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池松壮亮が私たちの悩みをぶち破ってくれる 『宮本から君へ』が現在に蘇った意義

2018年04月20日 06:02  リアルサウンド

リアルサウンド

 面白いだろうこと、とにかく熱いドラマだろうことは、池松壮亮と監督・脚本の真利子哲也、そして新井英樹原作『宮本から君へ』から予想はしていた。でも、その予想を軽く上回ってしまった。


 駅のホームで「ちょっと待ってください! 僕の名前は、宮本浩です!」とちょっと裏返った声で叫ぶ池松壮亮演じる宮本に対して、戸惑い気味の華村あすか演じる甲田美沙子が「はい」と答えたとき、多くの視聴者の心の中に芽生えただろう宮本への喝采は、その次のシーンで大画面に映し出される池松宮本の泣き出さんばかりの悔しげな表情と主題歌、エレファントカシマシの「Easy Go」によって、思わず声に出してしまいそうなほどの、ドラマ自体の喝采へと変わったのではないだろうか。


 そして、第2話の三浦透子演じる茂垣裕奈とのなんとも優しく切ない、と言うときれいすぎる、なんともしょっぱいラブシーンで、私はもう完全にノックアウトされてしまった。


 番組公式サイトにおいて池松は「宮本浩という人は、僕にとってどの歴史上人物よりも星であり、ヒーローでした。人としての力、生き様を物凄く尊敬していました」と語っている。また他のインタビュー記事でも、池松は、宮本が「自分も本当はこうありたかったという象徴」であると語る(産経ニュース|「宮本から君へ」池松壮亮)。90年代の若者たちの心を熱く揺さぶったコミック『宮本から君へ』が「どこか冷めている」とも言われる現代の若者たちの心をどう動かすのかということはきっと多くの場所で語られることだろうが、いつの世の若者の心の中にも、宮本がいるのではないだろうか。


 冷めた言葉で世の中と自分の状況を俯瞰して語りながら、「だってなんか、なんか俺はでっかいことしたいんだよちくしょお!」と居酒屋で叫ぶ宮本のように心の奥で叫び、それを外側には出せないまま、いつのまにか昇進・出世し、誰かの夫や妻になり、誰かの父親や母親になって、やがて全てを忘れて昔を振り返り懐かしむようになる。だから、池松と同じく現代の若者たち、並びにかつての若者たちは、宮本が「自分も本当はこうありたかったという象徴」であるために、彼を見ていると自分の内側にある「宮本」がジタバタしてしょうがないのである。


 さて、第2話は雨の回だった。柄本時生演じる、宮本の同期・田島が「アンニュイやな」と言うように、冒頭からテレビの天気予報は雨と接近しつつある台風を示し、初回の終盤の大失態「フルーツポンチ事件」を引きずったままの宮本に、営業先での失敗というさらなる失態が降りかかる。そしてさらには、ダンボール2箱を落とさないようになんとか抱え、歩道橋の階段をあくせく登る宮本に音のない雨がまとわりつき、会社に戻ってタオルをかぶったまま古舘寛治演じる上司の説教を聞く羽目になる。


 だが、宮本以上にツイていないのは、いつも何かを落としたり溢したりするキャラクターである茂垣裕奈だ。駅のホームで案の定小銭をばら撒いてしまっている裕奈に遭遇した宮本は、小銭をかき集める裕奈を手伝い、彼女の淡い期待を汲んでか、「誰かに弱音を吐きかった」こともあり、彼女を夕ご飯に誘う。そのとき、裕奈が持っているのは、水色の傘である。彼女はいわば、宮本に降りかかる雨をしのぐ「傘」だったのだ。


 その後、とてつもなく不器用な2人の、恋愛にも至らない、それでもこの上なく美しい、ため息が出るような“恋愛模様”が繰り広げられる。店から出た裕奈は相変わらずのドンくささで勢いよく傘をさそうとして風に吹き飛ばされる。水色の傘に手をのばそうとしてよろめいた、これまた水色の服を着た裕奈の手を宮本が捕まえる。そのまま、飲めないお酒のせいでちょっとだけ大胆になった裕奈が、手を繋いだまま宮本を引っ張るように、人気のない道路を歩くのだ。「手を離す勇気も、握り直す勇気もない」宮本はされるがままで、水色の彼女は、信号が青から赤に変わるとき、髪をまとめていた若干赤みがかったリボンをほどき、宮本を誘うのである。そして、宮本はいったん彼女の手を離し、再び握り直すように強く抱きしめる。そのとき信号は再び点滅し、青から赤へと変わる。


 だからと言って彼らが実際にどうにかなるわけではない。「惚れた女以外は抱かない」という中学生の頃の誓いを破れない宮本は、裕奈とラブホテルで一夜をともにするにはするが、一線は越えず、次の朝に“鼻血”という「出すものを出」して、周囲から不思議がられるほどスッキリと、「優しい顔」をして上機嫌に仕事に励むのである。


 それは中学の頃からの誓いを貫いた達成感と、意地悪く言えば上から目線の優越感と自信もわずかにはあるだろう。だが、なによりそれは、1人の女性を変容させ、互いの秘密を共有し、1つの傘、1つの部屋で雨風をしのぎ、見つめ合って掴んだ手を握り直した上に、悲しい記憶を語りながらオズオズと切ない微笑みを浮かべる彼女を朝までただ抱きしめることで起こった、肉体関係よりも密接な交わり、優しさで繋がる擬似的な性行為だったのかもしれない。


「一番盛り上がるのって学校時代の思い出話」で、その話をする宮本は「すっごくイキイキした表情をする」とこのドラマのマドンナ・甲田美沙子は言う。それを聞いた同期の田島は宮本を冷やかし、宮本はちょっと困ったような表情を浮かべる。それもまた、学校時代の悲しい記憶を引きずり続ける裕奈とは逆の、学校時代の楽しい記憶を引きずり続けるしかない宮本の切なさとやりきれなさを感じる。


 宮本がどうあの型破りな暑苦しさで、自分の人生に対する葛藤を乗り越えるのか。宮本なら、テレビの向こうにいる私たちの悩みまで一緒にぶち破ってくれそうな気がする。(藤原奈緒)