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岩里祐穂×坂本真綾が語り合う、それぞれの作詞の特徴と楽曲にこめた思い

2018年04月19日 13:51  リアルサウンド

リアルサウンド

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 作詞家・岩里祐穂によるトークライブ『Ms.リリシスト~トークセッション vol.5』が、2月3日に開催された。岩里の作家生活35周年記念アルバム『Ms.リリシスト』リリースを機に、あらゆる作詞家をゲストに招き、それぞれの手がけてきた作品にまつわるトークを展開してきた同イベント。第5回を迎えたこの日、ついに最終回を迎えた。


 イベントのラストを飾るゲストとして登場したのは、坂本真綾。アーティスト・声優として活動している坂本は、自身の楽曲の作詞にとどまらず、他アーティストへの楽曲提供も行う作詞家としての顔を持つ。8歳から子役として活躍し、1996年のシングル「約束はいらない」で歌手デビュー。その作詞を岩里が担当して以来、二人は20年以上の付き合いとなる。


 今回は特別編として坂本真綾の楽曲に限定したトークが展開された。リアルサウンドでは、そのトークライブの模様の一部を対談形式で掲載。岩里と坂本だからこそ言及できる赤裸々な思いや、反対に近しい仲だからこそ今まで語られることのなかった歌詞にこめられた本質の部分が明らかになるなど、貴重なトーク満載でお届けする。(編集部)


(関連:岩里祐穂 × ヒャダインが明かす、名曲の作詞術「重要なのは“いかに言わずして言うか”ということ」


<坂本真綾「パイロット」(作詞:坂本真綾)>


岩里:まずは初期の作品から見ていきましょう。今回改めて作品を見ていて思ったんだけど、真綾ちゃんってキャリアもうずいぶん長いのね。


坂本:そうですね。先生ほどではないですけど、20年くらい。


岩里:私が1曲目に選んだ「パイロット」はド初期の作品ですね。私、この曲が大好きだっていろんなところで言っているんですけど、1998年、真綾ちゃんが18歳のときに作った『DIVE』という2枚目のアルバムに入っていた曲ですね。最初のアルバム『グレープフルーツ』の頃は、まだかわいい詞を書いていたんですよ。普通目線で逆にまとまっていたというか。


坂本:だって16、7ですからね。狭い世界の中で詞を生み出していました。


岩里:『DIVE』のときは、菅野よう子さんが書いた曲を山分けするみたいに二人で振り分けて詞を書いていったの覚えてる?


坂本:覚えてます。私はその中でもこの曲が1番好きで、自分で詞を書きたいと思ったんです。


岩里:みんなは反応してたけど、私はこの曲、自分では難しそうだなと思って。でも詞がついて出来上がりを聴いてすごいって思ったの。


坂本:このアルバムの曲の中で1番最初に書いた詞でもありましたね。


岩里:私の坂本真綾体験の中で最初の衝撃の作品でした。


坂本:岩里さんがこの詞が好きっていうのは聞いたことはあったんですけど、こんなに具体的に何かおっしゃっていただくのは今回が初めて。


岩里:まず最初、この<パイロット>というタイトルに「はい?」って思ったわけ。


坂本:そうでしょうね。


岩里:一生懸命想像力を働かせながら、ようやく自分なりの把握ができたんだけど。あいまいな表現、そして何通りにも取れる描き方をしているんですね。私がこの詞から捉えたストーリーを今から言うけど、違ったら言ってね。


坂本:はい。どうぞ。


岩里:質問もあり?


坂本:どうぞ。


岩里:この<白い線で描いたマルの中で>ってヘリポートみたいなこと?


坂本:何とでも受け取っていただいていいんですよね。


岩里:やっぱりそうくるか。そうくるかなとは思ったけど(笑)。


坂本:その話も今し始めていいですか?


岩里:いや、聞く前にもうちょっと言わせてもらいますね。好きな女の子を救ってあげたい状況なのかそれとも友達同士なのか。今のこの世界からちょっとエスケープしたいな、逃げ出したいなって思っている高校生くらいの男の子と女の子が屋上で寝ころんでいる話?


坂本:屋上だってよく分かりましたね。書いてないのに。


岩里:屋上も書いていなければ空も書いていないんですよ。


坂本:本当だ。


岩里:<上を見て笑う>、空でもいいのに上って書くのかと。全然限定していなくて。


坂本:当時ってそんなに技術的なことは考えていないんです。ただ、感覚的なものでしかない。


岩里:そうなの? あと時間の設定も書いていない。放課後かもしれないし、昼休みに2人でちょっと屋上に上がってみて寝ころんだのかもしれないし、夏休みにちょっとこっそり学校に入って上った屋上かもしれないし。そのあたりはどう?


坂本:どっちかっていうと国も場所もあまり限定して書いてはいないんですけど、イメージは若い恋人同士で。……今言っていいですか? いろいろなことを。


岩里:いいですよ。


坂本:当時、曲を聴いて1行目から書いていったんですよ。<白い線で>から浮かんできて本当に作文を書くように1行目、2行目、3行目って書いていったんです。当時聞いた話で本当かどうか裏は取っていないんですが、白い線で地面にマルを書いてそこにニワトリを入れると、その白い線からニワトリが出られなくなるっていう話を聞いたんです。檻とかがなくても自分で出ないっていう習性があるみたいで。


岩里:えっ、ニワトリの歌だったの?


坂本:ちがいますよ!とにかく、自分はまだ当時18とかで、まじめに学校に行って学校以外には仕事もするけれど、例えばうちの家庭は普通の同級生の子よりも厳しくて、門限も「暗くなったら帰ってこい」とか。そんな高校生いないですよ、当時。髪の毛を茶色くしたアムラーばっかりの世の中で。みんな夜遊びもしてて。


岩里:うん、そういう時代でしたね。


坂本:ピアスを開けるのはダメだよって言われてもやるような人たちがいる中で、今でもそうだけどそういうことをしない人だったんです。門限を破って帰ってきたらものすごい怒られるとか怒鳴られるとか、そんなこともないんです。だけど、何となくルールを破れない性格の自分がいて、それがつまらないなって思っていました。自分には勇気もない。線で描かれてしまったマルから出られないタイプの人間でその一歩が出ない。例えば恋人と本当はもう少し一緒にいたいと思っていても帰るし、誰かが悲しむようなことはできないなって思って門限を守っていました。


岩里:なるほどね。


坂本:あと、詞を書くとき、何となく曲を聴いていたら色とか風景がパっと出て、それから書き始めることがあって。この曲では、ヘリみたいなものでバババババババって飛びながら空撮をしていて、その先に東京の街のビルがいっぱい立っている景色が広がっているみたいな映像が浮かんで。


岩里:上から見ているわけね。


坂本:でも新宿の高層ビルじゃなくて、中野とか練馬とかの街のビルの上を飛んでいる中に白い線のマルが見えたんです。よく学校のグランドに白い粉で書いていたような。


岩里:ああ、私も思い浮かべたとき、グランドかもしれないなとも思った。


坂本:そういう大きいヘリポートぐらいの大きさの線で書いたマルの中に男の子と女の子が寝っ転がっている抽象的な絵が見えたんです。それで書き始めたのがこの曲。


岩里:エスケープしたいけどできない、ルールを破りたいけどできない自分がいるというのは、普通の子の普通の感情ですよね。大半の人がそうだと思う。だけど、だからこそ、そういう当たり前の心の機微を描こうとするほど、詞は逆に難しいんだよね。例えば振り切って大人に対する反抗を書く方が書きやすいかもしれない。でもそうではなくて、そこに憧れている気持ちもあるけど、決して自分にはできないっていうこと。それをこの曲がどう書いているかというと、<別に高い壁なんかなくても僕らは決まりを破ることなんてしないね>と、Bメロの部分なんですね。<僕たちは悲しいことにあんまり慣れていないから本物は遠いところにあるんだろう>こういう分かったような分からないような感じ、1番も2番も、このBが素晴らしいんですよ。


坂本:ありがとうございます。


岩里:彼女か友達でもいいと思うけど、<君を守っていこう>という意思が伝わってきますよね。でも、シチュエーションは簡単には分からない。マルは何だろう? 上っていうのは空? 空に飛行機が飛んでいるのかな? って。そうすると飛行機があって、だけどあの飛行機にも触れないというか、今2人が触れない飛行機は空想上のお昼寝の間に見えているものかもしれないと思ってみたり。<眠る間少しだけ飛ぼうか ふたりだけのちからで飛ばそうか>とあるしね。


坂本:何となく寝ころんでいる2人がまどろんでいて。夢の中でなら自由にエスケープができるんだけど、現実にはしない自分たちというか。


岩里:それを<今はふたり触れないヒコーキ>と表現した。この表現も難解だと思いません?


坂本:どうなんでしょうね。そうなんですね。


岩里:とりあえず難解なのよ。


坂本:そうなんですね。


岩里:これは分からないよ。分からないけど、こういう風に想像を膨らませることができる空間を持った詞っていうのかな。


坂本:当時、自分の中では物凄く整然としていて。自分には屋上や空の映像が見えているから、書かなくても自分には見えているから、人に分かってほしいっていう目線がないんですよね。今は「これは空って1回言わないと分からないな」って冷静に考えますけど。


岩里:分かりやすく伝える意味っていうこともありますからね。


坂本:でもそこがないから不親切な詞でもあり。この抽象的な表現には恐れがないですよね。


岩里:そうだよね。そこがいいし羨ましい。やっぱり18歳って空想する年頃じゃない。自分がまだ何者でもない頃って想像を膨らます毎日だったりする。だから2人がただ昼寝をして空を見ているっていう話で、それがこんなに胸がキュンとする詞になったことが私には感動でした。あと、<甘すぎるドーナツはだんだん食べれなくなって彼らに近づいたけど>っていう2番があるんですけど、この彼らっていうのはみなさん誰だか分かりますか? そう、「大人」ですね。


坂本:何で私が書いた詞なのに岩里さんが正解を言うの(笑)?


岩里:(笑)。「大人に近づいたけど」とは書かないわけ。<彼らに近づいたけど>、ここはすごいなと思った。最初、私分からなくて。


坂本:ひねくれていたというか、普通のことが恥ずかしかった時期なんです。


岩里:大体ひねくれてるけどね(笑)。


坂本:当時は若さでもあるんですけど、シンプルであること、直球が怖かったんですよ。だから愛とか好きとかそういうこともなかなか出てこないんですよね。遠回しに遠回しに。


岩里:でも遠回しに言うことで日々が描けているなと思って。


坂本:とてもうれしいです。


岩里:あともう1個聞いていい? ドーナツとマルは丸つながりなの?


坂本:つながっていないです。


岩里:本当に?


坂本:今言われるまで全然気がつかなかった。


岩里:そうなんだ。でもずっと聞きたかったの。丸つながりかなって。


坂本:プロの方の視点って面白いですよね。岩里さんって大体常にそういうことを考えて聴いているんですよ。すごいと思う。それにしても、こういった詞は今はもう書けないものだと思いますね。


<坂本真綾「風が吹く日」(作詞:岩里祐穂)>


岩里:次は真綾ちゃんが私に選んでくれた曲ですね。


坂本:はい。岩里さんは素敵なアーティストさんにたくさん詞を書かれているのでその中から選んでもいいんですけど、今回はさっきもおっしゃったように私に書いていただいた曲の中から選ばせていただいています。1曲目はまず初期の頃の「風が吹く日」(1997年)です。


岩里:『天空のエスカフローネ』というアニメの挿入歌でしたね。


坂本:イメージソングとして作られたオリジナル曲で、私のための曲というよりはアニメありきでできた曲でした。


岩里:これはアルバムの曲だし、渋いところに手を伸ばしていただいて感動です。


坂本:「風が吹く日」はファンの方の中でも人気が高い曲なんですよ。


岩里:そういえば、前に取材を受けたときに「『風が吹く日』は初期の坂本真綾を象徴していた」と言ってくれた方がいました。


坂本:評論家って大体くだらないことしか言わないんですけど(笑)、でもその人は割とちゃんとした人かもしれないですね。私は『天空のエスカフローネ』というアニメの主人公の声優を担当して、主題歌の「約束はいらない」で歌手デビューしたんです。最初は本格的な歌手活動が前提ではなくて、「ちょっと歌えるみたいだから歌おうよ」くらいな感じで始めたんですよね。それで挿入歌も担当することになって。


岩里:この「風が吹く日」はすごくよく覚えてる。


坂本:本当ですか。


岩里:まず曲が長いなって思って(笑)。いっぱい言葉を書かなきゃいけないなと。


坂本:(笑)。これは当然なことなんですけど、私がそれまで歌ってきた歌って、主人公のお話の目線であり物語に合わせた内容のもので。その中で初めて本当に“自分の歌”だと思えたのが「風が吹く日」なんです。


岩里:嬉しい。


坂本:『エスカフローネ』のオーディションに受かって15歳のうちに「約束はいらない」をレコーディングしていたと思いますけど、<君を君を愛している>っていっても「愛とは何ぞや?」くらいの年齢で、歌詞の意味を理解していたとは到底言えないんですよね。「ともだち」というカップリング曲の方は当時高校生の私にとって共感できるものでしたけど。あ、ずっと言いたかったこと言っていいですか?


岩里:「ともだち」の話?


坂本:はい。最初の<枝にもたれて>って、枝にもたれたら折れるなって思ってたんです(笑)。何でもっと太いものにしてくれなかったんだろうって気になっていて。私の想像している枝はちょっと細かったんだと思うんですけど(笑)。


岩里:きっと、太い枝だったんじゃない(笑)?


坂本:太めの枝って思えればよかったんですけど。枝が気になって歌うときにいつも情景が浮かびにくいというか(笑)。


岩里:(笑)やっぱりこういう機会っていいね。今まで思ってたことを初めて知ることができた。


坂本:話を戻すと「風が吹く日」を本当に初めて読んだとき涙が出たんです。「何でこの人、私の気持ちが分かるんだろう」って思いながら読んだんですよ。


岩里:本当のこと言ってもいい?


坂本:もちろんです。


岩里:『エスカフローネ』もさることながら、菅野さんとの仕事では作品のシナリオが送られてくるわけでもなく、菅野さんの長いメールが一通、曲とともに送られてくるだけなんですよ。「これはこういうアニメで、こういうテーマで、こういう女の子がいる」というような情報が菅野よう子通訳の中で私の中に入ってくるの。だから正直なところアニメの内容はそれほど細かく知っているわけじゃなくて、この曲を書いたとき、私の中には坂本真綾しかいなかったわけ。歌ってくれる15、6の坂本真綾さんとイコールの女の子、という感じで詞を書いていきました。


坂本:そうだったんですね。


岩里:あと、このときはちょうど私が作詞家として変わりたかった頃でもあって。80年代から作詞家をやってきて、真綾ちゃんと出会って、真綾ちゃんの「Feel Myself」の詞のつけ方で「若い子はこんな風にするんだ」と気づかせてもらって。「風が吹く日」の時代は、Mr.Childrenとかスピッツとか、言葉が詰めこまれている歌が主流で、彼らの歌を聴きながら「どうしたらこういう乗せ方ができるんだろう」と思ってた。当時、作曲家の曲に多めに詰め込んで言葉をつけたら作曲家やディレクターからNGが出たりして。作詞家はそういうところでストレスが溜まるわけですよ。でも、“菅野よう子・坂本真綾プロジェクト”は何をやってもよかった。だから好きなように書いてしまえっていう感じで、「風が吹く日」はすごく字数が多いんですよね。<世界中に見守られている そんなふうに思った ひとり>のあたりは多分デモよりもぐいぐいに詰めていると思うし、書きたいことを書けるだけ書いてしまえ! と思って書けた曲だと思うの。それを受け止めてくれて歌ってくれた。めでたいプロジェクトで私はありがたかった。あと<ぬるい風>って言葉も初めて使って、自分の中ではトライしたところがいくつもあったんだよね。


坂本:当時岩里さんに歌詞を送っていただくのはFAXでしたけど、FAXがダーッと送られて来てそれを見ながら「これをどうやってメロディに入れるか」っていう悩みがありました(笑)。


岩里:最近は自分で仮歌を歌ってみなさんにお渡しするんだけど、この頃は逆に詞だけ渡して好きなように入れてもらってたんですよね。


坂本:だから、菅野さんと一緒に少しずつメロディを動かしたりしながら進めてましたね。「詞がいいから変えないでこのまま生かそう」みたいなこともよく話してました。


岩里:この曲がやりたいことをやってしまえと書いた最初の詞だったと思う。そのあとだんだん図に乗っちゃって。「ユッカ」とかは酷いよ、譜割りが。


坂本:「ユッカ」も大好きだけど今回は省いた曲だったので、ついでに「ユッカ」の話していいですか?


岩里:いいですよ。


坂本:<そりかえるシンバル>ってどこから出てきたんですか? ドラムセットに置いてあるシンバルのことなのか、それとも手で叩くタイプのシンバルなのか……。


岩里:シンバルを手で叩くとき、そりかえるよね。


坂本:自分が?


岩里:シンバルが。そりかえらない?


坂本:そりかえるかなぁ。


岩里:そりかえらないかなぁ。


坂本:<そりかえるシンバルのように>、それがすごい表現だなと思って。


岩里:気が付かなかった。あれは別にすぐ出てきたから。


坂本:「ユッカ」もファンの人たちの中で大人気の曲なんです。やっぱり岩里さんも私も、他のアーティストさんに書いているものではなくて私に対して書いてくださるものの軸にあるのが「風が吹く日」とか「ユッカ」みたいに自問自答する葛藤の自分のイメージ。岩里さんといえばラブソングのイメージもあるんですけど、もうちょっと普遍的なものというか。自分が発信したいことを歌で表現することができるんだって思った原点みたいなものなんですよね。「こういう歌詞があります。この曲があります。はいどうぞ」って歌うのがそれまでで、そこに自分が共感できようが理解できなかろうが関係ないわけです。とりあえず上手く歌いたいというだけ。でも「風が吹く日」は歌っているときに本当に言葉を聞いてほしい、伝えたい、歌を歌うことで自分の気持ちが満たされていく原体験だった。だから、今でも時々ライブで歌ったりするんだけど、いつ歌っても古くない。最新なんです。


岩里:古くないって言われるの、最近すごく嬉しい(笑)。


坂本:岩里さんは常に新しいですけど、これはそういう意味で原点になる方向に導いてもらったような歌詞でしたね。


<坂本真綾「ヘミソフィア」(作詞:岩里祐穂) >


坂本:私が次に選んだ「ヘミソフィア」は2002年にリリースされたシングルの曲で『ラーゼフォン』というアニメの主題歌でした。これはあらかじめ菅野さんから内容のオーダーがあったと思うんですけど。


岩里:菅野さんから「ヘミソフィア」というタイトルで書いてっていうオーダーがあって。「ヘミソフィアって何?」って聞いたら「半球」、それしか言わなかったの。半球? 半分? よくわからないままで。このときは『ラーゼフォン』の話もあまり詳しくしなかったかな。たしか青春、成長物語じゃない?


坂本:大体そうですね。アニメって主人公が成長する話ばっかりですから。


岩里:戦いながら成長する、そういうことなのよ。でも、半分、半球……うーん書けないなって思って。まずは半分をどう捉えるかっていうことと、少年が大きくなっていく成長していくっていうことから膨らませていきましたね。


坂本:よくそれだけでこんなに書けましたね。


岩里:<人生の半分も僕はまだ生きてない>。


坂本:<半分>出てきた。


岩里:これはすぐ浮かんだの。<逆らって 抱き合って>の部分の3行もすぐできた。


坂本:<タトゥー>もまた珍しい単語が出てきましたよね。


岩里:変わりたかったの。真綾ちゃんは変革したいときの私の詞を選んでる。


坂本:でもこの曲、さっきの「風の吹く日」なんか比じゃなくらい音符に対して言葉を詰め込みまくってますよね。


岩里:この頃はもう慣れっこだったから(笑)。


坂本:すごいですよ、早口言葉みたいなところありますもん。<気づく前に>のあたりとか。でも私、この曲をなんで選んだかというと、タイアップの曲ってどうしても派手なものを求められるんですよね。このアニメはロボットものだったし。勇ましい曲で作品に合っているなとは思ったんだけど、実は全然私の好みじゃなかったんですよ。


岩里:嫌いだった?


坂本:嫌いというか、ピンとこなかった。個人的には地味で暗いものが好きだから、派手で攻撃的で私には似合わない気がして。歌うときも、似合っていない服を着るようなかっこつけなきゃいけない感じがあった。


岩里:でもね、私はこの曲のときも坂本真綾のことしか考えてなくて、真綾ちゃんを壊したいって思っていたわけ。だからとにかく変化球を投げたかった。<崖っぷちに立たされたとき 苦難が僕の腕を掴み>は最初どうしようかなと思いながらも、けっこう攻めて攻めて攻めた詞です。


坂本:そうですね。1番びっくりしたのが<風ん中 あいつらは 死ぬまで立ち続けなければいけないのさ>のところで。「風ん中!?」って。「風の中」じゃダメなのかなと思いました。


岩里:そうなの。


坂本:もちろん音で言ったら<風ん中>なんですけど、見たことない詞だなと思ったんですよ。今までの自分の歌の中でも見たことないし、こういう言葉が並んでるポップスって見たことないなって。<ガゼル>って何? みたいな。初めて知りましたけどこの歳で。


岩里:一生懸命調べてね。


坂本:最初はそんな感じでぼんやり「すごいな」とか「この曲歌うとどうなるんだろうな」「似合うのかな」から始まって。


岩里:私がこの曲で一番好きなところ知ってる?


坂本:私はここが好き。<教えて“強さ”の定義/自分 貫く事かな/それとも自分さえ捨ててまで守るべきもの守る事ですか>。


岩里:一緒! よかった。そこはすごく好きなの。


坂本:ここはもう最初からもちろん好きで。


岩里:そこはまさに坂本真綾だったかもしれない。他の部分が攻めに攻めた攻撃的なものだとしたら、そこだけ真綾ちゃんっぽくない?


坂本:1番しっくりくるから最初から好きだったのかも。


岩里:私も好きだったから、すごく嬉しいですね。


坂本:いろいろ言ったけど、何でこの曲を選んだかっていうとやっぱり結局好きだからなんですよ。当時はこの曲のことがよく分からなかっただけなんです。崖っぷちに立たされたことが本当の意味でまだなかったから。だから、<苦難が僕の腕を掴み>って、言っていることは分かっても実感ではなかった。でも、人生の崖っぷちを経験した後でこれを聞くと涙が出るんです。本当にちょっと動いたら落ちるような崖っぷちにいるとき、もっと他の安心できるものに腕を掴んでほしいのに、苦難が僕の腕を掴んでる状況、ちょっと間違えたら奈落の底に落ちるっていう時を経てこの詞を見たら、こういう歌だったんだって分かって歌えるようになりました。だから、だいぶこの曲は歌ってなかったですね。ライブで歌うようになったのは歌えるようになってからで。


岩里:本当に?


坂本:そして、もう一つ好きなところは、<もう歩き出しているらしい>の部分。


岩里:自分のことをちょっと客観的に突き放して見ている自問自答系。


坂本:歩き出すって決めたわけではないけども、歩き出している。


岩里:なるほど。<らしい>がいいのね。


坂本:その語尾にグッときます。


岩里:嬉しい。この詞は、書けた! と思った。


坂本:最初はあんなに自分と距離がある歌だと思っていたのに、坂本真綾らしい世界観を書いてくださっていたんだなって後になって分かることもありますね。


岩里:ありがとうございます。


坂本:すみません、偉そうなことを。


岩里:それにしても「ヘミソフィア」みたいな言葉、どこから探してくるんだろうね、菅野さんは。


坂本:本当はスフィアだし、造語っていうか感覚で決めてらっしゃるみたいですね。


<坂本真綾「色彩」(作詞:坂本真綾) >


岩里:私の選んだ最後の曲は「色彩」です。最近の作品で1曲選ぼうと思って、「Be mine!」「レプリカ」と悩んで結局これにしました。初期の詞があって、中期では分かりやすいサビを書くことに抵抗していたときもあった気がするんだけど。今やもう、ド直球、豪速球、ドストライクを投げる強さを手に入れたんだなと、この曲を聞いて思いました。タイアップソングを作るときって、それぞれのテーマや要望などいろいろなことを求められるじゃないですか。その中で何を選び、何を核にして書いていこうかを決めるんだけど。この曲はタイアップなのに、サビでネガティブにネガティブを重ねてるんだよね。<すべての命に終わりがあるのに どうして人は怯え 嘆くのだろう><私が視てる未来はひとつだけ 永遠など少しも欲しくはない>。だいたい、AやBでネガティブなことを書いて、サビでポジティブに転換するっていうのが普通。そっちの方が分かりやすいし安心できるんだけど、この詞のネガティブのパーセンテージの多さに驚いた。否定的な言葉はこんなにインパクトと強さを持つんだと思いました。それから、<はじめて寂しさをくれた人 ただの孤独に価値を与えてくれたの>というフレーズがあるんですけど、ここは「はじめて優しさをくれた人 私の孤独はそれで消えた」とか「あなたは私の寂しさを取り去ってくれた」とか書くのが普通なのに、そうじゃなくて「寂しさに価値を与えてくれた」と書くんですよ。ここすごく好きなんだけど。


坂本:私も好き。


岩里:先に言っちゃった。


坂本:嬉しいです。


岩里:あと、そこはかとなく坂本真綾という人のツンデレ感(笑)、高飛車で高圧的な物言いが「Be mine!」「レプリカ」にも通奏低音として流れている。それって自分で感じない?


坂本:タイアップによるのかもしれないですけど、「レプリカ」も「Be mine!」も激しくて速い曲が続いていた時期で、その曲の性格に引っ張られたというのはあるかもしれません。


岩里:<私は女神になれない/誰かに祈りも捧げない/他人に何言われてもいい/大切なものが何かはわかってる>だって。絶対私には書けないですね、この迷いのなさ。


坂本:当然、自分自身にはもちろん、何かに祈りたくなるときや何が大事なのか分からなくなるときもありますよ。この曲は『Fate/Grand Order』というゲームの主題歌だったので、原作の先生にストーリや主人公のキャラクターについて話を聞いていたら、主人公の武器が盾だということを知って。


岩里:守っているだけ。


坂本:そう、武器が盾って面白いなって。守るために使うものが盾なのに、それしか持っていなくて戦う女の子。そういうことも加味して詞を考えていきました。もちろんそのゲームのために書かれている箇所はいっぱいありますけど、最初の<ひとりになると聞こえるの 苦しいならやめていいと/ブラックホールみたいに深く/怖くて魅力的な甘い声が>の部分とか、先ほどあげてくださった4行は私の気持ちです。やらなきゃいけないことがたくさんあって、進むという選択肢しかないけど、何だか得体のしれない恐怖感に襲われるときってあるじゃないですか。「こんなことして何の意味があるんだろう」とか「私は本当にこれでいいのか」とか、立ち止まりそうになる。でもそんな暇はないっていうときの動機はなんでもよくて。「大丈夫?」と言われても「何でもない」と答えてしまえば終わることだから。


岩里:そうだね。


坂本:立ち続けるためには理由がいりますよね。でも自分の仕事を全うするその動機が分からなくなるときってたまにあって。そういうときに「何がしたいんだっけ?」「私これでいいんだっけ?」とか言っていないで、自分を鼓舞する気持ちで「動機はてめぇで作る!」みたいな。バイオリズムみたいなものかもしれないけど、本当にしんどくなったときに「もうやめちゃえば? やめればいいよ」って声が聞こえるんですよ。それがまるでブラックホールのように常に近くにあるけど、見えないふりをしたり聞こえないふりをしてやるみたいなね。


岩里:「色彩」というタイトルはどこから出てきたの?


坂本:そこはけっこういい加減で、<赤 青 藍 水 虹 空 色>っていうフレーズがまず何の意味もないんですよ。


岩里:色を付けなくても固有名詞として成り立つものに色を並べているのがオシャレだよね。


坂本:あなたという人がいなければ世界にそんなに興味はなかったけれど、あなたの隣で見る世界は空は青色、とかこれは景色を目に焼き付けているイメージなんですけど、それよりも先に音符にあった言葉を当てはめなければいけなくて。


岩里:2文字ずついきたかった。


坂本:そう、だからこの音符にはまる言葉だと体言止めの連続しかなかったからこの言葉になったんですけど。あと、タイトルを考えるのも苦手で。


岩里:私も。


坂本:本当に最後に何でもいいよって。色がいっぱい出てくるから「色彩」でよくない? くらいの感じで決まったんですよね。でも、これを選んでいただいたのはすごい嬉しかったです。「Be mine!」「レプリカ」も好きですけど。


岩里:「レプリカ」の<人類の欠点は>もなかなか言えないですよ。<人類の失敗は>と<人類の欠点は>から始まるんだよ。どうかしてるなって(笑)。


坂本:私も書いたときにどうかしてると(笑)。


岩里:人類は書ける。でも<人類の欠点は>とは書けない。


坂本:それも音符との兼ね合いですけどね。書いてみたけど実際に仮歌で歌ってみてちょっと笑いましたもん。すごいなこの歌、大丈夫かなって(笑)。


岩里:そういう“否定からの肯定”で坂本真綾の世界はけっこう作られているなと。


坂本:岩里さんに一つ聞きたいんですけど、アニメのタイアップ曲で求められるのは「成長」や「青春」じゃないですか。それでなければ戦わなければいけない相手がいて、とにかくどんな作品でもテーマが似てるんですよ。いつも同じようなことを求められる中で変化をつけていくのってどうしてるんですか?


岩里:よく分かんない(笑)。そのときによってかな。とにかく最近はシナリオも読ませてもらって、送られてきたコミックも読むようにしてる。すごく読むのが遅いからヘロヘロになりながら読むんだけど、その中で1番核となるのは何だろうってところから始まるでしょ。言いたいこと言うべきことは何だろうって突き詰めていくと、毎回少しずつ違う何かが見つかる。そこが分かったら、あとはそれでいいかなと思って。


坂本:いつか自分でもこの曲とこの曲の違いが分からないってなる日が来るんじゃないかって怖いんです。


岩里:そういう話だったら、私が真綾ちゃんに聞きたいのは、アニメをはじめいろいろなタイアップにはストーリーがそこにあるわけじゃない? もともとのストーリーがあるのに、けっこう具体的な小物をたくさん歌詞の中で描写するなと思っていて。「おかえりなさい」でもそうだったんだけど、<駅>とか<半袖>とか<制服>とか、それは全てアニメの中にあるものじゃないでしょ?


坂本:もちろんそのアニメにあまりにそぐわなかったらダメってなると思うんですけど、出てきてもおかしくないものにはします。


岩里:私はそのアニメーションやドラマ、その世界にない具体的な小物はあまり使わないんだけど、真綾さんの詞を見ると小物だらけ、縦横無尽に書いていて。シナリオにないものをぶつけても大丈夫なの?


坂本:そうですね。自分で物語を読んでダメだと思ったら下げますけど、大体私の場合は映像が先に見えることが多いので。


岩里:全然違う映像をぶつけても成り立つんだ。


坂本:そうですね、一応。


岩里:なるほど、今度やってみる。成功したかどうかは報告します。