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乃木坂46 生駒里奈卒業コンサートに感じた、“俯瞰した視線と絶対的な肯定”

2018年05月05日 12:12  リアルサウンド

リアルサウンド

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 4月22日に日本武道館で開催された乃木坂46・生駒里奈の卒業コンサートは、乃木坂46というグループへの俯瞰した視線と絶対的な肯定とを、稀有なバランスで見せるものだった。


 卒業コンサートに似つかわしく、セットリストはあくまで生駒里奈という個人にスポットをあてて進行する。それでも、「乃木坂の詩」から「おいでシャンプー」へつないだ冒頭は、彼女個人のキャリア最初期を回顧するものである以上に、草創期の乃木坂46そのものを振り返らせる。今ではライブの定番曲であるこれらの作品も、乃木坂46がいまだアイデンティティを探していた時期に、模索の中で生まれた佳曲たちだ。今ではもはやイメージしにくいほどに、結成当初の乃木坂46は何をよりどころにしたらよいかわからないグループだった。だからこそ、トップグループのアンセムとして現在、それらの楽曲が響いていることが感慨深い。


(参考:乃木坂46 生駒里奈がグループに残した“変わり続ける勇気”


 「太陽ノック」を挟んで披露された生駒のソロ曲「水玉模様」は、円熟期を迎えた現在の乃木坂46では生まれ得ない、デビュー初年のグループの模索をいっそう思い返させる楽曲である。この日、同曲のパフォーマンスで生駒が見せたのは、かつてとは違いスター然とした現在の風格と、今なおかつてのおぼつかなさを思い起こさせる歌唱とが同居する、いくぶんアンバランスな佇まいだった。生駒里奈という個人に託されたこの楽曲の経年変化(と変化しない部分)もまた、グループが遠くまで歩んできたことを物語っている。そしてまた、後述するように、この楽曲に断片的にあらわれるようなアンバランスさと、彼女が卒業へとむかう志向とはおそらく無関係ではない。


 乃木坂46としてよりも生駒里奈という個人の道のりをたどっていることをさらに印象づけるのは、「初日」「てもでもの涙」「心のプラカード」といった、彼女がAKB48チームBとの兼任で活動していた時期にちなんだAKB48曲パートである。乃木坂46としてのブランドを確固たるものにした現在、AKB48の楽曲がセットリストに入ることは、一見して異質さが際立つ。けれども、それぞれの楽曲で3期生、2期生と生駒とのユニットというスタイルが採用されたことで、この先のグループを担う後進メンバーを引き立てる場として、これらの曲は機能した。生駒里奈個人の歴史に収斂しているはずが、いつしかグループ全体を俯瞰する視野へと自然につながっていく。これこそ、彼女がグループの象徴たる由縁でもある。「心のプラカード」に前後して、現在リスタートの準備をしている北野日奈子がライブに参加する契機となったのも、グループの今後にとって重要な瞬間だった。


 セットリスト終盤も、生駒がセンターポジションをとってグループの代表作に育っていった「君の名は希望」「制服のマネキン」等の楽曲を中心にライブは進行する。この数年、これらの楽曲がライブで披露される際、そのつどリアルタイムで乃木坂46のセンターを務めライブ全体の顔を担っていたのは、生駒ではなかった。それでも、乃木坂46のパフォーマンスの軸には、常に彼女がいる。この日のライブのクライマックスは、そのことを記憶に留める最後の瞬間でもあった。ポジションにかかわらず、一貫してグループの絶対的な象徴であった彼女の軌跡を、ごく正当に刻むものとして卒業コンサートは締めくくられた。


 毀誉褒貶の激しいアイドルというジャンルにおいて、グループの象徴を背負うことは、懐疑的・否定的なまなざしも含めた無数の声の矢面に立つことでもある。生駒里奈は、グループが独自の武器をもたない時期から、それら「世間」の視線を受け止める役を務めてきた。だからこそ、彼女の言動は常に乃木坂46を、アイドルという存在を冷静に俯瞰するものになっていった。


 印象的な言葉がいくつも生まれたこの日のコンサートのスピーチで、彼女は乃木坂46の価値を十二分に言葉にしながら、同時に「それよりも何よりも、私はうまくなりたいと思ってしまった」と卒業に至る思いを述べた。この言葉は、アイドルが歌唱やダンス、演技などの各分野において、専門性を持つ者として認識されにくい現状を示してもいる。乃木坂46はまさに生駒の卒業シングル表題曲「シンクロニシティ」で、コンテンポラリーダンスを軸にグループ史上最大級にストイックなMVを完成させ、その身体表現のレベルアップによって、かつてない成熟期の到来を告げた。この充実したタイミングにあってなお語られる彼女の言葉は、だからこそ重い。セットリスト序盤、「水玉模様」披露直後に、自身の不安定な歌唱を省みつつ「(この歌声を)『味』と言ってくれるのは、ここにいる人たちだけ」と笑ってみせた彼女の振る舞いも、ここにきて単純でない意味を有してくる。


 しかし、そうした彼女の振る舞いが決してグループを突き放すものではなく、皮肉的にもならず、むしろ爽快さを帯びているのは、彼女を象徴に据えた現在の乃木坂46のパフォーマンスが、アイドルの不自由さをではなく、アイドルが成熟期を迎えることの可能性を見せているからにほかならない。この日、彼女が語った言葉には、おそらく当人が意識しないレベルでの批評性が強く含まれていた。しかしまたそれと同等に、そのパフォーマンスには乃木坂46というグループへの肯定が表現されていた。


 生駒里奈は、アイドルであること、アイドルであると世間からみなされることの葛藤や限界を率直に表明しつつ、同時にこのジャンルのもつ可能性をパフォーマンスのレベルで見せ続けてきた。アイドルについての批評と肯定とをその一身で体現し、なにより乃木坂46の象徴を引き受けてきた彼女の卒業は、グループにとってあまりに大きな意味をもつ。そして、卒業というイベントそのもの以上に重要になるのは、彼女自身が見せる次の一歩、乃木坂46が見せる次の一歩である。今、そのいずれにも大きな期待を抱くことができるのは、彼女が乃木坂46を現在地まで導いてきた、偉大な足跡があってこそに違いない。(香月孝史)


■セットリスト
01. 乃木坂の詩
02. おいでシャンプー
03. 太陽ノック
04. 水玉模様
05. トキトキメキメキ
06. スカウトマン
07. Against
08. シンクロニシティ
09. 初日
10. てもでもの涙
11. 心のプラカード
12. ここじゃないどこか
13. 満月が消えた
14. あらかじめ語られるロマンス
15. 無口なライオン
16. 指望遠鏡
17. 月の大きさ
18. ハウス!
19. 君の名は希望
20. 悲しみの忘れ方
21. 制服のマネキン
En1. 走れ!Bicycle
En2. シャキイズム
En3. ぐるぐるカーテン
WEn1. 君の名は希望