木村武史がドライブするCARGUY ADA NSX GT3 4月7~8日に岡山国際サーキットで開催されたスーパーGT第1戦。このレースは今季からスーパーGTに参戦を開始したCARGUY Racingの“初陣”となったが、開幕戦にしてはやくも目標を達するレースとなった。チームオーナーにしてBドライバーを務める木村武史に、開幕戦を振り返ってもらった。
CARGUYは、会社経営者でもある木村が『自動車冒険隊隊長』として「クルマのもつ、まったく新しい世界観を創出」するべく立ち上げたプロジェクト。木村は2015年にランボルギーニ・スーパートロフェオに参戦を開始し、木村を中心にしたレーシングチームとして立ち上げられたCARGUY Racingは、なんと2年と10ヶ月ほどのレースキャリアでスーパーGTまで駆け上がってきた。
チームは1月には日本導入1号機であるホンダNSX GT3をシェイクダウンさせ、3月の公式テストでは、木村が初参戦のドライバーに課せられるルーキードライバーテストを一発でパス。慌ただしいオフを経て迎えた第1戦では、望外の結果を残すことになった。
■「緊張しなかった」デビューレース
木村はこれまで、クルマを使ってこれまでさまざまなエンターテイメントを追求してきたが、もちろん経営者だけに現実を見る目も持っている。「実際はレースにならないんじゃないかと思っていました。28位くらいをイメージしていた」と事前の予想を語ってくれた。
それが、予選ではコンディションに助けられた部分もあるとは言え、多くのトップチームがQ1を突破できずに苦しむなか、横溝直輝が見事Q1を突破し木村に繋ぐ。「じつは私がQ1にいきたかったんです。突破できると思っていたので。でもチームからはなかなか賛成の声が出なかった(笑)」と木村は笑う。
「横溝君も当然Q1を突破すると思っていたので、Q2では全然緊張しなかったです。もっと緊張するかと思っていたんですけどね。雨も降ってきて、NSXではウエットは初めてだったんですが、私はドリフトもやっていたので、最初からプッシュしていきました」
「6周目にベストを出すのが良かったんですが、私は欲張りすぎて5周目に出してしまった」という木村だったが、プロドライバーとそこまで遜色ない1分36秒623というタイムを記録し、11番手につけてみせた。
迎えた4月8日の決勝では、横溝が着実に走行を重ね木村にバトンを繋ぐ。本来は横溝のスティントが長いはずだったというが、「横溝君とほぼ一緒の37周くらい走った」と木村。「終盤は『まだ終わらないのかな!?』と思っていました(笑)。そこはタフでしたね」と言いながらも、無事に完走。15位で初陣を終えた。
「レースも全然緊張しなかった」という木村だが、唯一危ないシーンだったのは、マイクナイトコーナーコーナーで周回遅れをパスしようとした際に詰まってしまい、わずかにオーバーを出し姿勢を乱したというもの。このときに背後にいたのがGT500優勝のKEIHIN NSX-GTで、CARGUY ADA NSX GT3に接触した結果、ディフューザーのフィンがフロントに刺さってしまった。
「ドン! と来ましたけど、大丈夫でした。ホンダ同士でしたし完走できて良かったです」と木村。
「いろいろなレースに出た中で、スーパーGTがいちばん乗りやすかったんです。皆さん上手いので、逆に安心できる。私は今までもクラッシュがないドライバーで、リスクがあまりなく走れるんですね。GT500も見えていました。今までは怖いと思ったらいききれない部分はありましたが、お互いに意思疎通を持って戦えるんです」
「いい週末でしたね。それにつきます」
■まわりに迷惑をかけたくなかった
こうして15位フィニッシュを果たしたCARGUY Racing。木村は、今季スーパーGTに参戦するにあたってみっつの目標を掲げていたが、これがすべて達成されることになった。
「今年参戦するにあたって、大きな目標をみっつ掲げていました。ひとつはQ1突破。ふたつめはQ2で、私自身がプロを相手にポジションを上げること。みっつめは、15位以内というものだったんです。これは監督のケイ(コッツォリーノ)とも話していて、彼は『15位はいける』と言っていたんです」と木村。
「これを開幕戦で達成した。手ごたえをつかむことはできましたね」
ではなぜ2年10ヶ月ほどのレースキャリアで、スーパーGTを完走し、目標達成にこぎ着けることができたのか……。これには理由がある。じつは木村は今季開幕に向けて、ビジネスのスケジュールを調整し、8日間+3日間の日程を組み、岡山国際サーキットで“合宿”と称した走り込みを行っていたのだ。NSX GT3はもちろん、岡山国際サーキットでレンタルしているF3もドライブしたという。
常々木村は、「練習は大事」だと繰り返す。それはどんなスポーツでもそうだ。練習なくしていいプレイはできない。ただモータースポーツでは、どうしてもそこに資金という壁ができてしまう。ジェントルマンドライバーが速くなるための王道ではあるが、木村はその壁を自ら取り払いながら、ある思いで岡山をはじめさまざまな場所を走り込み、レースキャリアの少なさをカバーしようとしたのだ。
「練習の成果は、デカいなんてもんじゃないです(笑)。第1戦の決勝のときは合宿のときを思い出していました。ずっとその時もバトルをしていたんですが、『合宿でやったな~』と思っていたので、ほぼミスがなかった。それは合宿の成果ですね」と木村。
「合宿をしたのは、私のなかで『結果うんぬんより、とにかく迷惑をかけたくない』というのが大きかったんです。オーガナイザーにも他のチームにも。特に初めてスーパーGTに出てきて、どんなチームか分からない、ジェントルマンドライバーが乗るチームでしたから」
「スピンやコースアウト、オイルを撒き散らすとか……。もちろんレースなのでそれが起きるのは仕方ないですが、新参者がそれをやってしまってはいけない。そこはなかったので、良かったです」
■『スーパーGT養成ギプス』になれば
「金持ちの道楽」「プロ以外の走りは興味無い」……。こうしたジェントルマンドライバーたちの活動を記すと、こういったリアクションが多い。ただ筆者は、ジェントルマンドライバーなくしてモータースポーツ(特にスポーツカーレース)はなし得ないと考えている。海外ではジェントルマンを大切にする文化がしっかりと形成されている。日本では少々事情は異なるが、CARGUY Racingのようなチームもあれば、つちやエンジニアリングのように技術でトップを狙うチームが共存するのがGT300の面白さだと思っている。
そしてジェントルマンドライバーの取材をするといつも非常に興味深い話を聞くことができる。会社経営者はやはり確固たる考え方があり、その考え方もとてもユニークなものが多いからだ。木村はこんなことを教えてくれた。
「私はレーシングチーム『CARGUY Racing』のオーナーですが、私自身がひとりの“実験台”だと思っているんです。44歳からレースを始めて、まだ2年と10ヶ月くらい。でも、ここまでできたし、実際いまは横溝君と1秒変わらないくらいまで走れているし、ケイや横溝君とカートで競り合ったりしています。そして私が実験台になって、チームのレベルを上げようと思っているんです」と木村は言う。
「プロ同士で組んだら、当然私のケアは誰もしない。でも、いまは横溝君もはじめチーム全体が私をサポートせざるを得ないので、みんなで協力し合う空気ができているんです。イコール、私がもし乗らない時にプロ同士で組んだら、このチームはすごく強くなるはずなんです」
キャリアが浅い木村は、まだまだ周囲がしっかりとサポートしなければ力を発揮することはできない。しかし、その分チームは一致団結し、ともに組むプロは木村の分も奮闘しなければ、いい成績を残すことはできない。代表でもある木村は、チーム全体を強くすることを狙っているのだ。
「『大リーグ養成ギプス』じゃないですけど、私が『スーパーGT養成ギプス』みたいになれば(笑)。『あれ!? 木村さんがいないと楽だな~』って」
■カッコいいから、速くなりたい
木村のパートナーである横溝も、「木村さんはめちゃくちゃ練習するし、努力をする」と舌を巻く。また木村も、「プロも練習すれば、まだ速くなる」と横溝やコッツォリーノとともに走り込む。自らも、まわりも速くするための相乗効果を狙っている。
次戦富士では、横溝と木村のコンビに加え、コッツォリーノがステアリングを握る予定だという。横溝とコッツォリーノのコンビは、昨年のブランパンGTシリーズ・アジア富士戦で日本チームとして初優勝を成し遂げたコンビだ。プロ同士の組み合わせになる次戦を、木村は「アピールタイム」だとしている。
「でもこだわりとしては、予選は自分が乗ろうかなと。横溝とケイで乗れば上にはいけるけど、私のアピールタイムがないですから(笑)。こういうことを考えるのも楽しいですし、ホンダさんも僕が乗ることがプロモーションになって嬉しいと言ってくれています。ジェントルマンが乗って速いのは、いいクルマだと思いますから」
最後に、木村になぜこれほどまでに情熱をかたむけ、モータースポーツに取り組み速さを磨き続けるのかを聞くと、こんな返事が返ってきた。
「カッコいいからです。速いクルマを操る速いドライバーはカッコいいですよね」
カッコよさを追求する自動車冒険隊隊長の、スーパーGTへの挑戦はまだ始まったばかりだ。順風満帆のスタートではあったが、今後プロの壁に跳ね返されることもあるだろう。ただ、独特なスタイルをもつCARGUY Racingの冒険は今季のスーパーGTにおけるスパイスになるはずだ。