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米津玄師の楽曲はなぜ何度も聴きたくなる? 「打上花火」や「Lemon」などの楽曲構造から紐解く

2018年03月19日 17:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 米津玄師が3月14日、メジャーからの通算8枚目となるシングル『Lemon』をリリースした。昨年11月に発表された4枚目のアルバム『BOOTLEG』を挟み、シングルとしては前作『ピースサイン』からおよそ9カ月ぶりとなる。表題曲は、TBS系列テレビドラマ『アンナチュラル』の主題歌として書き下ろされたものであり、MVの再生回数が5日と11.5時間で1000万回という、自身史上最速記録で突破したことでも目下話題となっている。


 今回は、そんな米津のディスコグラフィの中から4曲ほどピックアップし、その魅力についてコード進行とメロディを中心に解き明かしていきたい。


(参考:米津玄師、ドラマ『アンナチュラル』主題歌「Lemon」なぜ大反響?


 まずは、昨年8月に「DAOKO×米津玄師」名義で発売された「打上花火」から。この楽曲は新房昭之監督のアニメ映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』の主題歌に起用され、各配信チャートでも上位にランクインしている。ここでは米津本人によりセルフカバーされ、アルバム『BOOTLEG』に収録されたバージョンを取り上げてみる。


 驚くのは、この曲のコード進行が、F/ G – Am/ C – F/ G – Am/ Cと(キーはC)、その派生パターンであるF/ G – Am/ C – F/ G – Am、F/ G – Am/ G – F/ G – Am/ Cのみで、ほとんど成立していること。DAOKOと共同名義のオリジナルバージョンでは(キーはG♭)、〈パッと花火が 夜に咲いた 夜に咲いて 静かに消えた〉と歌われる展開メロでコード進行が倍になったり、所々にsus4を散りばめたりと、楽曲をドラマティックにするためのギミックが施されていたが、セルフカバーはあえてコード展開を抑えることにより、抑揚のあるメロディを引き立てているのだ。


 そのメロディは、何よりサビが印象的。どこか“和”な雰囲気が、一度聴くと耳に焼き付いて離れなくなる。これはおそらく、「ヨナ抜き音階」と呼ばれる日本固有のスケールが用いられているからだろう。「ヨナ抜き音階」とは、ヨ(4)とナ(7)、つまり西洋音楽の長音階に当てはめたときに、主音の「ド」から4つ目の「ファ」と、7つ目の「シ」を抜いた音階ということである。きゃりーぱみゅぱみゅの「にんじゃりばんばん」や「つけまつける」、初音ミクの「千本桜」、星野源の「恋」、Perfumeの「レーザービーム」や「575」などでも、このヨナ抜き音階は用いられていて、どの曲もやはりどこか“和”な雰囲気が漂っているのだ。


 そういえば、Whiteberryがカバーし大ヒットを記録した、JITTERIN’JINNの「夏祭り」もヨナ抜き音階。「日本の夏夜=ヨナ抜き音階」というイメージは、この曲で定着したといえるのかもしれない。ひょっとしたら米津も、「打ち上げ花火=日本の夏夜」を表現するために、ヨナ抜き音階をあえて選んだのではないか。


 さて、続いて2015年1月14日にリリースされた、米津のメジャー3枚目のシングル「Flowerwall」を聴いてみよう。ミドルテンポの壮大なロックアンセムで、少しハネたリズムがOasisや、90年代後期のMr.Childrenなどを彷彿とさせる曲だ。キーはCで、AメロはAm/ G – F/ Cを2回くり返した後にF/ C – G /D – F/ G – C と続く。このラインの2小節目3、4拍目は、AmもしくはCへ行くと見せかけDに行くところがグッとくるポイント。BメロはConE/ – F – G/ Am – EonG#/ Am – Dm -G/ Gsus4 – G。1小節目1、2拍目、3小節1、2拍目が、それぞれ分数コードConE、EonG#となっているのは、ベースラインを1音もしくは半音で上昇させるため。そうすることによって、サビに向け徐々に盛り上がっていくメロディを、より効果的に演出しているのである。


 サビは、F/ C – G/ EonG# – Am/ D – G/ Cを2回くり返した後、F・G/ Am・ConE – EonG#・E/ Am・C – F/G – Csus4/ C。前段のEonG#は、続くAmに対するセカンダリー・ドミナント・コードで、ここもBメロと同様、ベースラインをソ-ソ#-ラと半音ずつ上昇させるために分数コードとなっている。〈それを僕らは 運命と呼びながら〉のところは、1拍ずつ目まぐるしくコードが展開し、ここではベースラインもあえて抑揚をつけて緊張感を醸している。そうすることでコントラストが付き、サビの終わり〈いつまでも手をつないでいた〉の開放感が、より増しているのだ(最後のsus4も効いている)。


 前作「orion」より約4カ月ぶりにリリースされた、通算7枚目のシングル曲「ピースサイン」は、読売テレビ系列アニメ『僕のヒーローアカデミア』の2期オープニングテーマに起用された曲である。米津は本曲を作るに当たって、彼が敬愛するアニソンシンガー和田光司の、1999年のソロデビューシングル「Butter-Fly」(作詞・作曲:千綿偉功)を意識したという。例えば音楽ナタリーのインタビューでは、「俺の中でアニソンと言えばその曲(「Butter-Fly」)だし、「ヒロアカ」(『ヒーローアカデミア』)の主題歌に関してもある程度はそれを踏襲しようと。と言うか、その曲からは逃げられないと思ったんですよね」とも公言している。


 聴き比べてみると、少なくともコード進行やメロディにはさほど大きな共通点は見られない。それだけ米津が「Butter-Fly」を、自分のオリジナリティにまで昇華したということだが、例えばイントロのシンコペーションの応酬や、サビの後半のコード進行A♭/ B♭ – GonB/ Cm – C♭/ D♭ – E♭(キーはE♭)の、 C♭/ D♭ – E♭の部分に「Butter-Fly」からの影響の、「残り香」を感じさせる。そして、全体的にマイナー調のこの曲の中で、この部分が唯一メジャー調となり景色が一瞬変わる。一聴するとシンプルでストレートなロックナンバーだが、こうした細かい仕掛けを配置することによって、何度も聴き返したくなる中毒性を生み出しているのだろう。


 そして、最新曲「Lemon」。この曲は、松任谷由実の「Hello, my friend」(1994年)に大きく影響を受けて制作したことを、米津自身が公言している。が、この2つの曲の共通点も、「ピースサイン」と「Butter-Fly」のそれと同様、表面上はさほどないように思う。強いて挙げればサビのメロディの動き方が、少し似ているくらいだろうか。ただ、これまでの米津の楽曲の中でもこの「Lemon」は、昭和歌謡~ニューミュージックの流れを汲む、しっとりしたマイナー調に仕上がっており、日本人の琴線に触れるという意味では、ユーミンからの影響を受けているのかもしれない。


 コード進行を見ていこう。キーはBで、AメロはG#m/ F# – E/ B – E/ B – Dim/ D# – G#m/ F# – E/ B – E/ B – F#/ B。ここでは4小節目のDim/ D#がポイント。D#は続くG#mのセカンダリー・ドミナント・コード、DdimはD#のドミナントセブンスコード、すなわちA#の代理コードとなっている。通常であればE/ F#、あるいはC#m/ F#と進みそうなところを、敢えてDim/ D#にすることで、この曲をより哀愁漂う雰囲気にしているのだ。


 サビは前半がE/ B – F#/ G#m – E/ B – F#/ D#。サビが「サブドミナント・コード始まり」なのは、実は「打上花火」も「Flowerwall」も、「ピースサイン」も同じ。米津の楽曲の浮遊感は、この「サブドミナント・コード始まり」に起因している部分もあるだろう。ちなみに4小節目3、4拍目のD#は、続くコードをG#mに見立てたセカンダリー・ドミナント・コード。後半は、E/ B – A#dim・D#/ G#m – C#m/ G#m – E・F#/ Fdim – C#m/ G#m – E・F#/ B。1小節目3拍目1、2拍目のA#dim・D#は、続くG#mをトニックコードに見立てたツーファイブ(A#dimはA#mの代理コード)。目まぐるしく展開していくコード進行がまるでプリズムのように、シンプルなメロディに様々な色彩を与えているのである。


 以上、駆け足だが米津玄師の近作より4曲を解析してみた。彼の楽曲の、何度も聴き返したくなる魅力の秘密に少しでも近づくことができていたら幸いだ。(黒田隆憲)