トップへ

マルケスとロッシの接触をレーシングライダー視点で解説/ノブ青木の知って得するMotoGP

2018年04月16日 18:11  AUTOSPORT web

AUTOSPORT web

アルゼンチンGPでのマルケスとロッシの接触をレーシングライダーの視点で分析する
スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第9回は、第2戦アルゼンチンGPで大きな話題となったバレンティーノ・ロッシとマルク・マルケスの接触。この出来事を青木宣篤がレーシングライダー目線で解説する。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 MotoGP第2戦アルゼンチンGPで最大の話題になったのは、表彰台の3人には非常に申し訳ないが、やはりマルク・マルケス vs バレンティーノ・ロッシの一件だろう。

 詳しい状況説明はすでにたくさん報じられているから避けるが、決勝レースで後方から迫ったマルケスが、ロッシに突っ込む形で転ばせてしまったあの出来事を、ここではレーシングライダーの立場から解説してみたい。

 マルケスとロッシのクラッシュ、あれはもう、仕方ないです……。確かに相手を転ばせるなんてあってはならないことだし、今回のアルゼンチンGPではマルケスがやらかしすぎたのも事実。レースウイーク中に何度もヒヤリとする場面があり、決勝ではついにロッシを転ばせてしまったのだから、責められるのも分かる。

 でも、バイクでレースをしている限り、どうしても起こり得ることでもあるんですよね……。

 最大の問題点を挙げるとすれば、ハーフウエットという難しいコンディションで、マルケスが他のライダーに比べて速すぎたこと、だ。

 通常のドライコンディションならあり得ないほどの速度差だった。普通なら各ライダーのブレーキングのタイミングはだいたい揃っていて、抜かれる側は「ここで頭を出されたら引かなくちゃ」とココロの準備もできる。

 だが、今回のマルケスはあまりに速かった。他のライダーよりずっと高いスピードでコーナーを曲がれてしまっていたのだ。

 コーナリングスピードは10km/h以上の差があったはずだ(通常なら、速度差があったとしても3~4km/h)。他のライダーからすると、すでにマシンの倒し込みが始まっているタイミングで猛然とマルケスが突っ込んでくることになる。「えっ、ココで!?」とビックリするし、ハーフウエットにより走行ラインが狭いがゆえにクリアランスも少なく、ギリギリで抜かれるから非常に怖い。

 そしてついにロッシと接触し、転ばせてしまった、というワケだ。

 マルケスの立場からすると「予想以上にまわりが遅かった」ということだろう。これはそのまま腕の差であり、マルケスならではの身体能力の高さの成せるワザだ。そして重要なのは、接触は決して故意じゃないということだ。

 バイクレースの場合、他とぶつかることは自分へのリスクも非常に大きい。誰もわざとぶつけてやろうとは思っていない。……いや、過去にはそういった事例もありますが、少なくとも今回のマルケスはわざとじゃない。ただあまりにもまわりが遅くて、自分との速度差をうまくコントロールできなかったのだ。

「そこを何とかするのがトップライダーってものじゃないのか!?」というご意見もおありでしょう。でも、レーシングライダーってのは、「イケる!」と思ったらとりあえず突っ込んでいく生き物なんですよ……。

 そしてバイクって乗り物は、「あーっ、しまった!!」と計算違いに気付いた時には、自分でもどうすることもできない乗り物なんですよ……(ですから公道ライダーの皆さんは、決して計算違いをなさらぬよう)。

 速く走ること、前に出ようとすることを咎めていたら、レースは成り立たない。結果的に他車にぶつかり、転倒させてしまったことは「悪いこと」ではあるから、マルケスが責められるのも分かる。

 でも、必要以上の追及はちょっと違う。他車とのクラッシュにおいては、そこに故意があったかどうかを冷静に見極める必要はあるが、今回のマルケスを見ている限りでは、故意ではなかったとワタシは思う。

 接触直後、振り返って「ごめん!」というジェスチャーをしたことや、レース後すぐにロッシのピットに謝りに行ったことは、素直に受け取るべきだろう。

「カメラを引き連れて来るなんて、しょせんパフォーマンスだ」なんてうがった受け止め方もあるようだが、そりゃあマルケスとロッシのクラッシュなんてことになれば、メディアが放っておくはずはありませんよ……。大勢でぞろぞろ行くかたちになったのはマルケスが望んだことではなく、それだけ大きな関心事だったから、ということにすぎない。

 もちろん、マルケスの側にも問題はあった。スタートでのルール違反によるライドスルーペナルティ、アレイシ・エスパルガロを押し出したことによる1ポジションダウンペナルティも致し方ない。

 そして何よりも、それらのドタバタによってマルケスは焦りすぎていた。逃げて行くトップに追いすがりたい気持ち、少しでもポジションを上げたい気持ちは分かるが、他と比べてあれだけ速かったのだから、コーナーのひとつぐらい待ってもよかっただろう。焦っていいことなどひとつもないのだ(ええ、ワタシも経験者です……)。

 だが、マルケスの身体能力の高さは本当にハンパないのだ。彼ひとりだけが、現在のMotoGPマシンの性能を超えた次元にいる。だからこそ2013年のMotoGPデビュー以降マルケスの走りはたびたび問題視された。2015年マレーシアGPではロッシとやり合ったが、ここ1、2年は割とおとなしくしていたと思う。

 まわりに合わせるために彼本来の力を出さず、思いっ切り走らないようにしていた。言ってみれば、鋭すぎるツメを隠していたのだ。でも今回は焦りによって余裕を失い、ツメを隠していられなくなった。その剥き出しの走りの結果が、ロッシとのクラッシュ……。天才すぎるがゆえの災難と言えるだろう。

 ワタシの見立てでは、今回のマルケス vs ロッシはレーシングアクシデントのひとつにすぎない。だから仕方ない……けど、さすがに1レースで3度のペナルティを食らうとは、マルケスを巡ってのトラブルが多すぎた。

 世界的にファンが多いヒーロー・ロッシに対して、マルケスはどうしてもヒール役。アルゼンチンGPではまた多くの人たちを敵に回してしまったのだから、今度何かあれば取り返しのつかない「大炎上」を招きかねない。またしばらくの間、マルケスは鋭すぎるツメを隠して過ごすしかなさそうだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

■青木宣篤

1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。