トップへ

安定感のあった『わろてんか』、全てを覆した最終回の仕掛けを振り返る

2018年04月03日 06:21  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 葵わかな主演のNHKの朝ドラ『わろてんか』が3月31日で放送を終了した。視聴率は常に20%前後をマークしていたが、最終回放送後の結果をみると平均視聴率は20.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)という、驚異の安定ぶり。内容的にもなんとも「安定感」のある、逆にいうと、引っ掛かりのない、濃淡の少ない作品ではあった。


参考:脚本家・北川悦吏子はヒロインに何を与える? 『半分、青い。』オリジナル脚本への期待


 毎週何かしら問題や騒動が起こり、それがスピーディーにテンポよく進み、サクッと解決していく。それが見やすさであり、視聴率の安定感でもあり、いまひとつ盛り上がらなかった理由ではあると思う。そもそも吉本興業の創業者・吉本せいをモデルにしたといわれる作品のため、放送開始前には多くの人が「たっぷり笑える朝ドラ」を期待してしまった。


 しかし、これが大きな勘違いだということは、1週目でわかった。よく考えてみれば当たり前だが、一般にイメージされる「吉本興業」ができたのはだいぶ後の時代で、物語が描くのは「創業~草創期」。おまけに、タイトルも『わろてんか』=「笑ってください」で、「笑える」なんて言っていない。


 それどころか、幼少時のヒロイン・藤岡てんは、父・儀兵衛(遠藤憲一)から「笑い禁止令」を出される。「笑ってください」どころか「笑ってはいけない」からスタートしていたわけだ。そんなてんを「笑い禁止令」の呪縛から救ってくれるのが、後に夫となる藤吉(松坂桃李)。そして、今作の目玉、高橋一生演じる伊能栞は、意外にも2週目にあっさり登場する。


 実は、『わろてんか』の伝えたかったことは、最初の1~2週目にほぼ詰め込まれていた。


 一つは、葵わかなをめぐる松坂、高橋の三角関係(?)と、「松坂×高橋」「葵わかな×広瀬アリス」という恋敵ポジション同士の「友情」、それを見守る「幼馴染」(濱田岳)の構図だ。


 そして、もう一つは、最大のテーマであり、あっさり「ナレ死」した兄(千葉雄大)が、病床で、てんに語った言葉である。


 「笑うということは、人間だけの、特権なんや」


 「虫も動物も笑わへん。人間だけが笑える。何でやと思う? 人間は、お金や地位や名誉を競い合い、果ては戦争もする。アホな生き物や。人生いうんは、思いどおりにならん。つらいことだらけや。そやからこそ、笑いが必要になったんやと、僕は思う。つらい時こそ、笑うんや。みんなで笑うんや」


 てんが駆け落ちし、勘当された後に1度だけ会った父・儀兵衛(遠藤憲一)に尋ねられた言葉は「わろてるか」。さらに、自身が勘当した息子・隼也(成田凌)のもとに赤紙が届き、再会した際に尋ねた言葉「わろてるか」も、つながってくる。


 最初の1~2週と最終週にすべてが詰め込まれていたように見え、なんならそこだけでも良かったように思えたが、それを覆してくれたのが、最終回だった。


 戦後の焼け野原に仲間たちが再集結し、寄席を復興。芸人も裏方も総出で、北村笑店の物語を喜劇ショーとして上演する。それはまさしくみんながずっと『わろてんか』に求めてきた、待望の「吉本新喜劇」の原型だった。そして、ここで水を得た魚のように輝くのが、「亀さん」の内場勝則。


 朝からホッとするコテコテの笑いのひとときが、最後の最後についにきた嬉しさと、途中で脱落せずになんとかこの作品を完走できた喜びを、この最終話でしみじみ感じることができた。


 ところで、余談ではあるが、全体に濃淡の少ない作品の中で、突出してドラマチックで異彩を放っていた週もあった。それは落語家・団真(北村有起哉)と、団吾(波岡一喜)が登場した第10~11週。仲の良かった兄弟弟子が、師匠の後継者争いで弟弟子の団吾が選ばれたことで、団真は自信を喪失。師匠の娘・お夕(中村ゆり)と駆け落ちし、「団吾」の名を騙って地方巡業をしていたところ、てんに頼まれて落語の高座にあがる……という展開である。


 北村の繊細で脆く、駄々洩れする色気と、落語がうまくなっていく細やかな演技のリアリティには、目を奪われっぱなしだった。中村の薄幸そうで気丈な美しさにも強く惹きつけられた。


 さらに、この2週間だけが、アングルや「間」のとり方、映像に立体感、陰影があり、別のドラマのような強い印象を与えていた。後に知ったのだが、この2週は、『真田丸』の保坂慶太演出回だったそう。長期に渡って放送される朝ドラの場合(大河ドラマもそうだが)、演出家によって明らかに異質な回がときどきある。たとえば朝ドラ『ちゅらさん』の中で、セリフが一切なく、歌が数分間にわたって流れた「神回」を演出したのは、後に『龍馬伝』を手掛け、『るろうに剣心』などのヒット作を生む大友啓史監督だった。


 このように、本編のテイストから逸脱し、後々まで余韻の続く「異質な回」がときどき生まれるのは、朝ドラや大河ドラマのオマケ的楽しみのひとつ。できれば『わろてんか』では北村有起哉と波岡一喜の「団真・団吾」物語をスピンオフでやってくれないかなぁ。


(田幸和歌子)