トップへ

「たった一人でも、多数決に勝てる。それが裁判」 夫婦別姓訴訟の作花知志弁護士が憲法に問い続ける理由

2018年04月08日 09:12  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

戦後10例目という歴史的な「違憲判決」。女性だけが離婚から半年間、再婚できないのは「法の下の平等」を定めた憲法14条に違反すると訴えた訴訟で、最高裁は2015年12月、100日を超える部分については違憲と認めた。


【関連記事:戦後10例目の違憲判決をたった一人で勝ち取った異才、作花知志弁護士の「思考法」】


この訴訟の弁護人をたった一人で務めたのが、岡山県を拠点に活動する作花知志弁護士だった。他にも、作花弁護士は大阪高裁で夫の暴力が原因で生じる無戸籍児問題を解決するための違憲訴訟に取り組んでいる。


法律の壁に阻まれ困っている人たちの問題を、憲法に照らし合わせる訴訟を手がける作花弁護士。今年1月に、夫婦別姓を求める裁判を新たに起こした。4月16日には東京地裁で第1回口頭弁論が開かれる。一体、なぜ憲法に問い続けるのか。前編(https://www.bengo4.com/internet/n_7681/)に引き続き、作花弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)


●「国の多数意見の代理人である外交官より、少数派側の弁護をする弁護士」に


作花弁護士はもともと、大学院で国際法を学んでいた。国際法を活かせる仕事であれば、外交官の道もあったが、あえて弁護士を選んだ。「国の多数意見の代理人である外交官より、少数派側の弁護をする弁護士の方が、振り返ってみればいい人生だったと思えるのではないか」と思い、司法試験を受けたという。


10年近くこつこつと勉強して司法試験に合格し、2004年に弁護士となった。奇しくもその翌年、アメリカの連邦最高裁の長官にジョン・ロバーツ氏が就任。その就任スピーチがテレビで流れた。


「ロバーツ氏は、『今まで弁護士としての人生で、一番印象に残っているのは、アメリカを被告にした裁判です。アメリカは持っている武力からすれば世界のいかなる国を滅ぼすことができるはずの国です。


でも、そのような力を持つアメリカという国を被告にして裁判所に裁判を起こし、法律上の根拠に基づき、論理と証拠を積み重ねていけば、世界中のいかなる国をも滅ぼすことができる国であるアメリカが、たった一人の市民に負けるのです。私は、それが法の支配だと思います』と話していました。


とても印象的な言葉で、私が弁護士としての活動を行うに際して、常に心の奥底にある言葉なのです」


●リンカーンの映画にあった言葉「心の中の羅針盤を信じて進む」

また、スティーヴン・スピルバーグ監督の「リンカーン」という映画も印象に残っているという。


「リンカーンが奴隷解放宣言に向かって進む途中で、『私たちの心の中には羅針盤がある』と言いました。目の前に林や川があっても、羅針盤が示す方向に進まなくてはならない。それが正義なんだと。とても大きなインパクトがありました。


学者はこう言っているとか、学校の講義でこう言われたとか、最高裁の判例がこう言ってるとか、先輩弁護士がこう言ってるとか、色々あるけれども、存在するのは、紙に活字で書かれた憲法と法律です。


これに、どういう正義と公平にかなった意味を与えるかは、誰にも遠慮せず、自分の心の中にある、正義の方向を指し示す羅針盤を信じればいい。


それで、再婚禁止期間訴訟の時は、岡山の20代の女性が『これはおかしいと思う。変えるような裁判ができませんか』と言って、一緒に裁判をすることにしました。他の人たちからは、一度は最高裁判決が出ていますから、違憲判決は難しいのではないか、とも言われました。


でも、私の心の中の羅針盤は『変えられるのではないか』、そのような方向を向いていたのです。それを信じて最高裁まで訴訟活動を行ったのです」


●不思議な縁に導かれた夫婦別姓訴訟の提訴

その訴訟は2015年12月、戦後10例目となる「違憲判決」を勝ち取った。この判決の日、作花弁護士は勝利に喜びながらも、同じ会場で記者会見して涙していた人たちの姿が忘れられなかったという。同時に夫婦別姓を求める訴訟の判決も下され、「同姓は合憲」とされていた。


あれから2年、作花弁護士は新たに夫婦別姓訴訟を起こした。ソフトウェア企業「サイボウズ」の社長、青野慶久氏ら4人の原告が今年1月、日本人同士の結婚で、夫婦別姓を選択できないことは憲法違反だとして、国を相手取って東京地裁に提訴した。


今回の夫婦別姓訴訟も、不思議な縁に導かれた、と作花弁護士は語る。最初に依頼の相談に来た岡山の事実婚夫婦のために訴訟の準備をしていたところ、取材を受けてネットに記事が流れた。すると、記事を見た前回の夫婦別姓訴訟の原告の一人であった女性が連絡をくれた。


その女性が紹介してくれたのが、今回の原告の一人となった青野さんだった。青野さんに初めて面会し、自らのアイデアを話したところ、『やりましょう』と即答だったという。作花弁護士は振り返る。


「きっと、信じていただけないことだと思いますが、私はこの新しい夫婦別姓訴訟について、何かに導かれているような気がしているのです。


再婚禁止期間訴訟がなければ、岡山の事実婚のご夫婦が私のところに夫婦別姓訴訟の相談に来ることはなかったでしょう。そのご夫婦のご依頼で、私は夫婦別姓訴訟の調査を行い、『戸籍法上の氏』という概念を用いれば、新しい憲法裁判ができる、ということに気づきました。


でも、私がそのアイデアに気づいた後に、そのご夫婦は、『自分たちは応援に回る』と言われ、訴訟から離れていかれたのです。私は今でも、あのご夫婦はまるで私に『戸籍法上の氏』という概念に気づかせるために現れたようなものだ、と思っています。


さらにその翌日に、お会いしたこともない、別の事実婚のご夫婦が、私の事務所に連絡をしてくださったのです。しかも、東京に住まれているお二人で、東京地裁における新しい夫婦別姓訴訟の原告4人がそろった瞬間でした」


そうして訴訟の準備が完成した頃、最高裁で初めて旧姓を通称使用する宮崎裕子氏が最高裁判事に就任するというニュースが流れた。作花弁護士らが東京地裁で夫婦別姓訴訟を提訴した1月9日、偶然にも宮崎最高裁判事が着任した日だった。


「もし、法律の神様がいるならば、まるであの2015年12月の再婚禁止期間訴訟と夫婦別姓訴訟の最高裁判所大法廷での裁判を空の上からご覧になった後、私に対して『まだあなたには、やり残したことがある。もう一度、最高裁判所に来て、やり残した仕事をやりなさい。』と言ってくれているような気がするのです」と作花弁護士。「この2年間、まるで映画のような話でしょう?」と笑う。


●国の裁量権は認められるか?

しかし、作花弁護士が見据えるのは現実だ。


「なぜ、映画のように人々の思いがつながるかと言いますと、氏というのが、全ての人に関わる問題だからだと思います。


さらに、法律家の間でも、前回の夫婦別姓訴訟で女性裁判官3人全員が『違憲』としたことに、大きなインパクトがありました。まだ男性が多い法律家の世界で、女性の最高裁判事もやはり変えるべきと思っているのだと、改めてわかったわけです」


新しい夫婦別姓訴訟は4月16日、東京地裁で初回の口頭弁論が開かれる。作花弁護士は、今後の見通しについてはこう語る。


「戸籍法の欠缺(けんけつ。適用すべき法が欠けていること)について、法の不存在が違憲かどうかという判断は初めてになりますので、最高裁の大法廷が開かれるのではないかと思います。この法の不存在に合理性があるのかどうか、国が説明しなければいけません。


国は恐らく『それは裁量権の範囲内である』という主張を行うのではないかと思っています。つまり、夫婦で氏を変えた人に対して、戸籍法上の氏という、旧姓使用の根拠を与える必要ないと。これは国会の裁量であると」


この「国の裁量権」に対し、作花弁護士は懐疑的だ。


「その理由は、国会の裁量権とはまず、『こういう法律を作ればこういうメリットがあるけど、デメリットも発生するのですぐ法律を作るのは待ちましょう』というものだからです。


ところが、国会の議事録を調べても、『戸籍法上の氏』により、夫婦別姓問題を解決できるのではないか、という議論が行われている形跡はなかった。議論や検討を国会で行っているのならば裁量権の主張ができますが、行っていなければ、裁量権の主張はできないことになります」


●もしも裁判官が旧性の通称使用のまま、判決文が書かれたとしたら?

国会の裁量権では法律のメリットとデメリットが問題となるが、戸籍上の夫婦別姓は、メリットは数えられるが、デメリットがないという。むしろ、現在、戸籍法上でも別姓が認められていないことのデメリットは大きいと作花弁護士は指摘する。


たとえば、裁判所では昨年から、旧姓の通称使用を認めるようになった。


「裁判所における通称使用は、大きな問題があります。公文書や判決文は国民の権利義務に大きな影響を与えますので、『誰が作ったのか』がとても大事なのです。


仮に、死刑判決が出された場合、裁判官が3人とも旧姓の通称で判決文に名前を書いているとします。すると、法的根拠のない名前で判決が作られることになり、これが本当に有効な判決なのかという問題が出てきます。


死刑判決を受けた人が、これは裁判官の名前ではない、違法な判決だと訴えた時、果たして本当にそうじゃないと否定できるのかという問題です。しかし、戸籍法上の氏で旧姓使用を認めれば、全て解決します。戸籍法上の氏が、判決文に書くべき法律上の氏になるからです」


何よりも、苦しんでいる人たちがたくさんいる、と作花弁護士はいう。


「婚姻に際して一方が氏を変えることが義務付けられていることで、苦しんでいる人たちがたくさんいらっしゃいます。婚姻前の氏(旧姓)から婚姻後の氏へと氏を変えざるをえないことで、これまで旧姓で書いてきた論文が検索されなくなった研究者の方々もいます」


法律の問題だけではない。自分の大事にしてきた姓を名乗ることは、その人のアイデンティティに関わる。


「日常生活で、婚姻後の氏と旧姓の使い分けを行うことを余儀なくされている方々もいます。旧姓を通称使用されている青野さんも、会社では青野、病院では戸籍名で呼ばれることにとても違和感があると言われています。


氏の変更によるアイデンティティを喪失した方々もいます。その人の名前は、親御さんが上の名前と下の名前が唱和するように作ってくれているはずです。それが結婚によって変わることで、がらりと変わってしまう。人格が変わったみたいだという人もいます。


『戸籍法上の氏』を称することを認める立法がされた場合、それらの方々が全て救われることになります」


●戸籍法上の夫婦別姓なら「氏の違いによる家族の分断」は生まれない

一方、戸籍法上の夫婦別姓を立法することで、実現するメリットは多いという。


「たとえば、公務員の方々が法律上、存在しない氏である旧姓で公文書を作ることが、法律上、許されるのか、という問題が生じることもなくなります。『戸籍法上の氏』が、法律上の氏となり、その氏で公文書を作成することができるからです。


法律上の婚姻後に旧姓を戸籍法上の氏として称することは、個人の尊厳の制度であり、夫婦の制度ではありませんので、配偶者の同意は不要です。それを希望される方が届け出るだけでできるのです。ですので、夫婦別姓にするかどうかで合意ができずに事実婚になる、という問題も生じないのです。


では、デメリットはあるのだろうか。保守派議員から多く主張されるのが、「夫婦別姓で家族の分断が生じる」という指摘だ。これも、作花弁護士は一蹴する。



「戸籍法上の氏について、家族の分断は生まれません。婚姻の際に民法上の夫婦の氏が定められており、それは夫婦共通だからです。戸籍法上の氏が導入されても、『氏について家族の分断が生じる』ことはないのです。


『夫婦別姓にすると、子の氏が決まらないではないか』という問題も生まれません。子の氏は婚姻の際に定められた民法上の夫婦の氏になるからです。『子の氏が決まらなくなる』という問題は、戸籍法上の氏が導入されても生じないのです。


さらに申すと、仮に裁判所による違憲判決が出された場合、国会は『日本人同士で婚姻をして氏を変えた方で、旧姓を戸籍法上の氏として称することを希望する方は、戸籍法に基づき届け出なさい』という趣旨の条文を、戸籍法に1つ加えるだけで済むことになります。よって、裁判所による違憲判決で、国会が立法について混乱することもないのです。


立法の必要性が認められ、立法が可能であり、メリットがたくさんあり、デメリットが何もない、という問題点について、国会に立法を行うかどうかの裁量権は認められないはずだと思います。国会は立法を行うべき義務を負っており、その義務を果たしていない、という結論になるのではないか、と思っています」


そんなメリット100%、デメリット0%の立法を、なぜ国会が実現しようとしないのか。疑問が残るだけなのです」


こうと目指すところが決まれば、ブレずに進む。作花弁護士の羅針盤は今、まっすぐ夫婦別姓の実現を示している。


(前編「戦後10例目の違憲判決をたった一人で勝ち取った異才、作花知志弁護士の思考法」→ https://www.bengo4.com/internet/n_7681/ )


(弁護士ドットコムニュース)