2018年03月20日 11:23 弁護士ドットコム
文部科学省が名古屋市教育委員会に対し、前文部科学次官の前川喜平氏が2月に市立中学校で講師として総合学習の時間に授業をした内容の報告や録音データの提出を求めた問題が明らかになり、波紋を呼んでいる。
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毎日新聞などによれば、文科省担当者は市教委にメールを送信。前川氏が天下り問題で引責辞任したことや、「出会い系バー」に出入りしたと報道されたことに言及した上で、授業内容や目的、依頼した経緯など10項目以上を質問した。あわせて、授業内容の録音データもあれば提出するよう求めた。
これに対して市教委は、録音データは出さず、文書でまとめて回答した。授業内容は、生き方やキャリア教育、夜間学校についてだったという。
林芳正文科大臣は3月16日の定例会見で、地方教育行政法を根拠に法令上の問題はなかったとの見解を示した。ただ、教育現場の萎縮を招きかねない過剰な干渉で、教育基本法16条で否定される教育現場への「不当な支配」にあたるとの指摘も少なくない。教育問題に詳しい高島惇弁護士に聞いた。
ーー文科省は「問題なし」としています
「まず、形式的には、文部科学大臣は都道府県又は市町村に対し、その教育の事務に関する事務の適正な処理を図るため、必要な指導、助言又は援助を行うことができるとされており(地方教育行政法48条)、権限を行うため必要があるときは、執行する教育に関する事務について必要な調査を行うことができます(同法53条)。
そのため、文科省が名古屋市教育委員会に対し問い合わせを行う行為自体は、法律の根拠が存在しているとは言えます」
ーー報告や録音データの提出を求めることまで許容されるのでしょうか
「今回の問い合わせの内容は、前川氏が講師として行った授業について、その報告や録音データの提出を求めるものでした。
そもそも、地方教育行政法において、文部科学大臣が学校運営に関し指導及び助言を与えることを認めた趣旨は、本来各自治体の教育管理はその教育委員会に委ねられているところ、学習指導要領などに反する学校運営がなされて教育を受ける権利が侵害されている場合に、緊急の必要性を考慮して文科省による直接の対応を例外的に可能にする点にあります」
ーー学習指導要領に反した学校運営と言えるのでしょうか
「そうは言えないと思います。本件において、中学校学習指導要領にて定めている『総合的な学習の時間』では、配慮すべき事項として『職業や自己の将来に関する学習を行う際には、問題の解決や探究活動に取り組むことを通して、自己を理解し、将来の生き方を考えるなどの学習活動が行われるようにすること。』が挙げられており、外部から講師を招聘することも教育現場の裁量として広く認められています。
そして、前次官の前川氏を招聘して生き方やキャリア教育などに関する講演を行うことは、生徒に対し将来の生き方を考える端緒を与えるものであって、学習指導要領に即した授業内容であると評価できます」
ーー教育を受ける権利が侵害されるとは言えなさそうですね
「はい。前川氏を招聘した行為が教育を受ける権利を侵害しているとは評価できず、実際その授業内容が適切だった事実を考慮すると、本件において文部科学大臣が指導及び助言を与えるべき前提事実は存在しなかったものと思います。
そして、前川氏の経歴を考慮すると、文科省が前川氏を教育現場から排除すべく『不当な支配』を行おうとしたとの疑いを否定できず、教育基本法16条違反の問題が生じていると理解できるのです」
ーー名古屋市教委の対応をどのように評価しますか
「教育は、学習指導要領の定める基準に則している限り、教師による創造的・弾力的な運用や、地方ごとの特殊性を反映した個別化を容認しています。
今回の文科省の要請は、教育現場の裁量権を軽視した不当な介入であるとのそしりを受けざるを得ませんし、これに対し毅然と提出を拒否した名古屋市教育委員会の対応は、大いに評価されるべきものと思料いたします。
文科省に対しては、外部からの政治的影響を考慮したのではないかとの誤解を招かないためにも、教育をつかさどる行政機関として適切に運営されることを期待しています」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
高島 惇(たかしま・あつし)弁護士
退学処分、学校事故、いじめ、体罰など、学校内におけるトラブルを精力的に取り扱っており、「週刊ダイヤモンド」にて特集された「プロ推奨の辣腕弁護士たち」欄にて学校紛争問題が得意な弁護士として紹介されている。
事務所名:法律事務所アルシエン
事務所URL:http://www.alcien.jp