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同性婚を描くNHKドラマ『弟の夫』は朗らかに問う。「普通なんてくそくらえ」

2018年03月15日 19:21  CINRA.NET

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ドラマ『弟の夫』ビジュアル
NHK BSプレミアムで放送中の連続ドラマ『弟の夫』が、今週末3月18日の放送で最終回を迎える。

全3回と短い放送期間ながら過去の放送時にはTwitterのトレンド1位に上がるなど話題を呼んでいる本作は、漫画家でゲイ・エロティック・アーティストの田亀源五郎の同名漫画を実写化したもの。

妻と離婚して小学生の娘を男手ひとつで育てる主人公・折口弥一(佐藤隆太)のもとに、移住先のカナダで亡くなった双子の弟・涼二の同性婚の相手だという男性・マイク(把瑠都)が訪ねてくるというあらすじだ。原作は2015年の『文化庁メディア芸術祭』マンガ部門優秀賞を受賞している。

■何気ない会話の中で自分の先入観に気づかされる
佐藤隆太演じる弥一は、14歳の時に弟・涼二にゲイであることを告白される。以来いつの間にか会話が減り、疎遠になったまま涼二が命を落としてしまったことを悔やみつつも、目の前に現れた弟の夫・マイクの存在にどう接していいかわからずに戸惑う。

一方で、弥一の娘・夏菜(根本真陽)はマイクのことをすぐに気に入り、あっという間に仲良くなる。小学3年生の夏菜にとってマイクは初めて出会う外国人であり、初めて出会う同性愛者だ。弥一は、夏菜のマイクに対する子供ならではの無邪気な反応と、マイクの優しい言葉を通して自分が知らず知らずのうちに身につけていた偏見に気づき、自分自身と向き合いながらやがてマイクの存在を受け入れていく。

夏菜とマイクの会話にハッとさせられるのは、弥一だけでない。多くの視聴者もまた、彼らのふとした会話から同性愛者について知っているつもりで知らなかったことや、自分の先入観に気づかされるだろう。

例えば劇中で夏菜は「マイクと涼二さんはどっちが旦那さんでどっちが奥さんなの?」とマイクに尋ね、マイクは「奥さんはいません。どっちもハズバンド(husband、夫)」「奥さんは女の人でしょ? 旦那さんは男の人でしょ? 私と涼二どっちも男。だから私の夫が涼二、涼二の夫が私」と答える。ヘテロの人間は時に同性愛者の人々に対して男役、女役という自分たちのステレオタイプに当てはめようとしがちだが、これを食卓の何気ない会話のなかで正してくれる。

■意外性のキャスティング、元大関・把瑠都の演技が光る
ともすればセンセーショナルに描かれがちな題材を扱う『弟の夫』だが、映像を包む空気はとても穏やかで温かい。これは大きな心を持つマイクの柔らかな存在感に拠るところが大きい。

ドラマは大筋が原作通りに進んでいるが、映像化にあたって光るのがマイク役を演じる把瑠都の演技である。原作者の田亀源五郎との対談の中で、ドラマのプロデューサーである須崎岳はマイク役のキャスティングに難航したと明かしている。

元大関の把瑠都がマイク役を演じると発表された時は、その意外性ゆえに大きな話題を呼んだ。実際にビジュアルを目にするまでは多くの人がどんなマイク像になるか想像がつかなかったのではないだろうか。しかし須崎プロデューサーがその芝居を「上手いとかテクニックでなく、ちゃんと気持ちをつくって芝居をしているのが感じられた」と語るように、把瑠都の演技にはセリフの一つ一つにマイクの温度が感じられる。心優しく温かいマイクに息を吹き込み、はまり役と言えるほどにマイクを体現している。

■「普通なんてくそくらえ」――普遍的なテーマを豊かに描く
またマイクとの交流で変化していく弥一の心情を1話、約50分CMなしという時間をたっぷり使って丁寧に表現する本作では、シングルファザーとしての弥一の思いも描かれる。

母親不在の夏菜を気にかける弥一と元妻・夏樹の会話の中で、弥一は次のように話す。

「世の中に父子家庭や母子家庭はいくらでもある。正しい家族の形ってなんだ? そんなもの存在しない。ママがいなくたって俺は夏菜のことを幸せにしてみせる」

弥一が大人になった夏菜が同性のパートナーと結婚する夢を見るシーンもある。いざそうなったら父親としてどう振る舞えば良いのか、夏菜の好きな人なら男性でも女性でもどちらでも良いと頭ではわかっていても娘には苦労して欲しくない、普通に育って欲しいとも思うと弥一が夏樹に本音を打ち明けると、夏樹はきっぱりと言い切る。「普通なんてくそくらえよ。弥一くんのやり方で夏菜を幸せにして」。

「普通なんてくそくらえ」というのはこの物語に通底するメッセージのように思える。異性愛者が「普通」なのか、両親がいる家庭が「普通」なのか――何が普通かを決める権利は誰にもない。普通なんてものは存在しなくて、ただ色んな愛の形や家族の形があるだけだ。

夏樹はあるシーンで、元夫婦である弥一と夏樹、2人の子である夏菜、弥一の弟の夫であるマイクの4人の表す言葉として「家族でいいと思うよ」と話す。多様な家族のあり方や他者との違いを認識し、受け入れること――LGBTの当事者だけでなく誰しもに通じる普遍的なテーマを豊かに描いているのが『弟の夫』の魅力なのだ。

■『弟の夫』が映像化されることの意義
このドラマが多くの人の心に響くのは、惹きこまれる原作があってこそだろう。しかしこの原作が映像化され、テレビという不特定多数がアクセスできるメディアで放送されていることの意義は大きい。
その意義は、ドラマ化決定時に発表された原作者の田亀のコメントでも語られている。

<『弟の夫』を描きながら、私はこれを、できるだけ多くの人に読んで欲しいと思っていました。ここ数年の間、世界の様々な国で同性婚が合法化されました。いつか日本でも議論されるかも知れない。そのときに、ゲイや同性婚について何も知らないまま、是非を語って欲しくない。先入観であれこれ言うのではなく、まず知って、そして一人一人に考えて欲しい。ですから、ドラマ化のお話は大歓迎でした。テレビという媒体を通して、また新たに一人でも多くの方に、この物語が届きますように。>

ドラマも残すところあと1話。田亀と須崎の対談の中では、原作とは違ったラストシーンになることが明かされている。この家族が物語の中でどんな結末を迎えるのか。期待に胸を膨らませつつも、願わくばいつか地上波でも本作が放送され、より多くの人にマイクの言葉や弥一の言葉が届くことを。