2018年03月21日 10:22 弁護士ドットコム
デーモン閣下がNHKアニメのキャラについて「我輩の肖像が我輩になんのことわりもなく使用されている」として、肖像権侵害を訴えている問題。このアニメはEテレ「ねこねこ日本史」で、擬人化したネコが歴史上の人物に扮している。デーモン閣下が問題視しているのは、第64話に登場した「デーモン風高杉」だ。
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デーモン閣下は自身のブログで3月15日、「『デザイン上「偶然」とか「たまたま」似てしまった』ではなく、名前も含めて明らかに【吾輩の姿の無断使用】である」と指摘。「悪意は無いのかも知れないが、無断で使用された事実にかわりはない」と断じ、「不快である」「心身の損害を被っている」とも述べた。番組ホームページでは3月19日までに「デーモン風高杉」を削除している。
「デーモン風高杉」はデーモン閣下が主張するように「肖像権の侵害」にあたるのだろうか。それとも、「表現の自由」として許されるのだろうか。肖像権の問題に詳しい佃克彦弁護士に聞いた。
「デーモン閣下の、『吾輩の肖像が吾輩に何のことわりもなく使用されている』とのお怒りから真っ先に頭に浮かぶのは肖像権です。肖像権とは一般に、自己の容貌や姿態をみだりに撮影されたり、その撮影された写真をみだりに公表されたりしない権利をいいます。このように肖像権とは通常、写真を撮影する行為と、その写真を公表する行為を問題としています。
しかし本件の場合、問題のテレビ番組は、デーモン閣下の写真を使用しているものではなく、使用されているのはイラストに過ぎないという点で、典型的な肖像権侵害の事案とは少し異なっています」
「判例は、写真ではなくイラスト画による場合であっても肖像権侵害は生じ得るとしており、よって、デーモン閣下のイラスト画の場合も、閣下に対する肖像権侵害の問題を生じる可能性はあります。
もっとも、イラスト画の場合、写真とは異なり、被写体の姿を機械的に忠実に写し取って再現するものではなく、作者の主観や技術によって相応のアレンジがなされるものです。つまり、イラスト画の場合、機械的な再現ではなく作者のアレンジが介在するという意味において、容貌を写し取って世間に公表する手段としては、写真ほどの直接性はありません。
容貌に対する関係でのこのような間接的な性質から、イラスト画による場合は、写真による場合よりも肖像権侵害の成立しうる範囲は限定されると考えられます。本件の場合、まさにこの限界事例にあたると思われ、このイラスト画では閣下の肖像権侵害は生じていないのではないかといえなくもありません。
しかし、次の論点もありますので、とりあえずここでは、デーモン閣下のイラスト画は肖像権侵害の問題を生じる可能性があるものとして次に進みましょう」
「本件の場合、更に検討すべきことがあります。肖像権はもともと、自分の顔や姿をさらされたくない人、換言すれば、さらされることを恥ずかしく思ったり不快に思ったりする市井の人を保護するものとして発達してきたものです。このように肖像権は、『自分は撮影されたくない。顔を世間にさらされたくない。放っておいてくれ』という気持ちを保護するものであり、学者によっては、肖像権をプライバシー権の一類型として捉える人もいるくらいです。
他方、デーモン閣下は芸能人であり、しょっちゅうテレビに出ている著名人です。つまり、世間に向けて自分の姿をさらすことを仕事にしている人であり、自分の姿をさらすことで自身が不快感や羞恥心を覚えることはまず考えられません。とりわけ芸能人の場合、むしろ、より多く人目に触れることをよしとする感覚もあるでしょう」
「それならデーモン閣下はなぜお怒りになっているのかというと、肖像をさらされて恥ずかしいということではなく、自分の“商売道具”である肖像を勝手に使用されることによって自分の商売を不正に邪魔された、というお怒りだと思われます。
芸能人などの著名人の場合、一般の人たちからの注目を集める立場にあるという意味で『顧客吸引力』があるといわれており、この顧客吸引力を背景に『パブリシティ権』という、肖像権から派生した権利が特に認められています。
パブリシティ権とは、芸能人などの著名人が、自分の肖像や氏名を無断で商業的に使用することを禁止するなど、その肖像や氏名の有する経済的価値をコントロールする権利をいい、デーモン閣下は、このパブリシティ権が侵害されたとして怒っているのでしょう」
「そこで、今回のイラスト画がデーモン閣下のパブリシティ権を侵害するものといえるかを検討します。
判例は、パブリシティ権の侵害があるといえるためには、『専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合』であることが必要だとしています。したがって今回の件は、制作側がデーモン閣下の顧客吸引力を専ら利用しようとしていたといえるかどうかが判断の分かれ目となります。
この『顧客吸引力』とは、文字通りお客さんが吸い寄せられる力です。仮に制作側がデーモン閣下の氏名や肖像を利用して顧客(つまり視聴者)の関心を吸い寄せようとするのであれば、制作側は、閣下の肖像や名前を番組上、前面に押し出すでしょう。
たとえば、番組のタイトルに閣下の名前を入れるとか、番組の主役を閣下にするなどです。そうでもしない限り、一般の人は、そもそもその番組にデーモン閣下のキャラクターが出てくること自体を知り得ないでしょうから、『顧客』が『吸引』されることにはなりません。
反対から言うと、そのように前面に押し出されていないのであれば、判例の言う『専ら…顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合』にはあたらないことになるでしょう。
本件の場合、タイトルに閣下の名前が使用されているわけではなく、また、閣下が主役であるわけでもないようです。そうすると本件の場合、閣下のパブリシティ権を侵害しているとはいえない、ということになりそうです。
制作側としては、デーモン閣下のお怒りに触れて『これは失敗した』と思っているでしょうが、本件は、法的にはパブリシティ権を侵害したとまではいえない事案だということです。デーモン閣下がお怒りになる気持ちも分かりますが、法律上はこういう結論になると思います」
弁護士ドットコムニュース編集部では3月19日、NHKに対して取材を申し込み、NHKは「今週中に回答する」とした。3月23日10時半現在、まだ回答は届いていない。【追記】 NHK広報局は3月23日15時40分ごろ、弁護士ドットコムニュースが送った質問に対して回答した。今回、デーモン閣下がブログで肖像権侵害を訴えた件について、NHKとしてデーモン閣下とコンタクトを取ったり、話し合いをしたりしたかという質問に対しては、「お答えは差し控えさせていただきます」とのことだった。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
佃 克彦(つくだ・かつひこ)弁護士
1964年東京生まれ 早稲田大学法学部卒業。1993年弁護士登録(東京弁護士会)
著書に「名誉毀損の法律実務〔第2版〕」、「プライバシー権・肖像権の法律実務〔第2版〕」。日本弁護士連合会人権擁護委員会副委員長、東京弁護士会綱紀委員会委員長、最高裁判所司法研修所教官を歴任
事務所名:恵古・佃法律事務所