マクラーレン(以下、MCL)「オーストラリアはいつもカオスなレースになるから、いつ何が起きるか分からない。今は青空だけど夕方にはシャワーの予報もある。輝くチャンスはもっとあるよ」
オーストラリアGPのスタートを前にストフェル・バンドーンのレースエンジニア、トム・スタラードが言った。マクラーレンの2台は予選で振るわず、ルノー勢最後方の11位・12位。決勝はバルテリ・ボッタスのペナルティで1つずつ繰り上がってスタートすることになった。
MCL「VER(マックス・フェルスタッペン)、RIC(ダニエル・リカルド)、HAR(ブレンドン・ハートレー)、ERI(マーカス・エリクソン)、LEC(シャルル・ルクレール)、SIR(セルゲイ・シロトキン)はプライム(SS)、他は全車オプション(US)だ」
Q2で敗退したマクラーレン勢は新品タイヤでスタートでき、上位勢よりも新しいタイヤのアドバンテージを生かして果敢に追い上げていった。昨年終盤からフェルナンド・アロンソのレースエンジニアに昇格したウイリアム・ジョセフがアロンソを駆り立てる。
MCL「前の集団はMAG(ケビン・マグヌッセン)に抑え込まれているぞ」
MCL「VERがスピンしてSAI(カルロス・サインツJr.)の前まで落ちてきた。MAGがまだ抑え込んでいる。後ろはVAN(ストフェル・バンドーン)でその後ろPER(セルジオ・ペレス)は1.7秒差だ」
まだレースエンジニアとしての経験の浅い彼に、フェルナンド・アロンソもキツい一発をお見舞いする。
アロンソ(以下、ALO)「もっと大きな声で喋ってくれ。長いレースなのに、もう元気がないのか!?」
MCL「エネルギーは高いよ! ここで君と一緒に戦っているよ、行くぞ!」
4位のケビン・マグヌッセンがレッドブル勢とルノー勢を抑え込み、長い“トレイン”状態の中でアロンソも前のサインツを追うが、追い抜きの難しいアルバートパークでは1.5秒以内に入ることはなかなか難しい。
ALO「前のクルマに付いて走るのはかなり難しいよ」
MCL「了解、今のところオーバーテイクが成功したのはOCO(エステバン・オコン)を抜いたBOT(バルテリ・ボッタス)だけだ。タイヤの状況を教えてくれ」
ALO「タイヤは問題ない。少しデグラデーションがあるけど、全てコントロールできている」
18周目のキミ・ライコネンを皮切りに、上位勢がピットストップを行ない始める。新品タイヤでスタートしたマクラーレン勢は前走車たちよりも引っ張る作戦。普通なら先に入って新品タイヤでアンダーカットを狙うのが定石だが、1ストップで走り切れてしまうことからも分かるように今回はタイヤのデグラデーションが小さく、むしろウルトラソフトで走り続けてオーバーカットを狙うことさえもできる。これはQ2敗退で新品タイヤを履いたマクラーレン勢にとっては有利な状況と言えた。
MCL「前のクルマがピットインし始めている。ギャップを縮めろ」
アロンソもピットインに向けてプッシュをし始めた矢先、マクラーレン勢にとってさらに幸運な状況が舞い込んできた。上位を走っていたハースの2台が止まり、しかもコース上に止まったことでVSCが出たのだ。これでピットストップのロスタイムを10秒は稼ぐことができる。
MCL「BOXだ、入口のボラードの右側を通れ」
アロンソはこの利を生かしてルノー勢を逆転し、さらにレッドブルのマックス・フェルスタッペンとも交錯するところまで浮上した。
ALO「イエローが出ているのにVERが抜いていったよ」
MCL「了解、レースコントロールと話しているところだ」
ALO「彼は僕にポジションを戻す必要がある」
MCL「セーフティカーが導入された」
ALO「VANはプライムタイヤ?」
MCL「そうだ、彼の後ろのBOTもプライム、それ以外はみんなバックアップタイヤだ」
ALO「VERが僕を前に行かせようとしているけど、どうしたら良いんだ?」
MCL「彼は我々にポジションを戻すように指示されている」
ALO「OK、抜いたよ。P5だ!」
32周目にレースが再開されると、ここからはフェルスタッペン相手に熾烈な防戦が続くことになった。
MCL「さっきRBRがオーバーテイクを成功させたのはターン13だったよ」
ジョセフはレース序盤にルノーを抜いたダニエル・リカルドの動きを思い出し、アロンソに注意を促す。
レーススパンではターン13に向かうバックストレートではどうしてもディプロイメントが切れるが、フェルスタッペンはバッテリーの使い方を工夫してなんとか追い抜きを成功させようと試行錯誤を繰り返す。58周のレースが残り10周を切ると、アロンソもいよいよ切羽詰まった状況になってきた。
ALO「残り周回数のカウントダウンをしてくれ。燃料はOK?」
MCL「燃料は問題ないよ。残り5周」
その一方でレッドブルも手をこまねいてはいない。パワーユニットに負荷が掛かるのは承知の上で、最後にモード変更の許可を出した。
RBR「最後の2周はもう少しパワーを上げるよ」
これを察知したマクラーレンもアロンソに知らせる。
MCL「VERがギャップを縮めようとしている。でも君は全てコントロールできているよね」
ALO「あぁ、分かってる」
そしてレースは58周目を迎えた。レッドブルはチャージラップを重ねて最終ラップにディプロイメントを集中させ、フェルスタッペンに最大限のチャンスを与えた。
RBR「ラストラップだ、オーバーテイクボタンをフルに3回使って良いぞ」
それでも最高速の遅いレッドブルのクルマでは追い抜きが難しいアルバートパークでのバトルは如何ともし難く、アロンソは全てをコントロールしたままミスを犯すことなく5位の座を守りきった。
Q2敗退、タイヤのデグラデーションの小ささ、抜きにくいコース特性、そして絶好のタイミングでのセーフティカー導入という幾重もの幸運に恵まれたとは言え、そのチャンスをしっかりと掴み取り離さなかったのは、彼らの実力だ。
MCL「イエス! P5だ! グレートドライブだった!」
ALO「ありがとう、みんなを誇りに思うよ。これまで長い冬、長いシーズンだったけど、僕らはようやく戦える、戦えるんだ!」
MCL「これから何シーズンももっと結果を勝ち獲らないとね。ゆっくり走って戻っ……うわっ、エリック(・ブリエ)がハグしてきた!」
マクラーレンの長かった冬は終わった。彼らは幸運に恵まれずとも自力でそれを掴み取ることができる力まで手に入れたのか。それはこれからのレースで試されることになるだろう。