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The Wisely Brothers 真舘晴子が語る『しあわせの絵の具』 「ありそうだけど、奇跡のようでもある」

2018年04月23日 18:41  リアルサウンド

リアルサウンド

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 The Wisely BrothersでGt./Vo.を担当する真舘晴子が、最近観たお気に入りの映画を紹介する連載「映画のカーテン」。第2回は、第90回アカデミー賞作品賞に輝いたことも記憶に新しい『シェイプ・オブ・ウォーター』のサリー・ホーキンスと、『6才のボクが、大人になるまで。』のイーサン・ホークが共演した『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』をピックアップ。映画美術に興味があるという彼女は、本作を観てどのような感想を持ったのか。(編集部)


参考:The Wisely Brothers 真舘晴子の映画新連載スタート! 第1回は『希望のかなた』


 今回取り上げるのは、モード・ルイスという実在したカナダの画家の実話を基にした作品です。実はモード・ルイスという人の存在は知らなかったのですが、この作品の予告編を観てとても気になり、今回ピックアップしました。


 この作品では、カナダの田舎町で叔母と暮らしていたモード(サリー・ホーキンス)と、ある日商店で家政婦募集の広告を張り出し、後にモードと町外れの小さな家で暮らすことになるエベレット(イーサン・ホーク)との関係性が中心に描かれていきます。モードは幼い頃から重いリウマチを患い、両親の他界後は家族から厄介者扱いされていたのですが、エベレットと出会い、画家としてもその才能を見出され、幸せを掴んでいきます。


 私がこの作品を観てまず感じたのは、素直に綺麗な映画だなということ。それは物語の進み方や舞台となった土地の光の使い方について思ったことでした。ただ、この綺麗な映画の中でこの作品に対する自分の見どころはどこなのだろう?と観終わってからすこし考えていました。映画が公開された同時期に、カナダ大使館で開催されていた絵の展示『モード・ルイス展』を訪れたときに、実際に彼女が描いた絵が映画の中に何度も登場することが気になりました。


 モードの描く絵は動物だったり自然だったりの風景が多いのですが、その絵によって、モードにとっての外の世界が表現されている。実際に彼女が見ている目線で外の世界を映さなくても、彼女が描く絵が随所に画面に登場することで、モードのことをより知ることができる。


 展示で絵の細部を実際に見てみると、ポップなイラストではあるけど、植物や動物、雪や湖の存在でできる影を逃さず描いている部分が多かったり、動物たちの表情がやさしく光っていることが印象的でした。絵は映画において、描いた人の性格やものの見方、外側を見る気持ちの景色としての道具や手段として使われる場合もあるんだと。


 日本はカナダからすこし離れた国にいることも理由にあるかもしれませんが、私たちがこの映画で、物語や絵画を含めて初めてモード・ルイスに出会うことになる、ということが今回一つの表現の手段であるような気がします。有名な画家のドキュメンタリー映画で実際の絵画が出てくるのとは、また違った形で映画に引き込まれる感覚でした。


 そのことは、最初は色褪せた生活を送っていたエベレットの中に、モードが入ってきたことによって、次第に彼の生活に明るさや楽しさが芽生えてくる様子がより伝わってきました。モードが部屋の中に絵を描き始めるのが象徴的なのですが、彼女がエベレットの家の壁に絵を描き、殺風景だった家が次第に明るくなっていくのと同じように、エベレットの生活も明るくなっていくんです。モードが自分の生活を変えたいと思い、勇気を出したことによって、重なるはずのなかった2人の人生が出会い、それぞれ色づいていく。ありそうな話ではあるけれども、本当に奇跡のような話でもあるなと思いました。


 映画の中の2人の生活には、そこまで会話があるわけではありません。特にエベレットは言葉で表現することをほとんどしないので、なかなか性格が読めません。でも、2人が思い合い、支え合っている様子が言葉なしでもひしひしと伝わってきます。そういった2人の一筋縄ではいかないような関係性も、観ていて面白かったです。


 映画の中で使われた絵の中には、実際にサリー・ホーキンスが描いた絵も含まれていたそうです。しかも彼女の両親はともに絵本作家なんだそう。それも含めて、モード・ルイスをサリー・ホーキンスが演じるのは、運命だったのかもしれません。


 イーサン・ホークに関しては、わりと最近『ビフォア』シリーズを観たばかりだったので、とても親近感が湧きましたね。彼独特の空気感が好きな役者さんの一人です。


 カナダ映画はグザヴィエ・ドランの作品ぐらいしか観たことがなかったのですが、この作品を観て、改めてアメリカやイギリスとはまた違った独特の雰囲気があるなと感じました。大学ではカナダの歴史を調べていたこともあったのですが、映画の舞台となっている1930年代は弱者に対しての差別や偏見がまだ根深くあった時代。そういう時代に生きる差別の対象となっている人たちを取り上げつつも、その中での大切なもの、生きる希望みたいなことがきちんと描かれていました。ささやかな幸せは誰しもが持っているものだと思いますが、それを自分で実感することは意外と難しかったりもするんですよね。それを実感することができる、暖かい作品でした。


 1本の映画が作られるためには、時間やお金の他に様々な職種のスタッフや俳優さんの気持ちがあって成り立つものだと思ったときに、どんな映画にもその映画が進められていくひとつの大きな力のようなものがきっとあると思うんです。今回、この作品にとってのその部分が自分とどう重なるだろうと、自分から探しに行ったのは初めてでした。なぜこの映画が作られることになったか、近づいてみたいと思うきっかけの作品でした。(真舘晴子)