ルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)がセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)に逆転を許した原因として、メルセデスのトト・ウォルフ(エグゼクティブディレクター)は、「バーチャル・セーフティカー(VSC)出動時にポジションを維持するために必要なギャップとしてコンピュータのソフトウェアがはじき出した数字に誤りがあった」ことを認めた。
ピットストップの際のロスタイムというのは、通常のレース走行とVSC出動時では異なる。レッドブルのクリスチャン・ホーナーによれば、「メルボルンのピットストップロスタイムは23秒だが、VSC出動時には13秒にまで短縮する。つまり、セバスチャンは10秒というボーナスをもらって逆転できた」と、レース後に解説した。
だが、話はベッテルがVSCだけによって逆転したという単純なものではなかった。
2番手と3番手で追走するフェラーリ勢が異なる戦略を採ってくることはメルセデス陣営も想定していた。そのとおり、2番手のキミ・ライコネンがアンダーカットを狙って18周目にピットイン。メルセデスのピットはアンダーカットを阻止するため、ハミルトンを翌周の19周目にピットに呼び、ライコネンの前でコースに復帰させた。
このときメルセデス陣営はステイアウトしていたベッテルとのギャップも当然ながら、警戒していた。
20周目、トップのベッテルと2番手のハミルトンとの差は13.0秒。ここでハミルトンのレースエンジニアのピーター・ボニントンからこんな指示が飛ぶ。
「ベッテルがまだ1秒だけセーフティーカーウインドウの中にいる」
これを聞いたハミルトンはその後5周にわたって少しだけペースを上げて1.7秒ギャップを詰め、25周目にはギャップを11.3秒とした。もっと速く走ることもできたが、このタイヤで最後まで走りきるために、レース中盤のこの段階では、ハミルトンもメルセデス陣営も必要最小限のプッシュにとどめておこうとしたわけである。
ところが、このマージンが十分ではなかった。
だが、ホーナーもVSC時のピットストップロスは13秒と語っていることからも、11.3秒まで縮めたハミルトンとメルセデスには間違いはなかったように思える。
では、なぜベッテルは逆転に成功したのか。
あるレース関係者は次のように説明する。
「コンピュータではじき出された13秒というピットストップロスタイムはVSCモードで走行したときのタイムとピットレーンを制限速度で走行したときのタイムの合算。ところがその中には数十メートルだけ、速度が設定されていない区間があり、メルセデスはそこを見落としていたのではないか?」
その区間とは、第1セーフティーカーラインを過ぎた地点から、ピットレーンの制限速度が適用されるピットレーン入口の間。いわゆる、ピットロードと呼ばれる区間だ。アルバートパーク・サーキットの第1セーフティーカーラインは最終コーナー手前にあり、ピットレーン入口は最終コーナーから数十メートルのところにある。
コンピュータはここをVSCモードで走行したときと同じ速度で計算していたが、ベッテルは限界で攻め、メルセデスのソフトウェアがはじき出したタイムを上回る速度でピットレーン入口まで到達したと考えられる。
レース後、ベッテルは「セーフティカーが助けになったことは確かだけど、何か起きたときにいつでも対応できるよう、やるべきことをすべてやって準備していたから優勝できたんだ」とチームを称えたが、その中にはベッテルも当然ながら、含まれていることを忘れてはならない。