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貴乃花親方の相撲協会「告発」は何だったのか 「マッチポンプ」騒動の真意を考察

2018年03月26日 12:02  弁護士ドットコム

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大相撲の貴乃花親方(45、以下親方)が3月9日、内閣府公益認定等委員会に対して日本相撲協会(以下、協会)への立ち入り検査及び適切な是正措置を求める勧告をしてほしい旨の「告発」を行った。


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ところが2週間後の3月23日、一転して取り下げる意向を示した。親方の言動は不可解に映り、筆者は「告発」の法的根拠は薄弱で、一連の行為は合理性を欠き、協会に対する「意趣返し」または「世間へのアピール」の可能性が強いと考えている。(ジャーナリスト・松田隆)


●貴乃花親方の告発の趣旨「協会に是正勧告を」

元横綱の日馬冨士関の傷害事件は世間を騒がせ、2017年11月に横綱が現役引退、2018年1月には親方が理事を解任された。親方は同年2月2日に協会理事に立候補したが落選し、3月9日に「告発」を行なったのである。


協会は「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」(以下、法)が規定する公益財団法人。公益目的事業を行う法人は「不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する」(法2条4号)ため、その事業に関して税制上の優遇措置が得られる。その公益財団法人を認定するのが、「告発」の申告先である内閣府公益認定等委員会だ。


同委員会は一般の法人が公益目的事業を隠れ蓑にして法人税の支払いを免れること等がないように、事業の適正な運営を確保するために必要な限度で報告を求め、立ち入り、検査することができ(法28条1項)、さらに期限を定めて必要な措置をとるべき旨の勧告をすることができる(法28条1項)。


これらを「協会に対して、やってください」とお願いしたのが親方の「告発」である。なお、「告発」は第三者が捜査機関に対し犯罪事実を告げて犯人の訴追を求める意思表示(刑事訴訟法239条1項)。親方のいう「告発」は行政機関等に対する「処分等の求め」(行政手続法36条の3第1項)であろう。


●「告発」の実現可能性は極めて低い、考えられる「意趣返し」

親方が内閣府に対して、立入検査、質問および是正措置を求める勧告を求めたのは、傷害事件に対する対応が「事業の適正な運営の確保に重大な疑義を生じさせるもの」(部屋のHPより)であるため。


代理人のTMI総合法律事務所の富岡潤弁護士は「理事に戻りたいから告発したわけではありません。相撲協会のガバナンスがなっていないのを、ちゃんとしてほしいというのが目的」(3月14日付け夕刊フジ電子版)としている。


同HPでは適正ではない運営の具体例として以下を挙げた。


(1)傷害事件の協会の調査は第三者ではない、身内の危機管理委員会で行われており公正中立な内容ではない。


(2)危機管理委員会は被害者の同意を得ずに、診断内容を報道機関に公表した。


(3)最終報告で重要な点で被害者の主張が全く反映されていない。


(4)親方に対する理事の解任は、解任事由に相当しない。


(5)解任にあたり求めた弁明の機会を与えられなかった。


結論から言えば、このような理由で立入検査、質問および是正措置を求める勧告がなされる可能性は極めて低い。


立入検査については「事業の適正な運営を確保するため」(法27条)に行われるが、どのような基準で行うか内閣府公益認定等委員会事務局に問い合わせると、原則的な考えは「立入検査の考え方」(2009年12月24日、その後一部改訂)で示されているとした。


それによると公益事業に関する支出が適正に行われているか、公益事業を隠れ蓑に税制上の優遇措置を得ていないかといった場合を想定しており、本件のような場合は想定外。


是正の勧告は法29条2項各号に該当する時に行うことができ、各号の内容は、a)公益認定を受けるための基準に反する、b)公益目的事業の実施、財産、計算等を遵守していない、c)法令又は行政機関の処分に違反している、である。


「勧告を行うか否かは、法29条2項各号のいずれかに該当すると疑うに足りる相当な理由がある場合に、公益認定等委員会における議論を経てその実施が判断される」(同事務局)。法29条2項1~3号に該当する場合に限られるから、親方の「告発」で行われることは、ほとんど考えられない。


それでも「告発」したのは高邁な目的などなく、傷害事件で自分が処分を受け理事を解任されたことに対して、協会への「意趣返し」、または世間に対して「協会は各組織の適切な運営等ができていない」ことをアピールすることと考えるのが通常の思考法であろう。


●「マッチポンプ」呼ばわりされるのではないか

親方は弟子の貴公俊関の付け人に対する暴行事件発覚後に「告発」の取り下げを表明したが、加害者・被害者が同部屋の場合、事件が隠蔽されやすいとも考えられる。親方はHPで「事件の解明は、関係者の処分や再発防止策の策定等の大前提となる」としているのだから、日馬冨士関の時のように捜査機関に被害届を出すのが筋ではないだろうか。


協会のガバナンスの適正化を求めるのであれば、個別の事案とは全く次元の異なる話であるから、「告発」を取り下げる必要はない。それを自分の部屋の力士が加害者になったら「公正中立ではない」機関の調査に協力、即ち親方の主張する「事業の適正な運営を確保できているとは評価できない方法」で事件の終結を図っているのである。自己矛盾は明らかで、世間から「マッチポンプ」呼ばわりされるのではないか、他人事ながら心配になる。


なお、親方は危機管理委員会の調査が公正中立なものではないとしているが、同委員会が設立された2012年の段階で親方は理事であるから設立については最終的な責任の一端を負っているはず。理事の一人として関わりながら、その組織の構成員を理由に調査が公正中立なものではないと主張するのは、自ら外観を作り出したものはその責任を負う原則(エストッペル=禁反言)に反すると考えられる。


以上の点について、代理人の富岡潤弁護士に文書で問い合わせた。


同弁護士は3月25日に「現在、内閣府に告発をしており、法的な問題について取材に応じると様々な影響を与える可能性があるので、お答えできません」とした。親方の「告発」は協会への意趣返しのようなものではないのかという筆者の考えについて「(筆者が)告発状の中身も見ていない状況で、そのようなことは言えないはずです」と話した。


【プロフィール】


松田隆(まつだ・たかし)


1961年、埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。ジャーナリスト。主な作品に「奪われた旭日旗」(月刊Voice 2017年7月号)


ジャーナリスト松田隆 公式サイト:http://t-matsuda14.com/


(弁護士ドットコムニュース)