2018年04月30日 10:41 弁護士ドットコム
音楽のライブコンサートや、スポーツイベントのチケットが、高額で転売されている問題は、ファンだけでなく、アーティストたちも悩ませている。
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こうした状況を改善しようと、宇崎竜童さんや夏木マリさん、Zeebraさんたちは4月中旬、「ライブ・エンタテインメント議員連盟」などが主催した会合に登壇して、チケットの高額転売ができないよう規制する法整備をもとめた。
ネット上では、人気アーティストのライブチケットがときに数万円、十数万円という価格で売買されるケースが相次いでいる。たとえ「転売禁止」とチケットに表示されていても、こうした高額転売はあとを絶たないのが実態だ。
どうしてもチケットがほしい、熱心なファンは、本来負担する必要のない対価の支払いを余儀なくされている。だが、現行法では、こうした高額転売が規制されていない。今後、どのような対策が必要になるのだろうか。
数々のアーティストの全国ツアーに同行しながら、コンサートチケットの高額転売問題に取り組んできた太田純弁護士に聞いた。
――そもそも、どうして高額転売はダメなのか?
転売の利益は、アーティストに還元されておらず、反社会的勢力の利益にも結び付いている面が懸念されています。また、全体としてのイベント運営を考えると、ファンがチケット取得のために高額の金銭を負担してしまい、グッズ購入などに回すことができておらず、ひいては、アーティストや音楽ビジネスにとって、大きなマイナスにもなっていると指摘されています。
消費者側からすると、ライブ当日都合が悪くなり、やむを得ず行けなくなった場合にどうしたらよいのか、市場原理が働かなくなるのではないか、といった意見もあるところです。しかし、この問題は非常に根深いです。
――どういうところが根深いのか?
そもそも法規制が古いのです。ダフ屋行為に関しては、都道府県の迷惑防止条例によって、現実の世界における「公共の場所」での行為にのみ、取締り規制が及ぶだけです。ネットダフ屋行為に対するルールがありません。法整備によって、きちんとしたルール作りが必要です。
神戸地裁で2017年9月、この手の事案に「詐欺罪」を適用するという判断を下した事例もあります。裁判所はうまく考えたと思いますが、あくまでも個別の事例解決にすぎません。ほかの法律としては、古物営業法の適用可能性もあるところですが、射程を明確にするためのルール作りが求められていることに変わりはありません。
――古い形態のダフ屋行為はどうなっているのか?
ずいぶん前から「転売を前提とした」チケットの「買い占め行為」がされてきた背景があります。
たとえば、ファンクラブの先行予約を企画・実施することがあります。熱心なファンにこそチケットを回してあげたいところですが、実際には大量買い占めがあります。ファンに成りすまして、ファンクラブに紛れ込んでくる悪質な業者もいたわけです。
そこには、個人情報を他人に貸す行為や盗用、あるいは証明書類の偽変造による成りすましもあり、主催者側で見抜くことなど、とうてい不可能だったわけです。社会全体でのさまざまな違法行為が密接に絡んで、こうした現象を生んでいます。
――ネットダフ屋は?
ネットダフ屋に関しては、さらに高度化しています。ネット上でチケットを大量に購入する電子プログラムを用いて、機械的に不正な手段で大量に買い占めてから、転売している業者もいます。市場原理に著しく反する行為と言えます。買い占められて、値段をつり上げられてしまうならば、ファンは「行きたくても行けない」「買いたくても買えない」状態と言えます。
――これまで、どういう対策がされてきたのか?
アーティストの中には、みずから率先して、15年くらい前から、この問題に対して取り組んできた人もいます。チケットに「転売禁止」を大きく表示して、転売されたものは無効であると注意喚起しつつ、購入者の個人情報を入場段階でチェックするという行動に出た人もいました。
しかし、この場合、会場設営において、チェックカウンターの設営数や、観客の動線をどのようにするか、安全管理の面で適切な構築をしなければ、入場までに大きな混乱と大幅なタイムロスを招いてしまうおそれもあり、成功事例は少なかった時代がありました。
「譲渡禁止無効」の特約の効力を主張して、入場を拒否することは可能ですが、高い値段を払って取得してきたファンを前に、入場を拒否するということは、主催者としても非常につらい決断を迫られます。そのフォローやケアをどうするかも問題でした。
――その後、状況に変化はないのか?
アーティストだけでなく、ファンのみなさんの理解も進み、また会場設営側でも工夫を凝らしてきた結果、10年くらい前から、いくつかのアーティストのライブでは、本人確認がスムーズにおこなわれてきています。
中には、プレミアムチケットとして、着席まで専用レッドカーペットによる入場、コンセルジュによる入場のお手伝い、専用のグッズコーナー、専用のお土産グッズといった、チケットの特別感を醸成しつつ、本人確認に対する理解を得て成功した事例もありました。
こうした努力を、一人のアーティストや主催者だけで個別に取り組んでいても、全体が変わらない限り、抜本的な改革に繋がりません。ライブ・エンターテインメントの業界4団体(日本音楽制作者連盟、日本音楽事業者協会、コンサートプロモーターズ協会、コンピュータ・チケッティング協議会)は2016年8月、高額転売取引の防止を求める共同声明を発表しました。今回の動きに発展してきていると思います。
――ほかにどんな問題があるのか?
また、本人確認をするということになると、ライブ公演の主催者側で、個人情報の管理に関し、遵法意識が求められます。個人情報取扱事業者の適用範囲と規制は、同法の改正によって、近ごろさらに厳しくなってきています。それが主催者側にとって大きな負荷となったり、本人確認を躊躇する原因となってきた面も否めません。
わたくしも弁護士として、ライブ公演で、本人確認を実施するアーティストや主催者の側に立って、全国のライブツアーに何度も同行して、個人情報の管理や、会場設営に対する助言・サポートをしてきました。
技術的には、チェックのためのタイムロスをより短時間にできるか、そして情報のデータ管理の正確性の確保が問題となってきます。ここに関しては、IT化による本人確認とデータ管理が、技術的に急速に進化してきています。
――チケット以外にも問題点はないのか?
違法グッズの問題です。アーティストの関連グッズに関しても、商標の使用許諾を受けていない非正規品が多く出回っており、これも古くからの問題です。ライブ会場のすぐ外で、売買されている場面を目にすることも少なくありません。
こうした違法グッズを買ってしまうファンも目にしますが、違法グッズ、非正規品は、アーティスト本人に利益が一切還元されていません。
チケットの適正価格の取得により、ファンがグッズ購入にもお金を回すことができ、そこで正規品を購入すれば、アーティストに利益が還元され、次の活動に繋がっていくことができるわけです。チケットとグッズの双方の対策が、両輪といえます。
――今回のアーティスト側の動きについてどう評価するか?
アーティストは、ファンとで一体となって、こうした営利目的の転売行為の阻止と、非正規業者の違法グッズの排除に取り組んでいきたいと、ファンにも理解を求めていると言えます。
ひろくイベントという視点では、2020年東京オリンピックを前にして、これらの対策をいかにして有効化して、会場設営の安全面や、個人情報の管理の面でも安全性を担保できるかが、ますます急務となってきています。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
太田 純(おおた・じゅん)弁護士
訴訟事件多数(著作権、知的財産権、労働、名誉棄損、医療事件等)。その他、数々のアーティストの全国ツアーに同行し、法的支援や反社会的勢力の排除に関与している。
事務所名:太田純法律事務所
事務所URL:https://www.jota-law.jp/