2018年04月15日 10:22 弁護士ドットコム
その日は1日中、Twitterで騒ぎが収まらなかった。人気ゲーム「艦隊これくしょん-艦これ-」(艦これ)の公式アカウント( @KanColle_STAFF)が2月22日午前、Twitter社によって突然、凍結されたのだ。同日中には凍結が解除されたが、「艦これ」公式コミュニティでの発表によると、アイコン画像を描いたという第三者から著作権侵害の虚偽通告があったため、運用できなくなっていたという。
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この時、悪用されたのが、DMCAの仕組みだ。DMCAとは、アメリカの「デジタルミレニアム著作権法」のことで、自らの著作物が著作権侵害に遭った場合、GoogleやTwitterなどに通告することにより、著作物を削除できる仕組み。 「艦これ」の場合、DMCAの通告がアーカイブされているサイトLumenで調べたところ、実在する複数の法律事務所の名前を騙って通告されていた。
「艦これ」以前にも、DMCAを有名にした騒動がある。昨年8 月、IT企業「ウォンテッドリー」(代表取締役社長・仲暁子氏)について批判的だったブログ記事が、Googleの検索結果やTwitterの投稿から消された。ウォンテッドリーが「弊社に関する画像を無断で引用されているとの判断」により、GoogleやTwitterに削除申請を行ったためだ。専門家やネットユーザーの中には、このDMCAの使用につきモラル的な問題を指摘する声もあった。
一方、「漫画村」などの海賊版サイト対策として、専門家からはDMCAの有用性が指摘されている。DMCAとは本来、どのような法制度であり、なぜ悪用されてしまうのか。デジタルコンテンツと著作権法に詳しい数藤雅彦弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
——近年、日本ではDMCAの悪用が話題に上がることが多いのですが、そもそもどのような目的の制度なのでしょうか?
「DMCAは、『Digital Millennium Copyright Act(デジタルミレニアム著作権法)』の略語です。今から20年前の1998年に成立した、アメリカ著作権法の一部を改正するための法律です。アメリカの法律ですので、一般的にはあまり知られていませんが、本来はインターネット上で著作権侵害があった場合に、一定の条件を満たせば、サービス・プロバイダ(以下、プロバイダ)の責任を免除することなどが定められています。
当時、インターネットが普及し、プロバイダに著作物が数多くアップロードされるようになっていました。プロバイダとしては、その一つ一つにつき適法か違法かを判断するのは困難ですが、かといってそのまま放置すると、アメリカの判例法理によって、プロバイダも著作権侵害の責任を問われかねない状況でした。
それではプロバイダの事業に支障が生じるため、一定の条件を満たせば、プロバイダを法的に免責するルールを定めたのがDMCAです」
——つまり、本来は著作権侵害を積極的に摘発していくためのものというより、プロバイダを保護し、その事業を円滑に進めるためのものなのですか?
「そうですね。プロバイダにとっては、DMCAの手続を守っていれば法的に免責される、という意味で便利な仕組みです」
——想定されているプロバイダはどのようなものですか?
「プロバイダというと、インターネット接続事業者を連想する方もいるかもしれませんが、DMCAの免責に関しては、GoogleやYouTube、Twitterなどのコンテンツ事業者も含むものと考えられています」
——では、具体的には、著作権侵害があった場合、権利者がプロバイダに削除申請すれば、すぐに削除もしくは凍結してくれるもの、という理解でよろしいでしょうか?
「そうですね。『何時間以内に削除』といった具体的な時間制限はありませんが、速やかな削除が求められています。DMCAによって改正されたアメリカ著作権法の第512条を見ますと、『ノーティス・アンド・テイクダウン』と呼ばれる手続が定められており、その中でプロバイダがどのように対応すればよいかが書かれています」
——これが「艦これ」の公式アカウントに対して行われた手続ですね。
「そうですね。プロバイダの免責のためには様々な条件をクリアする必要がありますが、DMCAにおけるノーティス・アンド・テイクダウンの手続に絞って確認すると、プロバイダがとるべき手順は次の通りです。
(1) まず、著作権侵害を主張する者(Aさんと呼びます)から、プロバイダに対して、著作権侵害があったことを通知(ノーティス)します
(2) するとプロバイダは、そのコンテンツについて著作権侵害があったか否かについて判断をすることなく、速やかにその情報を削除(テイクダウン)します
(3) そのうえでプロバイダは、コンテンツの投稿者(Bさんと呼びます)に対して、削除したことを通知します
ここでBさんが通知を受けて反論をしなければ、コンテンツは削除されたまま終わります。これが最もシンプルなフローです」
——では、「艦これ」の場合のように、反論したら手続はどうなるのでしょうか?
「その場合には、次のようなフローになります。
(4) まず、Bさんからプロバイダに対して、『これは自分の著作物です』、『適法な利用です』などといって削除に反対する通知を送ります
(5) プロバイダは、Bさんから届いた反対通知のコピーをAさんに提供し、10営業日後にコンテンツを復活させることを通知します
(6) ここでもしAさんからプロバイダに対して、『Bさんに差止めの訴訟提起をしました』という通知がなされれば、情報は削除されたままにしますが、そのような通知がなければ、Bさんの反対通知を受けてから10~14営業日でコンテンツを復活させることになっています。
このフローでもやはり、プロバイダは、そのコンテンツに著作権侵害があったか否かについて判断しません。このように、DMCAのノーティス・アンド・テイクダウンの仕組みによれば、プロバイダはAさんとBさんからどのような手続がなされたかに着目して、淡々と機械的に対応すれば済むようになっています」
——「艦これ」の場合は、Twitterに著作権侵害の通知があったわけですが、実在の法律事務所の名前を騙った虚偽でした。プロバイダ側は、通知を受けたら必ずコンテンツを削除しなければならないということでしょうか?
「今回の『艦これ』アカウントについては、フォロワー数が130万人もいる公式アカウントですので、いきなり凍結してしまったことには疑問もあります。
たしかに、Twitter社がとりあえず削除(凍結)した上で反論を待つこと自体は、DMCAに沿った対応ではあります。ただし、不適切な通知も一定数はなされている中で、十分なチェック体制が敷かれていたかがポイントになります。
Twitter社が公表している『著作権に関するポリシー』を見ますと、DMCAに基づく申し立てが来た時には、『正確性、有効性、完全性をチェックし、要件が満たされていれば』対応すると書かれています。
そのため、Twitter社の内部でも何らかのチェックは行われていると思いますが、『艦これ』のような一見明らかな公式アカウントまで凍結するのは、そのチェックシステムに疑問が生じるところです。現状のチェックシステムは、改善する余地があるように思います」
——日本の企業だったら、DMCAに従わなくても良いのではないでしょうか。 「艦これ」は日本企業のコンテンツですが…。
「たしかに、『艦これ』は日本の企業のコンテンツですし、日本人のユーザーも多いですが、今回はアメリカの企業が運営するTwitterのプラットフォームを利用していたために、DMCAを悪用されてしまったということですね」
——「艦これ」のアカウントはフォロワー数130万人と多く、社会的な影響も大きかったです。今後、DMCAの悪用を防ぐためにはどうしたらいいのでしょうか?
「まずはプラットフォームであるTwitter社の側で、チェックシステムの改善が望まれます。大手プラットフォーム側では、改善に向けてDMCA関連のノウハウを蓄積しているものと思われますが、実際には『艦これ』のような明らかな公式アカウントまで凍結してしまいました。これはプラットフォームの信頼に関わる問題ですので、Twitter社側で速やかに対策がなされるべきだと思います。
その一方で、プラットフォーム側の対策だけでは限界があるのも事実です。そこで、制度が悪用された場合には、コンテンツの権利者の側でもTwitterなどのプラットフォーム事業者に対して適宜働きかけを行い、正しい権利情報を提供することが重要です。実際、『艦これ』の公式アカウントも、虚偽の通告に対しては異議を発信することが大切とツイートしていました。そのような反論がなされることで、プラットフォーム側のチェックシステムにも改善がみられるかもしれません。権利者側でも積極的に反論していくことが大事だと思います」
——DMCAは本来、プロバイダに配慮した仕組みだとわかりましたが、制定されてから20年が経ち、その制度設計に問題はないのでしょうか?
「DMCAを見直すべきという批判は、まったく別の文脈からも起きています。少し前の話ですが、2016年にはテイラー・スウィフトさんやポール・マッカートニーさんら著名ミュージシャンが連名で、『DMCAは破綻しており、もはやクリエイターのために機能していない』と題した書簡を連邦議会に提出しました。
この書簡では具体的なプラットフォームの名指しこそありませんが、実質的にはYouTubeがDMCAによって守られていることや、YouTubeからクリエイターに還元される対価が低いことなどを批判したものと見られています。このように、DMCAに関しては、他の方向からも改善提案がなされている状況です」
——ネットでコンテンツを適正、適法に扱うことはとても難しいですね。
「これだけやっておけば万全、という法制度はなかなかありません。DMCA自体は、一つのモデルでありつつ、なおも制度が本来予定していなかったようなケースが出てきた場合には、当事者である権利者や利用者が必要な声を上げて、法改正などの然るべきプロセスを経て、より適した形に法制度を直していくのが望ましいと思います」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
数藤 雅彦(すどう・まさひこ)弁護士
デジタルコンテンツの配信に関する相談や、プラットフォームビジネスの相談、インターネット上の記事の削除請求、インターネット広告の相談などを広く取り扱う。著作権法学会会員。デジタルアーカイブ学会会員。
事務所名:五常法律会計事務所
事務所URL:http://www.gojo-partners.com/