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映画『ブラックパンサー』で注目 ケンドリック・ラマーらUS西海岸のホットなヒップホップ新作5選

2018年03月12日 10:42  リアルサウンド

リアルサウンド

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 各所で話題を集めているマーベル最新作の映画『ブラックパンサー』、すでにご覧になりましたか? アメリカでは2月16日の公開から3週連続首位を記録し、興収累計はすでに5億ドルを突破。3月1日から公開が始まったここ日本でも、初週の興収は3億円以上を越える成績を記録しており、今年最大の目玉作品として堂々たる滑り出しとも言えると思います。映画の詳細については、すでに色んなところで語られているのでここでは触れませんが、やはりヒップホップ・ファンとしてもチェックしておきたいのは、本作のインスパイア盤とも呼ばれる『Black Panther: The Album』。映画『ブラックパンサー』では、あのケンドリック・ラマーがシンガーのSZAを迎えた主題歌「All The Stars」を手がけ、それだけは飽き足らず、ケンドリックと彼のレーベルである<TDE>が、映画本編にインスピレーションを受けて制作したといわれるアルバムがこちらなんです。本作のライアン・クーグラー監督はカリフォルニア州オークランドの出身。ケンドリックも、同じくカリフォルニア州の出身ということで、このインスパイア盤には多くのUS西海岸のアーティストが集結している内容に。というわけで、今回は、勢いを感じるUS西海岸のヒップホップ新作アルバム5選をお届けしたいと思います。


 早速、『Black Panther: The Album』に話を戻しましょう。なんといってもエキサイティングなのは、本作ではケンドリック・ラマーが主役のブラックパンサーことティチャラ、そして敵役のキルモンガーの二人の視点でラップしている点。キルモンガー視点の代表曲といえば、やはりタイトルからして不穏な空気を感じさせる「King’s Dead – Jay Rock, Kendrick Lamar, Future, James Blake」でしょう。フューチャーのフロウはいつもよりさらにトリッキーですし、<TDE>のギャングスタ番長とも名高いジェイ・ロックの切れ味も抜群です。他にも、グラミー賞のノミネートも記憶に新しいカリード&レイ・シュリマーのメンバーであり、ソロ作にも期待が高まるスウェイ・リーとの「The Way」、ケンドリック・ラマーの前作『DAMN.』の続編的なフレイバーも感じさせるザ・ウィークエンドとの「Pray For Me」、南アフリカの若き女性アーティスト、ベイブス・ウドゥモをフィーチャーした「Redemption」など、聴きどころに溢れたアルバムに仕上がっています。どの楽曲も、映画『ブラックパンサー』の各シーンを想起させるドラマティックな内容になっているので、映画を観る前でも観た後でも、じっくり味わってもらいたいと思います。ちなみに『Black Panther: The Album』に収録されている全14曲のうち、計3曲が劇中で使用されているので、どの楽曲がどの場面で使用されているのか、ぜひとも実際に劇場のスクリーンで確かめてほしいなと思います。


 そして、『Black Panther: The Album』にも参加し、映画の舞台の一つ、オークランド出身の若者が発表した威勢のいいアルバムがこちら。SOB x RBE(エスオービー・アールビーイー、と読みます)の2ndアルバムとなる『GANGIN』です。彼らはアンダーグラウンド・シーンでそれぞれソロMCとしても活躍する4人のMCからなるクルーであり、本作に顕著である80年代のサウンドを思い起こさせるようなシンセサウンドからはややバブリーな香りも漂い、オールドスクール期のウエッサイ・サウンドへのリスペクトを感じさせます。とくに初盤の「Carpoolin」や「On Me」で楽しめるバウンシーなトラックに乗るそれぞれのマイクパスは、SOB x RBEのシグニチャー・サウンドともいうべきもの。力むようなDaBoiiのラップ、前のめりで独特なリズム感を持つSlimmy Bの二人は、SOB x RBEのカラーを印象付ける存在だと言えます。「Anti Social」で目立つのはキャッチーなヤング・TOのフロウ。「The Man Now」はラル・Gがメロディアスに仕上げます。オークランドといえば、ベテランのトゥー・ショート(映画『ブラックパンサー』にも彼の楽曲が流れるシーンが!)、御大E-40や故マック・ドレーら、これまでに数々の名ラッパーたちを輩出してきた土地。まだまだフレッシュな彼らが、今後どのようにオークランドの地をレペゼンしていくのかも楽しみです。


 もう一人、『Black Panther: The Album』に参加していた新鋭MCの作品を紹介しましょう。サクラメント出身のモジー。『Black Panther: The Album』では、「Seasons」という楽曲で、弟(分)の死や、現状を取り巻くタフな環境についてラップしていた彼ですが、先日発表したEP『Spiritual Conversations』でも、ブルージーなサグ・ライフを基調とした内容に。アトランタのYFNルッチや道教のレイヴン・ジャスティス、そして<TDE>のジェイ・ロックやケンドリック・ラマーの諸作への参加でもおなじみのテラス・マーティンらが参加。今年のグラミー賞において、ケンドリック・ラマーが昨年モジーがリリースした『1 Up Top Ahk』からの一節を引用してスピーチしたことも話題になり、映画『ブラックパンサー』の中でも、モジーの楽曲「Sleep Walking」が劇中にフィーチャーされているなど、すでに十分な存在感を放つラッパーではありますが、今年、新たな西海岸ギャングスタラップ・シーンの騎手としてさらに注目を集め続けることは間違いなさそうです。


 次は、主に2000年代後半より次世代西海岸シーンを牽引してきたラッパーであるニプシー・ハッスルによる待望の新作『Victory Lap』を。LAのクレンショー地区、スローソン通りをレプリゼントするニプシーですが、2008年にリリースしたキャリア初期の代表曲「Hussle In The House」からのファンも多いのではないでしょうか。ニプシーは限定量のみプレスした自身のミックステープを一部100ドルや1000ドルの価格を付けて販売するなど、工夫を凝らした手法で作品をリリースしてきたラッパーでもあります。これまでに発表してきたミックステープは10作以上。ファンにとって、まさに待望のデビューアルバムの到着となりました(ちなみに制作期間に6年を費やしたとも言われています)。アルバムに収録されている楽曲はどれも、まさにウエストコースト・ギャングスタ・アンセムと呼びたくなる力強いものばかり。大統領選が始まってすぐにトランプ現大統領を批判した「FDT」でのタッグでも知られるYGとの「Last Time That I Checc’d」は西海岸バイブスを十分に押し出したベースラインがボルテージを上げていきます。他のラッパーたちを痛烈に口撃する「Rap Niggas」には<I am nothin’ like you fuckin’ rap nigga / I own all the rights to all my raps, nigga(俺はお前らと違って、自分の楽曲の権利もしっかり保有してんのさ)>というラインもあり、これまでインディペンデントなラッパーとしてメジャー・ディールをうまく利用してきたニプシーならではのラインも。ジェイ・Zの代表曲「Hard Knock Life (Ghetto Anthem)」をスロウにしてサンプリングした「Hussle & Motivate」では、どこまでも貪欲にハスラーとしてのマインドをラップし、ケンドリック・ラマーを迎えた「Dedication」では「俺らの世代は2パック(を聴いていた)」と前置きし、<Dedication, hard work plus patienc / The sum of all my sacrifice, I’m done waitin’(この身を捧げてきた、努力して辛抱強く。こんなにも犠牲を払ってきた、もう待つのは終わりだ)>と、覚悟溢れるラインをスピットします。本曲ではケンドリックもクリップスとブラッズの局面に触れ、生々しいロサンジェルスのストリート・ライフを描写する箇所も(ニプシーはクリップス側、ケンドリックはどちらかというとブラッズ側と親しいスタンスのラッパーです)。他に、本作にはパフ・ダディ、シーロー・グリーン、マーシャ・アンブロシャスら多彩なゲストも参加しており、どこから切り取っても分厚いアルバムに仕上がっています。


 最後に紹介するのは、次世代の西海岸シーンの新星として注目を集めている03グリードのデビュー作。昨年秋、FADER誌が「LAで最もエキサイティングなラッパー」と評し、Noiseyも「西海岸ラップ・シーンの未来」と称賛を贈るラッパーでもあります。西海岸のワッツ地区生まれ。初めて聴いたヒップホップ・アルバムはB.G.の『Checkmate』と『Chopper City』、そして、初めて買ったヒップホップ・アルバムはネリーの『Country Grammar』だったそうで、ブーシー・バッドアスやグッチ・メイン、ヤング・ジーズィーといったサウスのラッパーたちの作品に影響を受けてきたとか。18歳の時に一児の父となり、ホームレス生活の後に収監され、監獄生活中にラップのスキルを磨いたという03グリードは、哀愁漂うようなメロディアスな語り口とハードさを兼ね備えたフロウが武器。最新ミックステープ『The Wolf Of Grape Street』は、冒頭の「Drippin’」からいきなり自由かつフリースタイル的にフロウで強烈にスピット。SOB x RBEのメンバーでもあるヤング・T.Oや、PNB・ロック、そしてE-40のレーベルとも契約したことでも知られる注目株のOMB・ピーズィー、サヴェージなラップを披露するケッチー・ザ・グレートらを迎え、かなり生々しくリアルなギャングスタ・ライフを描写します。これまでに受けたインタビューでは「ガンジーやマルコム・Xのような存在になって世界中のスラムを救いたい」とも語っており、ラッパーを超えたアーティストになる予感も感じさせる逸材です。(文=渡辺 志保)