伸司はdTVやHuluといったネットの有料配信メディアへと拠点を移しつつある。


 そんな中、北川の朝ドラは、物語の舞台を70年代からスタートして戦時中ほど昔ではないが、今の時代からすれば過去の、それこそネットやスマートフォンがない時代をノスタルジックに描くことで、北川のセンスが存分に発揮できる舞台を作ることに成功している。


 面白いのは、北川の感覚がインスタ映えという言葉が流行する現代の感覚と再びマッチしはじめていることだ。高校卒業時に「写ルンです」で撮影する場面などは、今、「写ルンです」が逆に流行っているという背景をうまく取り入れた演出だと思うが、程よく懐かしいものとなっていた。


 それにしても、まだ1ヶ月弱しか経ってないのに、ここまで世界観が確立されて、どの登場人物の物語を転がしていっても面白くなっていきそうな気配が漂っているのは、すごいことだ。1話1話のエピソードが毎回充実しているのは作家の力量と言ってしまえばそれまでだが、こういう繊細な内面をテンポ良く描ける場こそが、現在の朝ドラなのだと改めて実感させられる。


 物語は、どんどん進行していき、最終的には現代に繋がる予定とのことだが、80年代少女漫画的な幸福感が今後も維持されていくのか、それとも時代の変化とともに失われていくのか? その経緯も含めて見守りたい。


(成馬零一)