2018年03月24日 10:12 弁護士ドットコム
5人の獄中の生活は、合わせて155年――。「袴田事件」の袴田巖さん(82歳)、「狭山事件」の石川一雄さん(79歳)ら、冤罪を訴える被害者などの、釈放後の日常生活に密着したドキュメンタリー映画『獄友』が3月24日から公開される。
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7年間にわたり、彼らを撮り続けた金聖雄監督(54歳)は、「刑務所という限られた小さな社会の中で、喜びを見つけて生きてきた。シャバに出て前向きに生きる、その姿を見てほしい」と話す。金監督に話を聞いた。(ルポライター・樋田敦子)
映画に登場するのは、5人の男性だ。無罪が確定した人もいれば、まだ確定できずにいる人もいる。
無罪が確定したのは、刑務所で29年間過ごした「布川事件」の桜井昌司さん(71歳)と杉山卓男さん(2015年に死去、享年69歳)。もう1人、「足利事件」で再審無罪が確定した菅家利和さん(71歳)は、17年6か月を過ごした。
残り2人の「獄友」が、現在も裁判で争っている袴田巖さんと石川一雄さんだ。
袴田さんは、1980年に死刑が確定した。無実を訴え続け、2014年にようやく再審決定し、48年ぶりに釈放されたが、検察は即時抗告。東京高裁が今春にも再審の可否を判断する見通しだ。もう1人の石川さんは1審で死刑、2審で無期懲役が確定し、1994年に仮釈放された。獄中生活は31年7か月に及んだ。現在、第3次再審請求中である。
金監督はこれまで、『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』『袴田巖 夢の間の世の中』を制作し、今回の『獄友』で、冤罪3部作目となる。
「社会派ですね、とよく言われるのですが、冤罪に対し強い問題意識があったわけではありません。世間にある理不尽なことに怒りは感じますが、こぶしを振り上げて抗議するのはむしろ苦手なタイプです。それでも『なんでやねん』とごく普通に疑問を持ったり怒ったりすることに対してノーとは言いたくないだけなのです」
そんな金監督を冤罪3部作に向かわせたのは、2010年夏の石川さんとの出会いだった。人権啓発ビデオの制作で狭山事件を取り上げたことがきっかけだ。
「事件に関する本を読んで、自分なりの石川さん像や事件のイメージを作り上げていったのですが、全く違いました。これこそが偏見ですね。撮影で日常生活に入り込んでいくうちに、石川さんや妻の早智子さんが素敵な人たちだと思うようになっていきました。人権や差別に対して正義を振りかざした作品ではなく、ありのままを撮りたいと思いました」
事件のことについて質問するわけでもなく、家に行って、カメラを回した。実際に冤罪という重い問題を抱え、やってないことで苦しめられているのに、石川さんの毎日は常に変わらない。
彼が何を食べ、何について笑い、怒るのか。それをフラットに描くことで、見ている人に石川さんの実像を「そうなんだ、私たちと同じ」と納得してもらえるのではないかと考えたという。
3年半カメラを回すうちに、石川さんが刑務所内でできた友人、すなわち「獄友」たちと交流があることを知った。狭山事件の支援集会に、2009年ごろから袴田さんを除く4人が集まり、同窓会のように、収監されていた千葉刑務所の思い出話をしていた。4人の話は盛り上がり、金監督もつい笑ってしまった。
「ひとつの小さな世界、刑務所に押し込められた人たちですが、その世界の中に喜びや悲しみがあって、刑務所の中の運動や音楽に楽しみを見出して生きてきた。『不運だったけれど不幸じゃなかった』という桜井さんの言葉にも驚きました。
4人はキャスティングしようと思ってもできないほどの、個性的なキャラクターの持ち主。
そして撮影中の2014年に、袴田さんが釈放されます。東京拘置所で石川さんと袴田さんは『カズちゃん』『イワちゃん』と呼び合っていたことも分かり、この5人の交流を映画にしたい。僕が作るのが自然だと思ったのです」
釈放された袴田さんの獄中生活は48年に及んだ。長い拘禁に苦しみ、今でも現実と妄想の世界を行き来している。金監督は、現実の世界を閉ざさなければ、死刑という恐怖に耐えられなかったのではないかと推測する。
映画には袴田さんと桜井さんが、獄中での娯楽だった将棋を指すシーンが出てくる。袴田さんは将棋の名人で、金監督は、袴田さんに目下75連敗中だ。
「強いですよ、袴田さんは。将棋は単純な遊びですが、ボクサーだった袴田さんには将棋で勝負をして勝つことに意味があるんですね」
撮影した7年間に、獄友たちそれぞれに大きな立場の変化もあった。
桜井さんらの無罪が確定していくのに、いまだ無罪を勝ち取れない石川さん。「よかったね」と仲間の無罪を喜ぶのに「なぜ自分だけ無罪になれないのか」と複雑な胸中がのぞく。無罪を勝ち取るまで健康でいるために、石川さんはただひたすら走る。そのシーンはあまりにも哀しい。
不運にも冤罪に巻き込まれた5人。冤罪を繰り返さないために、捜査や司法の在り方、裁判官の意識た刑事訴訟法の不備など、さまざまな面での改善が必要だ。
「5人がシャバに出てきて、こうやって交流しているのは本当に奇跡に近いことなんです。突然降ってわいたように5人は逮捕され、言いたいことも言えないまま罪を着せられ、刑期を終えて出てきた。私たちだって、いつどうなるか分からない。
制度の改善を声高に叫ぶ方法もあるけれど、僕は映画で、この問題について関心を持ってもらいたい。特効薬ではないけれど、ジワジワ感じて世論のようになっていく。その人なりの一歩につながればそれでいいと思っています」
幸せ、友情、正義とは何なのか。考えさせられる一作だ。
【取材協力】
金聖雄(キム・ソン・ウン) 映画監督
1963年、大阪・鶴橋生まれ。93年より、フリーの演出家としてスタート。PR映像やドキュメンタリー、テレビ番組など幅広く手掛ける。2013年、「SAYAMMAみえない手錠をはずすまで」で毎日映画ドキュメンタリー映画賞受賞、15年「袴田巌 夢の間の世の中」。
【映画情報】
『獄友』3月24日より、東京・中野のポレポレ東中野で上映。その後、名古屋市のシネマスコーレ、大阪市の第七藝術劇場で4月7日から。5月からは神戸市の元町映画館で、6月からは京都市の京都シネマなどで、順次全国公開。
同映画の主題歌「真実・事実・現実 あることないこと」。詩人の谷川俊太郎さん作詞、ミュージシャンの小室等さん作曲。2人の原曲にさらに27人のミュージシャンが参加したグループ『冤罪音楽プロジェクト イノセンス』が歌う。
(弁護士ドットコムニュース)