“助っ人ルーキー”の坪井翔が戦力として十二分に機能し、スーパーGT第2戦富士で今季初表彰台という躍進を見せたDENSO KOBELCO SARD LC500。代走ドライバー起用のみならずチーム体制にも変化があったなか、一昨年のGT500王者であるヘイキ・コバライネン&サード陣営が完全復活に向けて大いなる一歩を記した、そういう内容のレースだった。
スーパーGT第2戦富士、直前に日本レース界が誇る名匠のひとりである山田健二エンジニアが急逝したことの影響は、山田エンジニアを失ったWAKO’S 4CR LC500陣営(チームルマン)以外にも波及した。
開幕戦ではサードのエンジニアだった田中耕太郎氏がチームルマンに移籍し、サードには笠井昭則エンジニアが加わるという緊急人事があり、もともとWECとの日程重複で小林可夢偉を欠くことになっていたサードは、GT500新人の坪井翔を代走に起用するという既定の変更事項に加え、エンジニアの面でも変更要素を内包して富士戦に臨むこととなったのだ。
今季のサードはシーズン開幕前の富士テストでトラブルが出て、ストレート脇にマシンがストップしてしまうシーンがあるなど、王座防衛を果たせなかった昨季後半からの流れの良くない面を引きずっているように見えた。
そこへ来て、今回の緊急人事である。一線級のエンジニア同士による連鎖移籍とはいえ、なにぶん急な状況、さらなるピンチに陥るかもしれない局面を迎えていたわけだが、チームはここでV字回復を果たすことになる。
田中エンジニアの置き土産というかたちになったタイヤ選択が奏功したこともあっただろうし、開幕戦が12位という結果だったため今回はノーハンデだったことも後押しになったとは思うが、サードは富士で一気に2位への大躍進を成し遂げる。勝負ごとの流れの機微というのは分からないものだ。
チームにとって新しい要素が見事な働きを演じた。まずは坪井。中盤スティントを担当した22歳の若手気鋭は堂々たる走りでトップをキープし、自身のスティントを完遂する。優勝を争ったMOTUL AUTECH GT-Rにはピットストップで逆転を許す格好になったが、これはそれぞれのピット戦略やタイヤ特性等が高度に絡み合った結果であり、仕方ない。坪井の走りは、GT500ルーキーとは思えぬ見事なものだった。
コバライネンも坪井を大いに褒める。「彼の仕事は素晴らしかったね。よく集中して速いペースで走れていたと思うし、ミスもなく安定していた。昨日(予選日)、霧の影響で(走行時間が短くなり)ほとんど走れないという難しい状況も彼にはあったというのにね」。
さらに、「トヨタがこういう機会を彼に与えていること自体が、彼というドライバーの能力の証明でもあると私は理解している」との旨もコバライネンは語っていたほどだ。
坪井自身はこう振り返る。「昨日が3周、今日のレース直前ウォームアップ走行でも6周でしたから、準備できてなさすぎでした。チームとしてはいい感じ(のレースウイーク)でしたが、正直、僕自身は不安がありました。しかもトップ争いをするという重大な責任まで生じましたからね」。
でも、坪井はその重責を果たした。「そうですね。不安があっても、走ったらスイッチ入りますし、ヘイキさんからもアウトラップのこととかいろいろ聞いていましたから。広いコースの富士ということもあるでしょうけど、トラフィックに関しても(スピードを)落としすぎずにうまく走れたと思います。手応えは、思っていた以上に得られました。結果にも結びつきましたから、今後への自信にもなると思います」。
坪井のポテンシャルと、走行時間が限られたことでむしろ先入観なく臨めたことがうまく化学反応したデビュー戦快走劇ともいえようか。だが、そのためには媒介として“いいクルマ”が必要だ。それを用意するのに貢献したのが、もうひとつのチーム新要素、笠井エンジニアということになる。
コバライネンがこう語った。「我々は(最近)フロントのダウンフォースを失っていた面があったが、今回マシンがいい動きをしてくれた。カサイさんたちがいい仕事をしたね」。
実は笠井エンジニアは昨季まで、サードで田中エンジニアをデータエンジニアの立場からサポートしていた。今季のデータエンジニアは松田久氏の担当となったので、今回の緊急人事は笠井エンジニアにとっては短期離脱を挟んでの復帰、そして松田エンジニアとの新コンビ結成という格好になるが、チャンピオンになった一昨年(マシンは異なる)のことを含めて笠井エンジニアはチームのいい時の状況を知っている。田中エンジニア移籍のフォロー役としてこれ以上の適任者はいないだろう。
また、笠井エンジニアは昨季からスーパーフォーミュラのKCMGで既に可夢偉とコンビを組んでいる間柄だ。今回の緊急人事には、笠井エンジニアが昨季までサードにいたことはもちろん、スーパーフォーミュラでの可夢偉との好連携も影響しているだろうと推測できる。
笠井エンジニアはレース後、まず坪井を「良かったですね。想像以上です」と称賛した。そして次戦鈴鹿からは、帰ってくる可夢偉と組むことになる。「このクルマ(LC500)ではまだ可夢偉さんとなにもできていないですけど、可夢偉さんが欲しがるところ(セットアップ)は分かっているつもりです」。
コバライネンに関しても、「ヘイキさんとも結構長くやっていますから、好みは分かっています」。そして両ドライバーの好みは、「似ていると思いますよ。欲しがるところは同じだろうと思います。もちろん、それをここ(LC500)で再現できるかは未知数ですけどね。可夢偉さんが“入る”(好んで乗れる状態)ならヘイキさんも入ると思います」。
笠井エンジニアと可夢偉のコンビ力の高さが、スーパーGTでも発揮されるシーズンになりそうな予感が漂ってきた。「分かんないですよ、まだ」と笠井エンジニアは笑うが、当初は「今年はスーパーGTのスケジュールがアタマから抜けてました」という年が、スーパーフォーミュラと併せて「濃い年にはなりそうですね」と変化してきたのは確かである。観る方からしても楽しみになってきた。
2戦を終えて、ブリヂストン装着のレクサス勢は綺麗にポイントが揃った。15~14点にサード、セルモ、トムス(No.1 KeePer)、チームルマンの4台が密集し、他陣営のポイント/ハンデ状況や戦力状況等を併せて考えると、次の鈴鹿ではこの4台(とNo.36 auトムス)のなかからウイナーが生まれる可能性が高く思える。
富士で得た勢いのままに、サードのコバライネン&可夢偉がレクサス陣内の主導権を握る、そんな展開もあっておかしくなさそうだ。2016年チャンピオン陣営の再生、完全復活への試金石というレースにもなるだろう。