2018年、ホンダ・チーム・アジアの監督に就任した青山博一が、HRCテストライダーとしての任務を継続しつつ、新しいチャレンジを行っている。“監督”として若いライダーたちを成長させ、結果を残すというタスクに、どのようなビジョンを持っているのだろうか。
ロードレース世界選手権250ccクラス最後のチャンピオンであり、2010年から2014年までMotoGPクラス、そしてスーパーバイク世界選手権(SBK)フル参戦の日本人ライダーとして活躍を続けてきた青山。2015年からはMotoGPに代役参戦などする一方、HRCテストライダーを務めつつ後進の指導にも携わっている。
「まず何より、選手たちが本来持っているパフォーマンスを100%発揮できる状態にし、そのうえでグランプリのトップライダーとして活躍するレベルに成長してもらうのが僕の仕事だと思っています」
青山は今シーズンに就任したホンダ・チーム・アジアの監督としての自身の役割をそう説明する。
「ホンダは2014年から始まったイデミツ・アジア・タレント・カップ(ATC)にマシンを供給し、さらにATCとグランプリの間にあるFIM CEVレプソルインターナショナル選手権(CEV)にも参戦するなど、アジアの若手ライダーたちが世界の頂点にチャレンジするための道筋をつくってきました」
「僕はHRCのテストライダーである一方、2015年からATC、CEVにおけるアドバイザーを務めました。そこで感じていたのが、アジアのライダーたちはグランプリでも、もっと高いパフォーマンスを発揮できるのではないか、ということなのです」
具体的にはどういうことなのだろうか。グランプリでは世界中から集まったライダーたちが、しのぎを削っている。長く世界選手権で戦ってきた青山は、チャンピオンを獲得するために必要なものは、ライディングスキルだけではないと感じているという。
「ATCからCEV、さらにグランプリへとステップアップしていく選手たちは、当然ながら優れたライダーたちです。バイクを操る技術は正直、僕の若いころより上手だと思います。でも、世界の頂点に立つには、それ以外のさまざまな要素が必要です」
「そこで僕が経験してきたことを、活かせるのではないかと思うのです。少し形は違いますが、僕もホンダ・チーム・アジアに所属した選手たちと同じように、ホンダのスカラシップでグランプリに挑戦できるようになった一方、さまざまなチームで、いろんな経験をしました」
青山は『Honda Racingスカラシップ』という、ホンダが世界チャンピオンを獲得できる日本人ライダーの育成を目的とした制度の第一期生として世界に羽ばたいた。
スカラシップ生として2年間ホンダ系のチームで世界選手権250ccクラスを戦い、その後はKTMに移籍。MotoGPクラスに昇格したあともいくつかのチームを経験している。ライダーとしての経験値もさることながら、勝つために必要な要素を熟知しているだろうことは想像に難くない。
「どうすればライダーが持っている能力をフルに発揮できるのか、どのような環境が必要なのかなど、学んできたつもりです。その経験を、少しでも役立てたいと思うのです」
■自分は「メカニックとライダーの間をとりもつ“調整役”」
ホンダ・チーム・アジアの監督に就任した青山は、まず現状を見極めることから始めた。2018年シーズンのライダーラインアップは、Moto2クラスに参戦する長島哲太、カイルール・イダム・パウィ。Moto3クラスに参戦する鳥羽海渡とナカリン・アティラプワパだ。
「速い、という意味ではみんな同じですが、ライダーには個性があります。乗り方も違うし、考え方も違います。それぞれが生まれ育ってきた文化を含めたバックグラウンドも異なりますから、当然ですよね」
「なので、まず4名のライダーをよく見ることから始めました。それぞれ、何ができていて、何ができていないのか。何が必要なのか。この3つを見極めることが、大切だと思ったからです」
開幕前のウインターテストにおいて、青山はコースサイドで彼らの走りを詳細に観察しながら、ピットでは彼らのコメントにも耳を傾けた。
「もちろんライダーは一生懸命走っていますが、メカニックも一生懸命にマシンを仕上げようと考えます。そこに摩擦や衝突が生まれることが多いのです」
「メカニックはデータを見て、例えば『進入で突っ込みすぎているから、走り方を変えたほうがいい』と言う。でもライダーは『いやいや、走っているのは自分で、あなたはピットでデータを見ているだけじゃないですか』と思う。その間に入ってあげるわけです」
「確かに、メカニックはコースサイドで走りを観察することができません。ライダーは『自分はこんなに頑張っているのに』と思います。そこで生まれる摩擦や衝突を、僕が取り除いてあげる。実際にコースサイドで走りを見て、『メカニックが言っていることは僕も正しいと思うよ。こういう走りをしたほうがいいんじゃない?』とライダーに伝える」
「一方、メカニックが『こういうセッティングにしたい』という気持ちも理解しつつ、『でもライダーがよくしたいと思っているのはこういう点なんだよ』とメカニックに伝える。簡単に言ってしまえば、調整役です」
そこで青山自身が考えているとおり、彼の強みが活きてくるのが青山の経験だ。ホンダ・チーム・アジアのライダーとスタッフはグランプリを戦っている時点で、“世界GPチャンピオン”という実績を残すことが、極めて難しいことをよく理解している。
だから全員が青山をリスペクトし、彼のアドバイスに耳を傾ける。世界選手権250ccクラスのチャンピオンという最高の結果だけでなく、さまざまなチームを渡り歩いた彼の経歴も、充分に承知している。
「ライダー側の立場で言えば、彼らが走って感じたことを、メカニックたちにどのようにフィードバックするかにも注意しています。チームスタッフは多国籍なので、英語を使うのが前提になりますが、ライダーがコメントするとき、自分が本当に感じていることを、うまく伝えられないという状況が生まれますよね。そこでも、僕の経験が少しでも活かせるのではないのかな、と思っています」
■MotoGPライダーたちは強烈なプレッシャーのなかで戦っている
ライダーたちが100%のパフォーマンスを発揮し、さらに成長するため、青山はレースウイーク以外の環境づくりも進めている。
「何ができていて、何ができていないのか。何が必要なのか。というのを見極めるためにまず思ったのが、選手たちのフィジカルコンディションを把握することでした。体重や体脂肪率、筋力、持久力などなど。今年からチームにトレーナーとドクターをつけていただき、各選手に合ったトレーニングプログラムを組んでもらうようにしました」
ホンダのMotoGPマシン、RC213Vのテストを行う青山のフィジカルは今も現役だ。いつでも実戦に参加できる状態にある。その青山がチームのトレーニングにも参加する。ホンダ・チーム・アジアのライダーたちは当然、『監督に負けるわけにはいかない』というプレッシャーを感じる。
「プレッシャーを感じるのは、プロライダーですから当たり前です。普段のトレーニングだけでなく、レースウイークではもっと強烈なプレッシャーがかかります。でも、そのプレッシャーを楽しみ、結果を残すのがレーシングライダー。ホンダ・チーム・アジアの選手たちが目指す頂点、レプソル・ホンダ・チームのライダーたちにかかっているプレッシャーは、本当に強烈ですよ」
厳しい一面を見せながらも、青山は若いライダーたちにかける期待をのぞかせる。
「でもマルク・マルケスもダニ・ペドロサも、そのプレッシャーを楽しみながら結果を残しています。そんなライダーになってほしいと思うのです」
「世界の頂点に立つには、さまざまな要素が必要であり、極めて微妙な差が勝敗を分けてしまうこともありますが、何よりも大事なのは、ライダーの気持ち。マシンのセッティングやタイヤ選びも重要で、それを精密に合わせ込んでいくのがグランプリの戦いですが、たとえそれがズレてしまっても、何とかしなければいけないのがライダーです」
「自分を速く走らせるために、たくさんの人が支援してくれていることを理解したうえで、自分が持っているポテンシャルを最大限に発揮して期待に応える。ホンダ・チーム・アジアのライダーたちには、その能力があると思っています」
「それを発揮できるようにしてあげるのが僕の役目であり、今発揮できる100%を超え、さらなる成長を遂げてもらえるようなチームにしたいな、と思っています」
今年、37歳。現役HRCテストライダーであり、つい数年前までMotoGPにフル参戦していた青山が監督として身近にいるというのは、ライダーにとって心強いに違いない。監督・青山博一が率いる新生ホンダ・チーム・アジア、2018年は1戦ごとに着実にその歩を進めるだろう。