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プロテストアートからミームまで、SNS時代の「政治とグラフィック」を検証

2018年03月22日 21:31  CINRA.NET

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2017年ロサンゼルスのウィメンズ・マーチの様子 Women's March Los Angeles 2017, credit Lindsey Lawrence
■スクリーンを飛び出したスリー・ビルボード

『第90回アカデミー賞』で主演女優賞、助演男優賞を受賞した映画『スリー・ビルボード』は、最愛の娘が無残に殺された事件の捜査に進展がないことに憤った母親が、警察に抗議するために町はずれの道路に3枚の巨大な広告看板を設置する、というのが物語の始まりだった。

赤地に黒い文字で「レイプされて死んだ」「逮捕はまだ?」「ウィロビー署長、どういうこと?」と記された3枚の看板。これがきっかけとなって思いもよらない事態に発展していくというあらすじだ。

今年2月、これを模した3枚の看板がロンドンに登場した。3台のトラックに掲示された赤い看板には「71人が死亡」「逮捕はまだ?」「どういうこと?」と書かれている。

これはイギリス国内で第2次世界大戦後、火災では最悪の死者数を出したロンドンの公営住宅グレンフェル・タワーの火災への警察や政府の対応を批判するもの。看板を載せたトラックは国会議事堂やセント・ポール大聖堂などの前を通過しながらロンドン市内を巡った。

今年2月には高校での乱射事件で17人の犠牲者を出したアメリカ・フロリダ州で、全米ライフル協会(NRA)から献金を受け取っているマルコ・ルビオ上院議員を糾弾する3枚の赤い看板が登場。「学校で虐殺された」「銃規制はまだ?」「マルコ・ルビオ、どういうこと?」と記されている。

これらの看板はどちらもアクティビスト団体らによって設置され、海外の主要メディアでこぞって取り上げられるなど注目を集め、街で看板を見かけた人々がSNSにアップすることでさらに拡散された。

映画の世界だけでなく、こうしたグラフィックのイメージは、視覚言語として見る者にメッセージを力強く訴え、議論を喚起する手段となる。

■SNS時代、政治的なグラフィックイメージの伝播の仕方にも変化

古くから市民運動や政治運動には、メッセージをアピールする媒体としてプラカードやポスターなど、様々なグラフィックが取り入られてきた。それは近年の「ウォール街を占拠せよ」運動やドナルド・トランプとヒラリー・クリントンが争った米大統領選、ワシントンD.C.に50万人もの人々が集った2017年の「ウィメンズ・マーチ」、そして日本の首相官邸前・国会議事堂前での抗議デモにも通じることだが、インターネットやSNSでの情報発信が当たり前になった現代は、そのイメージの使われ方や伝播の仕方もさらに変化している。日本でも官邸前や国会前で大規模なデモが行なわれる時にグラフィックデザイナーらが自作のプラカードをネットプリントで配布する、というのは今ではよく目にする光景だ。

こうした社会情勢が動乱の時代にある現代におけるグラフィックと政治の関わりを探る展覧会が、3月28日からイギリス・ロンドンのデザインミュージアムで開催される。

■ここ10年間の「政治とグラフィック」を検証する『Hope to Nope』展

『Hope to Nope: Graphics and Politics 2008-18』と題されたこの展覧会では、リーマンショックの起きた2008年から2018年までの10年間にフォーカス。オバマ政権やアラブの春、「オキュパイ」運動、メキシコ湾原油流出事故、シャルリー・エブド襲撃事件、ブレグジット、トランプ政権といった事象を例に、グラフィックデザインが人々の意見の形成や議論喚起、アクティビズムの推進において果たしてきた役割を検証する。

また同時にFacebookやTwitterといったSNSの普及がおよぼす作用についても考察。ハッシュタグやミーム(meme)は、政治的なメッセージを持つグラフィックの生まれ方や波及の仕方に対して今や無視できない影響力を持っている。オバマの時代からトランプの時代まで、テクノロジーとグラフィックデザインが、権力者および社会的に無視されてきた人たちの武器となってどのように行使されてきたのかを探るのが、この展覧会の目的だ。

展覧会タイトルの『Hope to Nope』は、2008年の米大統領選時にオバマを支持するストリートアーティストの「OBEY」ことシェパード・フェアリーが、オバマの肖像と「HOPE」の字を描いて自主的に制作し、後に公式イメージに採用されたビジュアルと、2016年の米大統領選時にこのビジュアルをパロディーしてトランプの肖像と「NOPE」の字を描いて作られた反トランプのイメージを表している。

■権力行使のためのグラフィック、それを逆手に取ったパロディー

展示内容は「Power」「Protest」「Personality」の3つのセクションから構成。

「Power」のセクションでは、権力者が国や政治の力を行使する際にグラフィックデザインがどのように使われたかという点だけでなく、その図像の持つ意味がアクティビストや反対勢力によるパロディーなどで反転させられたケースにも注目する。

例として紹介されるのは、北朝鮮のプロパガンダ、ヒラリー・クリントンの大統領選キャンペーンに加えて、「Black Lives Matter」ムーブメントの渦中、ニューヨークのギャラリーの玄関に掲げられた「A Man Was Lynched By Police Yesterday」のフラッグなど。

「A Man Was Lynched By Police Yesterday(ある男が昨日、警官にリンチされた)」のフラッグは、黒人に対するリンチへのプロテストとして1930年代に全米黒人地位向上協会(NAACP)本部の建物に掲げられていた「A Man Was Lynched Yesterday(ある男が昨日、リンチされた)」と書かれたフラッグをアーティストのドレッド・スコットが現代にアップデートしたもの。スコットはオリジナルのフラッグの文章に「By Police Yesterday(警官によって)」と付け加えることで相次ぐ警官による黒人への暴力に抗議した。

またこのセクションでは、同性愛が犯罪とみなされていた時代の旧ソ連の政治プロパガンダポスターにレインボーカラーがあしらわれ、同性愛者の人権運動に用いられた動きも紹介。過去のイメージを現代にアップデートしたり、権力者が掲げたイメージを逆手にとって、新たな意味を付け加えたりする動向にも光を当てているのが特徴的だ。

■市民の怒りや連帯を視覚化する、「プロテスト」のグラフィック

展覧会の中でもっとも大きなセクションとなるのが、主に「路上」で掲げられたグラフィックやアイコンに注目する「Protest」の展示。

2011年から2012年にかけての「オキュパイロンドン」の参加者によるキャンプで配布された新聞や、香港の雨傘革命のシンボルとなった雨傘、ブラジルで2016年に起きた大統領への抗議運動に登場した2メートルのアヒルの人形など、アクティビストやデモ隊によって用いられたグラフィックデザインを紹介する。

さらにフランスのシャルリー・エブド襲撃事件後に、インターネット上でまたたく間に広まった「Je suis Charlie」のスローガンや同じくパリ同時多発テロ事件後に拡散された「Peace for Paris」のシンボル、ロンドンのグレンフェル・タワー火災にまつわる抗議運動にも焦点を当て、人々の怒りに共感し、連帯を示すうえでグラフィックデザインが果たす役割の重要性を強調する。

■コービンのナイキTシャツ、トランプの風刺画

最後のセクション「Personality」では、政治家の肖像を使ったグラフィックデザインにフォーカス。イギリスの労働党党首ジェレミー・コービンの支持者が作ったナイキのブートレグTシャツ(これはのちにヴィクトリア&アルバート博物館に収蔵され、展示された)や、コービンを主人公にしたパロディーコミック、そして50を超える雑誌の表紙を飾ったトランプの様々な風刺画を取り上げる。

一方で、ガイ・フォークス・マスクでアイデンティティーを隠した国際ハッカー集団「アノニマス」についても扱う。

ポスターやプラカードといったプロテストアートからインターネットのミームまであらゆる形のグラフィックデザインをカバーする同展。合計で160を超える展示物が集まるという。また会期中に予定されているイベントには、デザイナーのマイク・モンテイロがファシズムに立ち向かうデザイン戦略を語る『Mike Monteiro: How to Fight Fascism』や、「A Man Was Lynched By Police Yesterday」のフラッグの作者であるドレッド・スコットと研究者のケヒンデ・アンドリュースによるトーク『By Any Means Necessary: The Future of Black Radicalism』といった刺激的な企画が並ぶ。

グラフィックデザインやテクノロジーが近年の政治的なメッセージの形成に果たした役割を検証するだけでなく、大きな政治的事象に対して現代の市民がどのように反応し、権力と戦ってきたかを振り返る貴重な展覧会となりそうだ。展覧会の会期は3月28日から8月12日まで。