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『ワンダーストラック』トッド・ヘインズが語る、リスク覚悟で聴覚障害の子役を起用した思い

2018年04月08日 18:31  リアルサウンド

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 『エデンより彼方に』『キャロル』のトッド・ヘインズ監督が手掛けた映画『ワンダーストラック』が4月6日に公開された。『ヒューゴの不思議な発明』の作家ブライアン・セルズニックによる同名小説を映画化した本作は、1977年に突如耳の聞こえなくなった少年ベン(オークス・フェグリー)と、1927年に生きる聾の少女ローズ(ミリセント・シモンズ)が、それぞれの時代で大切な人を探すためにニューヨークへ向かう物語。50年の時を超えて、2人が織りなす奇跡のストーリーが展開される。


 今回リアルサウンド映画部では、本作で初めて子供に焦点を当てたトッド・ヘインズ監督にインタビュー。本作を通して感じた新たな発見や、実際に聴覚障害のあるミリセント・シモンズを起用した理由などを聞いてきた。(取材・文・写真=阿部桜子)


ーー本作で初めて子供を描くことになりましたが、新たな発見はありましたか?


トッド・ヘインズ(以下、ヘインズ):すごくあったよ! 2人の子供たちがニューヨークの街にやってきて、いろんなことを見て経験する。それは僕たちの発見の道のりにも重なるんだ。ローズのストーリーは叙情的な表現が加わっていて客観的だけれど、ベンの物語は主観的に描かれている。ベンは耳が聞こえなくなったばかりだから、今まで気付かなかったものが、より鮮明に見えるようになっているよね。そこに僕の主観性が入っているのではないかなと思っている。それに加えて、耳が聞こえないという感覚的な制限がある中で、効果音や音楽をどう映画的に使うかにいろんな可能性を感じた。


ーー『キャロル』でもおもちゃ屋のシーンが印象的でしたが、本作でのミニチュアを使ったパノラマも圧巻でした。


ヘインズ:僕が監督としてのキャリアを初めて築いた、カーペンターズのカレン・カーペンターを描いた映画『Superstar: The Karen Carpenter Story(原題)』は、バービー人形を使って彼女の人生を綴った。だから映画全体がミニチュアなんだ。でも決してジョークな雰囲気にはしたくなくて、愛情を込めて作りたかった。観客もバービー人形だと忘れてしまうほど、カレンの葛藤に寄り添いたかったんだよね。結果的に人の心に響く作品になって、特に若くしてスポットライトに立たされてしまった女性はみんな感情移入して観てくれたよ。だから、その頃からミニチュアには愛があるんだ。


ーー別の時代に生きる2人をモノクロとカラーで描くというブライアン・セルズニックのアイディアも斬新でしたね。


ヘインズ:脚本を読んでいて、『ヒューゴの不思議な発明』や『ワンダーストラック』が彼から生まれたんだということをひしひしと感じたよ。それにブライアンはサイレント映画が大好きだから、サイレント映画とその歴史にインスピレーションを受けているのもわかったね。サイレント映画好きのローズと彼には接点がある。この作品の中で特に面白いなと思ったのは、サイレント映画に“音”という要素が加わり、トーキー映画に変わる時期そのものが舞台になっているところ。ローズはトーキー映画が生まれたことによって、今まで健常者と一緒に映画を楽しんでいたけれど、突然そこから排除されてしまうんだ。時代の変化が、聴覚障害者にとってどのような意味をもたらしたのかを、沈黙(silence)とサイレント映画(silent movie)の2つを通して描いていくことは意義深いと思ったよ。


ーーあなたにもローズのような、映画に夢中だった思い出がありましたか?


ヘインズ:子供の頃? いっぱいあるよ!! だって、映画は僕のことを変えてしまうほど影響力の強いものだった。君もそうだろう? 観ていたらわかるよ。映画というのは経験を与えてくれるもので、僕にとってはインスピレーションの源だった。自分の中にあるクリエイティブなモンスターを解き放ってくれたよ。観た映画に対しての反応を創造性のある形で表現せずにはいられなかったから、絵もたくさん書いたし、シーンを自分なりに再現もした。結果的にはスーパー8のカメラを使って、家のリビングで父親に手伝ってもらいながら映画を撮り始めたくらいだ。最初に衝撃を受けたのは『メリー・ポピンズ』。もう夢中だよ。7歳の時にフランコ・ゼフィレッリ監督の『ロミオとジュリエット』もクレイジーなくらい大ハマリした。だから9歳の時に初めて手掛けた作品も『ロミオとジュリエット』だったんだよ、僕のバージョンだけどね。他にもたくさんあるけれども、観た映画とのやり取りに執着した時期があったね。


ーーもちろんわたしも映画に人生を変えられた1人です(笑)。でも、トーキー映画の誕生は喜ばしいことだと思っていたので、ローズの絶望にはハッとさせられました。


ヘインズ:現代に生きる聴覚障害者たちも気付かなかったことだと思う。もちろんサイレント映画が観られない時代だということもあるけどね。僕自身も、原作でモノクロのイラストのみで展開していくローズの物語が、サイレント映画と同じく音楽によって描かれていくのは想像できていたのだけれど、カラーで描かれるベンの物語にもサイレント映画の機能がこんなに詰まっていることには気付かなかったんだ。ベンの物語にはせりふのないシーンがたくさんあるからね。ベンは聴覚を失ったことにより、人と会話ができない状態が続いて、その後にジェイミー(ジェイデン・マイケル)と出会うけれども、2人のコミュニケーションはちぐはぐだったよね。文字を書いてみたり、ジェイミーは手話ができるのにベンはできなかったり……。だから、耳が聞こえるの人々もベンとローズのフィルターを通して、聴覚障害というものはどんなものかを、そのものは経験できないけれども、感じられるような作りになっていると思う。


ーーローズ役のミリセント・シモンズは実際に聴覚障害者ですよね。障害者の役を実際に同じ障害のある役者が演じることにも意義があったと思います。


ヘインズ:ミリーは人として素晴らしくて、自分の感受性と熱意をこの役にもたらしてくれた。ローズの役を聴覚障害のある子供に務めてほしいというのは僕の最初の望みだった。ただ、そうすると映画の演技経験がない人になってしまうというリスクはあったよ。それでも僕はあえてそのリスクを選んだ。そして出会ったミリーは、カメラの前で、キャラクターのニュアンスとかちょっとした仕草を自然にできる子だった。これは人から教えられるものでは全くなくて、彼女がもともと持っていた素質だったんだ。素晴らしい体験だったね。


ーーアメリカでは、障害のある俳優の起用率の低さが問題視されているそうですね。


ヘインズ:今回で言えば、ジュリアン・ムーアが演じたリリアン・メイヒューの役も聴覚障害者に演じてほしいと言う声も少しあったんだ。でもジュリアンは、この役のために聴覚障害のコミュニティーやカルチャーと真摯に向き合ってくれて、彼女の演技指導をしたトレーナーは一切言葉が話せないのだけれど、ジュリアンはすべて手話でやり取りするほど真剣だった。映画の場合、製作費を集めるために有名な役者を配役しなければならない点もあるのだけれど、今生きている中で最も素晴らしい役者の1人であるジュリアンを起用することに迷いはなかった。作り手としては、すべてのジェンダーやマイノリティー、アイデンティティーをしっかり考慮した上で表現しなければいけないと意識しているよ。