2018年03月11日 09:52 弁護士ドットコム
都内の会社員・田中さん(20代女性・仮名)は、入社3年目に貿易系の会社を退職した。理由はセクハラとパワハラだ。上司から一方的に好意を向けられ、断ったところ、人が変わったように豹変しパワハラを受けるようになった。「今もどうすればよかったか、分からない」とこぼす。
セクハラの相手は、同じチームの上司(30代男性)だった。最初はチーム全員で飲みにいっていたが、次第に2人だけで誘われるようになった。「仕事の話をご飯でも食べながら話そう」という名目だったが、誘いは向かいの席にいるのにいつも社内メールだった。
直属の先輩だから、断りにくかった。角が立たないよう「仕事がまだあるので」とやんわり言っても、「まぁいいから一旦行こう」と押し切られる。ひどいときには、断っても断っても5日連続で誘われた。
お酒が入ると、発言はエスカレートしていく。「守ってあげたい」「育ててあげたい」。「自分でもクズだと思うんだけど」と告白もされた。男性は既婚者で子どももいた。
周りの同僚や先輩も、その「寵愛ぶり」に気づいていた。「〇〇さん、田中さんのこと絶対好きだよね」「すごいデレデレしてるよね」。すぐさま社内のネタになった。同期からは「〇〇さん、田中さんのことめっちゃ気に入ってるよね。ヤってんじゃないの?」と言われたこともあった。
「会社の皆は本気で捉えてなかったけど、こちらは本気で嫌だった。会社内でこれ以上変な噂になっても嫌だし、もう社内の誰かに相談もするのもやめようと思いました。誰も味方じゃなかった」(田中さん)
仕事中に手を触ってくるようなボディタッチにも嫌気がさしていた。部長に相談し、異変に気づいていた人事部からも「話を聞かせて」と言われ、「個人的に後輩と仲良くしないでください」と伝えてもらった。そして自分でも「そういうのは迷惑です」とはっきり伝えた。
「これで解決した」と思った次の週、その上司からパワハラが始まった。これまでの態度は豹変。関係ない仕事を押し付けられ、なにか少しでも間違うと厳しく言われるようになった。
「モチベーションが足りない」「仕事に対する姿勢がなっていない」。これまでと何も変わっていないのに、強く言われ続けた。退社後も着信やメールが続いた。
入社してまだ2年目。仕事を理由に何か言われると、どうしていいか分からなかった。まだ余裕があった時には反発する気持ちもあったが、どんどん怖くなっていった。「同じことを言われ続けると、次第に正しく思えてきたんです。なんて言っていいか、分からなくなりました」
「そんなここで頑張る必要ないんじゃないか。同じ空間で働くのが嫌だ」。セクハラ上司が豹変してから、一年弱。もう限界だった。休職するために課長に診断書を出したところ、こう突き返された。
「僕にもそう言う時期あったよ。そんなにしんどいの? 状況は分かったけど、あなたから診断書出されたら、僕は休ませないといけないからさ。今の仕事ができてないのは、あなたにも理由があるかもしれないし。もう1回考えたら?」
言いたいことを飲み込んで、デスクに戻って診断書を引き出しに閉まった。逃げ場がどこにもなかった。休み明け、ベッドから起き上がれなかった。「すみません、行けません。診断書はデスクに入っています」。そう電話するのが精一杯だった。
セクハラへの対処法をネットで調べてみると、「エスカレートする初期段階で拒むようにしよう」「はっきりと拒絶しよう」などと書いてある。これをどう思うかと尋ねると、田中さんはこう話した。
「初期段階のちょっとしたことで言い出すと、周りから『敏感な子だ』『ちょっとしたことでセクハラって言い出すやつだ』と思われるだろうし言いにくい。それと私の場合、拒絶したら敵意に変わってうまくいかなかった。まさかこんなに態度が変わって攻撃されるとは思わなかった」
さらに、「当時は疲れ果てていて、後から正式に会社に告発する気力もなかった」と振り返る。
「とにかくこれ以上この会社で働きたくないから、転職しようと思っていました。それで次の仕事が決まったら、もう関係ないからいいやという気持ちになりました。今思い返すと言いたいなと思うけど…。でも言った時に、こっちが被害者ぶってるって思われそう」
田中さんは休職後に別の業界へ転職したが、「やめたことに後悔はない」という。思い返せば、女性の先輩から「大事なお客さんとの接待に女の子が足りないから、来てくれない?」とお願いされ、若手女性社員が飲み会に駆り出されたこともあった。当日は「女の子は間に入ってね」と言われ、お客さんに腰を触られた。
「そもそも仕事で直接関係もない相手との飲み会でしたが、とてもじゃないけど断れる雰囲気ではなかった。男性と全く同じ総合職で働いているのに、そこでなんで『女の子』の部分を求められなきゃいけないのかと思いました。今考えると、コンプライアンスのかけらもない会社だったと思います」(田中さん)
転職先の会社では、社内では個人的な会話を一切避け、必要以上に愛想よくしないようにして「自己防衛」をしている。でも、今もお客さんからボディタッチをされることがある。
「嫌だなと思うけど、上司に言うと必要以上に気にされるだろうし。そもそも触る理由がわからないですよね。もうこういうのは我慢するしかないのかなと思っています」
昨年秋頃から、ハリウッドの大物プロデューサーのセクハラ疑惑が報じられたのをきっかけに、セクハラ被害に「Me too」と声をあげる動きが世界中で広まった。その後日本でも著名人が告発する動きがあったが、田中さんは「自分がされたことを思い出してしまうから」とあまり見ることができなかったという。
「そもそも女優も有名になりたくてアプローチしたんじゃないか」。ハリウッドのセクハラ騒動の中でこんな意見を見かけ、田中さんは複雑な気持ちになった。
「私も最初にはっきり言わずに毅然とした態度を取らなかったから、ダメだったのかなと思うことがあります。2人で飲みに行ってしまったり、笑顔で接し返したり…。
でもやっぱり、私は悪くなかったとも思うんです。多少愛想悪いと思われていいから、引いた顔とかもっと出してもよかったのかな…」(田中さん)
パワハラに転じてからも会社内で声をかけてくれる人はいたが、大学時代の友人に相談したことで一度休職する決心がついた。別業界で働くその友人も、会社でセクハラに遭い、休職していた。
「相談した上で初めて、どうすればいいかが分かりました。チームも忙しくて『休んじゃダメだ、頑張んなきゃ』と受け止めようとしていたけど、休んで考えることで解決した。」
「周りからどう思われるだろうとか、あまり責任感を感じすぎず限界が来る前に休んだほうがいい。相手の問題を自分のせいだと考えると心が疲れてしまう。休むのをもっと気楽に考えて欲しい」
今回のケースでは、会社側がまともに対応せず、結局、従業員が休職や退職をせざるをえない状況に追い込まれてしまった。このようなセクハラやパワハラを発生させることは、会社にとってもリスクとなる。
使用者側からの労働問題を専門に扱う神内伸浩弁護士は、「『被害者が口に出さなかったからこれはセクハラではない』『明確な拒絶をしなかった方が悪い』というのは過去の常識となっている」と警鐘を鳴らす。その一つの例として、「海遊館事件」(最高裁平成27年2月26日判決)の最高裁判決をあげた。
これは40代の男性管理職2人が、「性的な言動」が原因で、会社から出勤停止と降格処分を受けたことについて、処分が重すぎるとして会社を訴えた事件だ。
男性らは女性従業員に対し、自分の性体験に関することや、「結婚もせんでこんな所で何してんの。親泣くで」と年齢や未婚であることを侮辱する発言、さらには「夜の仕事とかせえへんのか。時給いいで。したらええやん」といった発言を1年以上にわたって行っていた。
一審は懲戒処分は有効と判断したが、二審は女性が明確に嫌がる姿勢を示しておらず、言動が許されていると誤信していたといった事情を男性側に有利に判断し、懲戒処分を無効にした。
しかし、最高裁はその結論を再び逆にし、懲戒処分は有効と結論づけた。被害者が内心で不快感や嫌悪感を抱いても、人間関係を悪化することを懸念して、加害者に対する抗議や抵抗、会社に対する被害の申告を躊躇することは考えられると判断した。
この最高裁の判断について神内弁護士は、「今は時代の流れとして、裁判所も客観的に見えるところだけではなく、『言えなくてもしょうがない』と被害者の内心にまで踏み込んで判断する傾向があります。
裁判ではセクハラした本人だけでなく、使用者の責任を問われることもあります。自分の常識と経験で判断しないように、会社でもこの流れを踏まえた社内研修や講習を徹底することが不可欠でしょう」と指摘する。
会社として、有効な手を打たないことは、十分リスクになりうるということだ。「あのくらいの発言だから」と漫然とセクハラを放置して、済ませられる時代ではない。
(弁護士ドットコムニュース)