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SHE’Sがオーディエンスとともに作り上げた“自分の居場所” 『Wandering』ツアーファイナル公演

2018年04月06日 18:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 嘘のないバンドによる、嘘のないライブだった。


(関連:SHE’S 井上竜馬×片寄明人が目指した、“理想”の音楽「独自な違和感こそポップでありフック」


 去年12月に2ndアルバム『Wandering』をリリースしたSHE’Sによる全国ツアー『SHE’S Tour 2018 “Wandering”』のファイナル、EX THEATER ROPPONGIワンマン公演。このツアー、前半戦はBIGMAMA、go!go!vanillas、WEAVER、Czecho no Republic、片平里菜、androp、TOTALFATといったアーティストたちを招いた対バン形式で、後半戦をワンマン形式で回るという二部構成で開催された。おそらく、本ツアーが開催されていた約2カ月間は、様々な経験が濃縮された、バンドにとって大きな“挑戦”の季節だったろう。その果てに辿り着いた最終公演の日、満員となったオーディエンスの前に立つSHE’Sの4人からは、自分たちが生み出した音楽に対する、とても大きな自信と信頼を抱いているような、そんな清々しさを感じた。


 ライブは、『Wandering』と同じく「All My Life」~「Blinking Lights」の流れでスタートした。恥ずかしながら、私はSHE’Sのライブを観るのは初めてだったのだが、まず驚いたのは、そのサウンドの重心の低さ。音源においては、抒情的なメロディの美しさと、それを響かせるために綿密に作られたプロダクションが耳を引いていたし、そのなかでベースとドラムのリズム隊は、きめ細やかにアンサンブルの骨子を形作っている印象だった。だが実際、ライブ現場で体感した広瀬臣吾(Ba)と木村雅人(Dr)の生み出すグルーヴはかなり骨太かつヘヴィ。この二人が土台に存在し、強靭なグルーヴ感を持続できるからこそ、SHE’Sのメロディと歌は、遠くへ、より遠くへと響くことができるのだと実感する。


 続く「Un-science」は『She’ll be fine』(2016年)収録曲で、彼らが根源的に持っている海外の音楽シーンに対する鋭い嗅覚と、それを自らのものにするモダンなポップセンスを堪能できる1曲。大らかに流れているようで、その実、大胆に変化してく展開や、随所に現れる雄大なメロディラインからは、ZEDDやAviciiのようなEDM系のプロデューサーたちからの反響を感じさせる。その躍動感のあるサウンドに、フロアからは自ずとハンドクラップが起こる。


 リリカルなピアノのメロディと疾走感あふれるアンサンブルが印象的な「Freedom」を経て、「Getting Mad」~「Running Out」の流れでは、それまでピアノを弾いていた井上竜馬(Vo / Key / Gt)がギターに持ち替え、服部栞汰(Gt)とふたり、ステージを動き回りながらギターをかき鳴らす。このときの井上と服部の姿は、もはやギターヒーロー。「Getting Mad」ではフロアから合唱も起こり、ここから一気に、ステージもフロアもハードなロックモードへ……と思いきや、続いて演奏されたのは、「White」。SHE’Sの持つメロウネスの結晶体のような、深く、美しく、穏やかな1曲だ。


 この、「Running Out」から「White」へと移行していく瞬間が、とても印象的だった。曲調が全く違う2曲ながら、「気づいたら、繋がっていた」というぐらいに、その曲間の移行が、あまりに自然だったのだ。最初に「嘘がないライブだった」と書いたが、その理由のひとつは、このステージの進行の仕方にある。言ってしまえば、この日のSHE’Sのライブには、“脚色”がなかったのだ。


 たとえば、“ここから盛り上げたい”とか、“次の曲はしっとりと聴かせたい”と思ったときに、MCなどで、会場全体をそういう空気に持っていくための演出をする、とか。ライブパフォーマンスは、そうやって空気を作っていくことも当たり前だし、極端な言い方をすれば、ライブという異空間は、そうした演出を観客が受け入れることで、演者と受け手の間の関係が自然に成り立つ空間でもある。そして、その空間をその場にいる全員で共有することは、ポップミュージックのライブにおける、ひとつの幸福の形であると、私は思う。


 しかしながら、この日のSHE’Sは、そういった“脚色”を一切しなかった。もちろんMCはあったが、それは、彼らの人となりを垣間見せはするものの、曲そのものにも、オーディエンスの受け取り方にも、過剰に干渉することはなかった。ライブ後半に差し掛かるまでは、ただひたすら曲を立て続けに演奏していく。“淡々としていた”と表現してもいいくらいに。そしてもちろん、楽曲それぞれに曲調は違うから、ひとつの形のカタルシスが増大していくということはなく、オーディエンスは、その都度その都度、呼吸を変えて、それぞれの楽曲に呼応していくことになる。これは、「アルバム」よりも「プレイリスト」が身近な世代ならではの感覚と言ってもいいかもしれない。あるいはSHE’Sは、音楽に作為的な起承転結ではなく、予期せぬタイミングで喜びや悲しみがやってくるような、普段の人々の生活や内面に近い、より生物的なバイオリズムを求めている、ということかもしれない。


 あくまでも淡々としていた。しかし曲を経るごとに会場は確かな熱気に包まれていく。なにが、この熱気を生み出しているのか?――それはひとえに、プレイヤーとオーディエンス双方による、“音楽”に対する絶対的な信頼だ。プレイヤーは、曲に込めた思いも、その瞬間の感情も、技術も、全てを音楽に託す。オーディエンスは、その音楽に身と心を委ねる。それだけでいい。真実はそこにしかありえないし、それができれば、この空間は確かなものになる。この空間は、自分たちの居場所になる――そんな確信が、この日、この会場の全てを覆っていた。


 そして、もうひとつ「嘘がない」と感じた理由がある。それは、曲を経るごとに、徐々にバンドの……特にフロントマンである井上の“叫び”が、音楽から溢れ出てきたからだ。ライブも後半に差し掛かった「Ghost」に至って、井上の歌声は、荒々しさを増し曲からはみ出し始める。押し殺しても、溢れてしまう……まるで、そんな具合に。そして「C.K.C.S.」で、ハイライトへ。「C.K.C.S.」は『Wandering』に収録された、清涼感あふれるメロディと軽快なリズムが絡み合うファンクポップ。フロアからはいくつもの手が挙がり、ウェーブが起こる。この日、会場全体に最も大きな一体感を生み出したこの曲だが、歌詞は、井上が実家で飼っている犬をモチーフにした曲なのだそう。1500人を超える人々を熱狂に巻き込んだ歌が、1匹の犬の歌だとは……本当に、嘘がないバンドだと思う。


 本編の最後を飾った「Home」の演奏中、井上はフロアに向かって「さぁ一緒に、自分の居場所を作るための歌を!」と叫んだ。そう叫ばずにはいられないほどに、彼にとって音楽とは居場所であり、家なのだろう。これまでもずっと、彼にとって、“音楽を作ること”が“居場所を作ること”と同義であったのだとすれば、SHE’Sの音楽に何故、こんなにも嘘がないのか……その理由も自ずと見えてくる。不安定さすらも許してくれる安らぎのなかでこそ、人は、心おきなく眠りにつけるものなのだ。(天野史彬)