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欲張りこそ若さの特権! 『ミッドナイト・ランナー』は青春暴力アクションコメディの快作だ

2018年03月21日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 『ミッドナイト・ランナー』(17年)は、青春暴力アクションコメディである。待て待て、そんな相反する要素が共存するのかと思うだろうが、これが不思議と成り立っているのだ。


参考:パク・ソジュンとカン・ハヌルが護身術を学ぶ 『ミッドナイト・ランナー』特別映像


 警察官を志す2人の青年、直情型のギジュン(パク・ソジュン)と理論派のヒヨル(カン・ハヌル)は、訓練学校でのとある事件をキッカケに深い友情で結ばれていた。ある日、2人は彼女ができないことを嘆いて、夜の街へナンパに繰り出す。しかし、坊主頭で洒落っ気ゼロの2人は、ナウなヤングが集うクラブでは全くモテず、むしろ警察志望というだけで「給料が安い」と敬遠される始末。ナンパはボロ負けに終わり、居酒屋反省会へ突撃。「ゲームセンターで遊んで帰ろう」と、涙で明日が見えない結論に達する。しかし、その道すがら若い女性の誘拐事件を目撃してしまう。2人の脳裏に警察学校の教えがよぎる。誘拐捜査の鍵は、拉致から7時間。それ以降は殺されてしまう可能性が高い――。


 本作がユニークなのは2人が警察志望の学生である点だ。2人は「警察」という進路に確固たる自信を持っておらず、能力/精神の両面において文字通りの半人前。それが事件の捜査を通じて、成長し、同時に警察という将来への決意を固めていく物語にもなっている。若者が自分の進む道を決めるまでを描くことで、まず第一に青春映画として成立させているのだ。


 本作は爽やかな青春映画である一方、暴力面で全く容赦がないバイオレンス映画でもある。最初こそ2人の捜査はトッポギ屋に聞き込みを行う程度だが、誘拐と極悪犯罪組織との関係が見えてくると、映画はシャレにならない方向へ急降下。執拗にローキックを撃ってくるラスボスまで登場し、犯罪組織が女性に行う鬼畜の所業はドン引きレベルだ。BGMも最初こそ爽やかポップ系なのだが、いつしか韓国暴力映画で聴き慣れたドンドコドンドコ系の不穏なものに。主人公たちが組織からリンチを受け、内臓を抜くために天井から吊るされたとき、「最初の青春キラキラ感はどこへ?」と度肝を抜かれざるをえない。『海猿』(04年)的な青春訓練モノから、ほんの一瞬で『チェイサー』(08年)、『哀しき獣』(10年)の世界へ。なんと鮮やかな転調だろう。


 しかし、映画はそのまま陰惨な方向に向かわず、クライマックスで再び転調する。今度は観ていて気持ちがよい爽快なアクション映画へ変わるのだ。いろいろあった末、2人は犯罪組織に殴り込みをかける。既に犯罪組織の極悪っぷりに、この時点で観客の殴り込み欲求は最高潮(ちゃんとトレーニングシーンと完全武装シーンを踏む丁寧な仕事ぶりも光る)。絶妙のタイミングでの殴り込みだから、こうなればアクション映画の勝ちパターンだ。韓国映画お得意の大乱闘では、警察大学で学んだ武術と備品を使って、チンピラ軍団をバタバタと倒していく。もちろんザコ戦の後にはラスボスが控えており、ローキック野郎との死闘は見応え十分。打撃中心のローキック野郎に対し、主人公サイドは組み技&警棒と、この上なく警官らしいスタイルで戦いを挑む。なお、筆者も家の前でヤクザと警官のドリームマッチが発生したことがあるが、そのときも警官は柔道でヤクザを制圧していた(腕絡みをかけていたと記憶している)。


 そして痛快活劇の締めは、ホロっとくる人情劇。ベタと言えばベタ、分かっちゃいるけど胸にくるエンディングで映画は終わる。最も大切な要素をエンドロール中(言わば後日譚)に入れてくるのも粋な構成だ。笑いあり涙ありとは、まさにこのこと。青春映画、暴力映画、悪趣味映画、アクション映画、人情映画、ついでに妙にセクシーなライティングで魅せる筋トレシーンと言った野郎脱ぎ映画(byキシオカタカシさん)の要素まで盛り込んだエンターテインメントのフルコース。欲張りだが、その欲張りさこそ若さの特権、そう言わんばかりの青春暴力アクションコメディの快作だ。もっとも、そんなジャンルはこの映画以外にあまりないが、それはまた別の話である。(加藤よしき)