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マタハラ上司やブラック企業から身を守る武器となった「1枚の診断書」 一体なぜ?

2018年03月16日 10:42  弁護士ドットコム

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妊娠中だったある会社員の女性。妊婦健診のために有給休暇を取ろうとしたところ、上司に「仕事を休むのは迷惑」と言われてしまい、受診できないことがあった。経緯を知った主治医は激怒して診断書を出し、「診断書は会社潰せる並の威力だから普段は滅多に書かない」と語ったという。


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女性はその後、無事に出産。主治医の思い出を2月にツイートしたところ、5万以上RTされて大反響を呼んだ。果たして、本当に診断書には「会社を潰せる並の威力」があるのだろうか。専門家や弁護士に取材した。


●働く妊婦に検診を受ける時間を確保するのは会社の義務

当時、ハイリスク妊娠だった女性は、出産を受け入れてくれる大規模病院に通院していた。その病院の診察は平日のみで、女性は検診の度に有給休暇を取得。しかし、上司から「休むのは迷惑」と言われ、検診に行けないことがあった。


明らかなマタニティハラスメント(マタハラ)に、主治医が「検診を受けることは権利だ」と言って憤り、母子にどれだけのリスクがあるか、列記した診断書を出してくれた。幸い上司はその後、マタハラの態度を改め、診断書が実際に使われることはなかったが、女性は会社側との話し合いの際には常に持参していたという。



働く女性が妊娠した際、勤務時間中に検診を受ける時間を確保することは、男女雇用均等法(第12条)で会社側に義務付けられている。


●会社や上司との情報共有は「母性健康管理指導事項連絡カード」を利用

しかし、この義務を怠る会社や上司は少なくない。マタハラ撲滅のために活動しているNPO 法人「マタハラ Net」創設者で、現在は「natural rights」代表を務める小酒部(おさかべ)さやかさんも妊娠中、医師に診断書を書いてもらった経験がある。



当時、小酒部さんはマタハラの被害に遭っていた。契約社員として働いていた際、2度目の妊娠をした。1度目の妊娠は激務の末、流産していた。2度目も切迫流産の危険があって安静の必要があったが、ちょうど契約更新の時期に重なってしまった。上司は小酒部さんの妊娠を知ると、契約社員を辞めてアルバイトになるよう圧力をかけてきた。


小酒部さんは契約を更新してもらうために、無理な出社を続けた結果、再び流産してしまった。主治医からは、次に妊娠したら安定期まで休むよう言われたため、事前に会社に対し理解を求めたが得られず、最終的に退職を余儀なくされた。その後、小酒部さんは弁護士に依頼、労働審判にかけた。診断書や上司たちとの面談の録音が有力な証拠となり、ほぼ小酒部さんの希望通りの調停が成立して、解決できた。


「これは私個人の見解ですが、診断書だけでは即座に『会社を潰せるだけの効力』は難しいかなと思います。ただ、会社が診断書の通りにしなかった場合、不法行為の可能性が高く、診断書が証拠になるということはあります」


小酒部さんは、会社や上司に理解を求めたり、いざという時の「証拠」として残すために、普段から「母性健康管理指導事項連絡カード」を利用することを勧めている。


「母子手帳に付いており、診断書より割安で出費も抑えられます。診断書も母健連絡カードも、結局会社がこの通りに従ってくれなければ意味のないものと化してしまいますが、医師の客観的判断も加わっており、証拠としては強いと思われます」


●激務の挙句、1か月に2回も救急車で運ばれた男性

診断書は、妊娠中の労働者以外にも、全ての労働者にとって「切り札」になり得る。激務とされる職場で働いていた、ある男性。ほぼ毎日、帰宅が深夜に及び、土日も自宅にパソコンを持ち帰って仕事せざるを得なかった。


男性はある日、激しい胃痛を職場で起こして倒れ、救急車で運ばれた。ストレスによる胃潰瘍だった。1週間の入院を経て職場復帰したが、以前と同じように大量の仕事を押し付けられてしまう。会社が行う通常の健康診断も、上司から「時間がないから後回しにしろ」と言われて受診させてもらえず、1か月後に再び倒れて救急車を呼ぶ事態になった。


これに気づいた人事部長が、男性の上司に健康診断を受けさせるよう強く要請。やっと受診したところ、検診担当の医師になぜ短期間に2回も救急車を呼んだのか、事情を聞かれた。男性は、「何度も改善要求を出したのに一向に聞き入れてもらえなかった。自分の意志とは無関係に、多くの仕事を割り振られて首が回らなくなってしまった。長時間働いても残業代は一切出ない。出張経費も全部持ち出しで、全く支払われていない」など、全てを打ち明けた。


●会社に激怒した医師が診断書を書いて労基署に連絡

男性はこれまでも、胃潰瘍の診断書を会社に出して仕事の負担を軽減してほしいと希望していたが受理されず、逆に「気合が足りない」「普段の生活態度が悪いせいだ」と説教されていた。検診を受けるよう上司に話してくれた人事部長も、急に異動させられた。


しかし、健康診断をした病院は、偶然にも男性が入院していた病院でもあった。相談を受けた医師は即座に入院時のカルテを調べ、男性が過度なストレスが原因の胃潰瘍と十二指腸潰瘍、さらに心神喪失の状態にあるという診断結果を出した。医師は会社側に問題があるとみて、すぐに診断書を作成し、産業医と労働基準監督署に直接連絡。男性には診断書を労基署に持っていくよう勧めてくれた。


事態が動いたのは、その1か月後。会社に突然、労基署の調査が入り、義務である健康診断を受診させなかったことや、勤務実態が契約時のものと著しく乖離していること、それらが原因で男性の健康が損なわれたとして、労災認定された。同時に、未払いだった残業代や出張経費の支払いや、入院治療費の負担をするよう会社に命じた。


会社の経営はかなり厳しく、急場を乗り切るため、男性に激務を強いてたのだ。一連の不始末により、社長は責任取って辞任。他の役員や関係した管理職は異動および諭旨免職になったという。


●もしもパワハラや過労で倒れたら……「診断書がスタート地点に」

労働問題に詳しい市橋耕太弁護士によると、労災を認めさせるなど会社と戦う際、診断書が非常に重要な役割を持つという。


「負傷、疾病、障害等の災害が発生していることを証明するのに、診断書はまさにその核心的な証拠になります。一方で、その災害が『業務上』発生したといえるのか、いわゆる『業務起因性』の問題も生じます。


業務起因性は、たとえばパワハラによる強いストレスから胃潰瘍を罹患したという場合には、実際にどのようなパワハラがあったのかといった業務実態が問題になります。診断書にも、『こういう就業実態からストレスを受けて罹患した』というようなことは書かれますが、あくまでこれは本人の申告に基づくものなので、客観的な証拠といえるかというと難しいです」


では、業務起因性を認定するには何が必要になるのだろうか。


「最終的に認定するためには、やはり業務実態(労働時間やストレスの生じる職場環境だったのか等)を解明する必要があり、診断書だけでこれを認定するということはないのではないかと思います。『就業実態→ストレス・身体的負担等→疾病』という因果関係の流れが認められる必要があるのですが、『こんなにひどい症状が放っておかれたのは特別な理由(例えば過酷な就業実態)があるはずだ』と思われるほどの症状が診断されれば、認定にプラスに働くでしょう。


なので、業務起因性が認められるにあたって、診断書が『決め手』になるというよりは、スタート地点あるいは土台になる、というように考えていただいた方が良いのではないかと思います。その意味で、診断を受ける際に、既往症や生活習慣とともに、就業実態や自分の受けているストレスの状況をきちんと説明し、実態に合う診断をしてもらうことが労災に際して重要であるということができるでしょう」


もしも、会社によるマタハラや労災が認められれば、悪質だった場合、「ブラック企業」として企業名が公表されたり、行政処分などを受けることになる。働く人にとって、会社と戦うにはまず1枚の診断書が重要な「武器」となるようだ。


(弁護士ドットコムニュース)