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さユりは新曲「月と花束」で新たな世界へと踏み出す “3人の酸欠少女”が登場するMVから分析

2018年03月14日 18:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 さユりの最新シングル『月と花束』が2月28日にリリースされた。この作品は、人気ゲームシリーズを原作にしたTVアニメ『Fate/EXTRA Last Encore』(TOKYO MXほか)のエンディングテーマ曲。さユりにとっては2017年5月の1stアルバム『ミカヅキの航海』以来初の楽曲リリースとなる、彼女の第2幕の幕開けを告げる作品だ。すでに楽曲の「1番Ver.」「2番Ver.」のMV2本が公開されており、初回生産限定盤CDに付属のDVDには、2本のMVの先を描いたフルレングスバージョンが収録されている。今回は過去の作品も含む彼女のMVから、「月と花束」の魅力を考えてみたい。


 TVアニメ『乱歩奇譚 Game of Laplace』のエンディングテーマとなった2015年のメジャーデビュー曲「ミカヅキ」以降、“2.5次元パラレルシンガーソングライター”として『僕だけがいない街』『消滅都市』『クズの本懐』など様々なアニメ/ゲーム/ドラマ作品とのタイアップを続けてきたさユりのMVは、一貫して3次元映像と2次元のアニメーションが交錯する2.5次元的な映像美が特徴になっている。梶浦由記が作詞作曲を担当し、『僕だけがいない街』のエンディングテーマとなった「それは小さな光のような」ではアニメの舞台=北海道の雪景色を挿入したり、さユり自身が作詞作曲した『クズの本懐』のエンディングテーマ「平行線」のMVでは、学校内の恋愛模様を通して人の業を描く作品同様に学校が舞台になったりと、タイアップ作品のパラレルワールドで繰り広げられるMVの数々に魅力を感じてきたリスナーは多いことだろう。


 とはいえ、それが作品に寄り添うだけではなく、さユり自身の歌として力強く響くのも彼女の楽曲の特徴だ。それをMVで視覚的に伝える効果を果たしてきたのが、多くの楽曲で実写パートでは彼女以外に誰も登場しない全編の構成や、歌詞をタイポグラフィで表現した演出の数々、そして何より、裸足で黄色いギターをかき鳴らし歌うさユりを真正面から捉えたダイナミックな映像だ。とはいえ、RADWIMPSの野田洋次郎が楽曲提供した2016年12月の「フラレガイガール」では、実写パートでさユりの他にモデルの田中真琴を迎えるなど、MVの雰囲気も楽曲ごとにバリエーションが増加。そうした変化を経て完成させた2017年の1stアルバム『ミカヅキの航海』は、デビュー以降音楽に導かれるように広い世界へと飛び出した彼女の航海をまとめた、デビューからの集大成的作品になった。


 今回の「月と花束」がエンディングテーマを務めるTVアニメ『Fate/EXTRA Last Encore』は、『Fate』シリーズの原点『Fate/stay night』の遥か未来にあたる西暦3020年の物語。人工管理された月を舞台に岸浪ハクノ(マスター)が自分の未来を掴み取るべく、サーヴァント・セイバーと七階層の頂上を目指して聖杯戦争に身を投じる姿を描いていく。タイトルの「月と花束」はおそらく、作品の舞台となる「月」とサーヴァント・セイバーの象徴「花(=バラ)」になぞらえたものであろうか? 激しいギターに乗って歌われる歌詞はセイバーが主人公・ハクノに託す思いに通じている。また、MVに登場する森や都市、花がアニメの各階層やエンディングとリンクするなど、今回も楽曲/MVともにアニメ作品にも通じる様々なモチーフが詰め込まれている。そして、この楽曲から最も感じるのは、アルバムを経て新たな世界へと踏み出すさユりの強い決意だ。


 それを象徴するように、「1番Ver.」のMVは冒頭、さユりが何かと決別するように花を燃やすシーンではじまると、その後アニメーションで表現された「中2さゆり」と「20歳さゆり」、そして実写で表現された「3次元=現在のさユり」が織りなす3つのパラレルワールドが進んでいく。彼女のファンなら周知の通り、「中2」はさユりが自作曲を作りはじめた年齢で、「20歳」は1stアルバム『ミカヅキの航海』をリリースした年齢。つまり、今回のMVでは彼女のキャリアの重要な転換点が、現在の彼女とともに登場する構成になっている。中でも「1番Ver.」の序盤、涙を流す「中2さゆり」と凛とした「20歳さゆり」が向き合うシーンの両者の表情の違いは印象的で、それが今回の楽曲のテーマのひとつでもある、“進むべき道を選択する”というメッセージを伝えるようだ。また、「2番Ver.」のMVでは、その2人が『Fate/EXTRA Last Encore』の階層を思わせる上下分割された別世界に登場し、より時代を進めた現在のさユりが<私が私から逃げたまま手に入る世界なら/もう いらないよ>と歌った瞬間、さらに上の階層へと旅立つような印象的なシーンに突入する。つまりこのMVには、彼女のこれまでの成長が描かれているのだろう。


 実際、今回の「月と花束」では、歌詞のテーマも過去曲と比べて大きく変化している。中でも印象的なのは、<それでも、>という言葉。この言葉はメジャーデビュー曲「ミカヅキ」にも登場するが、当時は不安や葛藤の中で絞り出すようだった“それでも”は、時を経て<それでも、/私は/知りたい/進みたい>という力強い言葉に変化している。そしてそれを可能にしたのは、<止めることも繋ぐこともできるこの日々を/潜り続けるのは君がいるからだ>という歌詞で表現された、デビュー以降彼女が出会ってきた多くの人々の存在だ。つまり、『ミカヅキの航海』へと辿り着く過程の中で、彼女はリスナーを筆頭にした様々な人々と出会い、その歩みはいつしか、自分の歩みであるだけでなく、彼ら/彼女らと共に進む航海にもなっていったのではないだろうか。それは偶然にも、『Fate/EXTRA Last Encore』でのハクノとセイバーとの関係にも重なるものだ。


 「月と花束」のMVには3番以降の展開が存在し、初回生産限定盤CDに付属のDVDに収録されたフルレングスバージョンを観ることで、ようやく<それでも、>の先を描いたMVの全貌が理解できる。「中2さゆり」「20歳さゆり」「現在のさユり」の3人が登場したMVは果たしてどんな結末を迎えるのか。新たな場所へと向かう彼女の今を、ぜひその目で確かめていただきたい。(文=杉山 仁)