カメラ付き携帯電話が誕生したのが1999年。以降スマートフォンの普及を経て、「写真を撮影する」という行為は驚くほど手軽になった。世界中で「写真を撮る人」と「写真を世界に向けて公開する人」が爆発的に増加したが、その一方で、肖像権や著作権といった既存の法律との衝突、写真撮影・使用のマナーにまつわるトラブルがあとを絶たない。
3月19日に刊行されたムック『写真好きのための法律&マナー』は、写真誌『アサヒカメラ』2017年4月号から2018年3月号まで連載されていた記事をまとめたもの。私たちがいま直面している「日常的だけれど、じつは人類史上初の事態」に適切に対処するための、実用的なマニュアルだ。
CINRA.NETでは本書について、『アサヒカメラ』編集長の佐々木広人氏にメール取材を行なった。その回答と共に、この本を紹介していこう。
■「こうなりゃ劇薬をぶち込んでやろう」。きっかけは「まとめサイト」
連載「写真好きのための法律&マナー」のスタートに先立って、『アサヒカメラ』誌では「写真を無断使用する“泥棒”を追い込むための損害賠償&削除要請マニュアル」を掲載。大いに話題を呼んだ。この記事のきっかけになったのは、2016年末に浮上した「まとめサイト」の問題だったと佐々木編集長は言う。
<当初は記事の信憑性に関する指摘が多かったのですが、われわれが注目したのは写真の無断使用の問題でした。実際、知り合いの何人かの写真家にたずねたところ、被害に遭ったという声が予想以上に多かったんです。さらにSNSやコンテストなどで写真を発表しているアマチュア写真家にも被害が広まっていることもわかりました。
ドイツ写真工業会の最近の調査(2014年)によると、いまは世界中で1秒間に25万回シャッターが切られる時代。これだけ気軽に写真を撮影し、発表できる時代は有史以来なかったと思います。しかし、写真に関する著作権を学ぶ機会はほとんどない。やはり、写真の著作権について学ぶ機会が必要だと思ったんです。>
とっつきにくそうな著作権を題材にするにあたって、大上段から論じても「読んでくれる人は少ない」と見た編集長は、「結論をさっさと言ってしまおう」と考えた。結論とは、「どんな写真にも著作権が存在し、無断使用されたら損害賠償請求することができるんだ、インターネットに転がっている写真がすべて無料だと思うなよ、と」。
原動力となったのは、著作権への無理解による心ない発言に対する憤りと、写真文化への愛情だった。
<インターネット上では「出典を明らかにすれば正当な引用として認められる」などと寝言のようなことを堂々と書き込んでいる人もいて、僕はそういう書き込みを見るたびに「写真家が苦労して撮影した1枚を何だと思ってやがる、こいつらは」と怒り心頭でした。>
最初の記事を掲載した際の意気込みは、「こうなりゃ劇薬をぶち込んでやろう」。 その思いは読者にも伝わった。
<すると、これが予想以上の反響を呼び、完売するに至りました。そこで次号で同じ記事を再掲載するという異例の対応をとったのですが、これもまた完売。写真の著作権問題に対してこんなに関心が高いのかと正直驚きました。>
■「表現の根幹を揺るがしかねない、基礎的で重大な問題」
大きな反響を受けて、2017年4月から1年間の連載をスタート。
この連載では、各回のテーマの秀逸さが際立っていた。事前に決められていたものではなく、「年間12回、何をやるかはまったく決めておらず、読者のみなさんやSNSなどの反応をみて、毎号のテーマを考えていました」という。
内容は非常に具体的。「嫌われない『撮り鉄』になるために!」という回では、電車の撮影を趣味とする通称「撮り鉄」によるトラブルを振り返りながら、写真家や元鉄道員に話を訊いている。野鳥や風景を撮影するという、一見して平和そのものといった行為においても、やはり欠かすことのできないマナーを明示する「『風景・野鳥撮影』のマナーを考える」、カメラを向けただけで条例違反と疑われかねない現状に切り込む「『盗撮冤罪』から身を守れ」など。文字の分量はなかなか読み応えがあるが、図や表を効果的に用いたページレイアウトと相まってすんなり読ませる。
連載中の反響については、「読者やプロの写真家のみなさんからは、『よくやった』という好意的な意見がほとんど」。法律を取り扱うことへの否定的な見解に対しては、次のように指摘する。
<たまに「法律やマナーの特集は写真をつまらなくする」「法律やマナーより写真の本質を語る特集が見たい」といった意見もありますが、いま写真をつまらなくさせている一因こそが、萎縮による行き過ぎた肖像権意識であり、無断使用による写真の大量消費(著作権侵害)だと思うんです。肖像権と著作権は、写真、ひいては表現の根幹を揺るがしかねない、基礎的で重大な問題。この問題を棚上げにして「文化立国」をうたうなんて、ちゃんちゃらおかしい。>
■すべてのクリエイターのための「マニュアル」
メール取材の最後に、佐々木編集長は「肖像権と著作権の観点でいえば、誰もが加害者・被害者になり得る」と指摘。そして次のように言葉を紡いだ。
<本書は「この写真は発表してアウト?セーフ?」「肖像権・著作権Q&Qドリル」など実践的な記事が多いので、撮影愛好家のみならず、SNSなどで写真をアップする人、インスタグラマーも必見の内容です。また、本書に出てくる「写真」を「イラスト」に置き換えても通用します。つまり、すべてのクリエイターに参考になる一冊だと自負しています。>
より自由な表現、より自由な消費を拡大していくテクノロジーと、旧態依然とした法。その狭間に生きている私たち。「マニュアル」の語源は、聖職者が祭儀で用いた手順書にあるそうだ。現代においてもやはりまだ表現に神聖な側面があるのなら、本書はまさに「マニュアル」である。
■連載終了、書籍化。次の展開は?
なお今後の展開については、佐々木編集長は次のように明かしてくれた。
<実はウチの編集部員やスタッフも写真の無断使用の被害に遭っています。相手のなかにはわれわれの正体に気づいていないところもあるようですが、知ったらどう対応するのか見ものです。その交渉経過と問題点については、いずれ記事にしたいと思います。>
今後も同誌の動向に注目したい。