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ほろ苦いホームドラマの幕開け! 他人の家を覗き見する『あなたには帰る家がある』のスリル

2018年04月14日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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「帰りたくないんですよ、あの家には!」


 帰る“家”とは、ハウスか、ホームか。金曜ドラマ『あなたには帰る家がある』(TBS系)が始まった。中谷美紀、玉木宏、ユースケ・サンタマリア、木村多江が2組の夫婦を演じる大人の群像劇。原作は1994年に刊行された、直木賞作家・山本文緒の同名小説だ。


 本作では2018年を生きる夫婦のリアルを描くために、100名以上の既婚女性を取材。そこから見えてきた“夫婦あるある”が脚本に取り入れられているという。番組公式サイトにも視聴者が書き込めるコーナーも。読み進めると、なんだか他人の家を覗き見しているような気分になる。知ってはいけないものを見てしまったような、開けてはいけないドアに手をかけてしまったような……。


 居を構えるというのは、どう暮らしていくかを考えることでもある。2組の夫婦が暮らす家は、そのまま関係性が見て取れる。特に、キッチンは大きな違いを感じる。真弓(中谷)と秀明(玉木)の佐藤家では現代の夫婦らしい対面キッチン。ダイニングテーブルにはウェットティッシュ。シンプルに家事をこなしたい真弓らしいアイテムだ。一方、綾子(木村)と太郎(ユースケ)の茄子田家は、居間との間にガラスの引き戸がある昔ながらの台所だ。座卓には昔ながらの茶菓子入れ、そして太郎の父親の座椅子とその他の家族用の座布団。家長を中心とした前世代の日本家庭を彷彿とさせる。炊事をしながら「ねえ、聞いてる?」と秀明に話しかける真弓と、「はい、ただいま」と自分の食事を後回しに家族に尽くす綾子。ふたりの姿を見ていると、家の動線がそのまま妻のあり方の変化を示しているように思えた。


 夫と妻が対等に言葉を交わすのも、妻が夫を立てるように振る舞うのも、いずれも否定するつもりはない。それはダイニングテーブルで食べるか、座卓で食べるかの違い。どちらがいいか悪いかではなく、どのスタイルが合っているのか、だ。多くの結婚式で耳にする、“笑顔の絶えない明るい家庭”という言葉も、どんな家で、どんな暮らしをしたいのかを話し合えたら、幸せな夫婦生活を実現するヒントになるかもしれない。真弓と秀明が恋人時代、映画の趣味が違うことを楽しめたように。かつてのふたりを思い出のカフェの窓から覗く真弓は、きっと何が変わってしまったのかわからないのだろう。自分では精一杯やっているのに、という余裕のなさこそパートナーへの最大のマウンティングになっている。また秀明は、真弓が何を言っても目を合わせない。不満を言ってもさらに文句が返ってくると予測して反論しない。だが、真弓にとってはその姿が家庭に無関心であるように見えて、より一層「私ばっかり」と余裕をなくしていく。


 成長していく子供の夢を応援する日々は刺激的だ。一方で長年連れ添うほど、夫婦は新鮮味をなくしていく。きっとこうだろう、こう言うはずだ、やっぱり……その繰り返しが、相手への期待を薄れさせていく。そんなとき、住宅展示場にやって来た綾子が、秀明と繰り広げた夫婦ごっこ。その会話は、まさにおままごとで、お互いの理想を語り合うもの。対面キッチンをうらやましいとうっとりする綾子。揚げたてのメンチカツを食べたいという秀明。結婚をしたから……もう親だから……そんなふうに閉じ込めていた自分のささやかなホンネを言い合えたとき、うっかりと恋に堕ちてしまうのだ。色あせていた生活に、彩りがもどったような。自分の中にもまだ夢を見る力があったという発見が高揚させる。それは、きっと現実からちょっと離れるための逃げ場。漫画喫茶で観る映画のように。家とは違うどこかへ、そんな弱音がふたり同時にこぼれたときに芽生える恋。


 誰かの夫・妻、誰かの父親・母親である前に自分という個人を見つけてもらえた喜びが、この恋を燃え上がらせているように見える。「こんなやりたくもない仕事」とぼやいた秀明が結婚で諦めたモノとは何か。なぜ、綾子はモラハラ夫とも取れる太郎の従順な妻となったのか。そして真弓や太郎は、どう巻き込まれていくのか。本作は不倫が描かれるが、メロドラマではなさそうだ。他人の家を覗き、自分の暮らしを見直す、ほろ苦いホームドラマである。(佐藤結衣)