公益社団法人自動車技術会は、3月7日(水)に東京工業大学で、『モータースポーツ技術と文化-頂点へのチャレンジ!速さを支える最新技術-』と題したシンポジウムを開催。レースに関するさまざまな講演が行われた。
このシンポジウムは、自動車技術会のモータースポーツ部門委員会が企画するもの。例年3月に開催されており、モータースポーツを通じた自動車テクノロジーに特化した講演が数多く行われる。会場には、講演の内容に沿った展示物もあり、業界関係者をはじめ各自動車メーカーの担当者、工業系の大学生等が多く詰めかけた。
■鈴鹿8耐ではライダーを遅く走らせることが重要
まず、最初の講演を行ったのはヤマハ発動機でヤマハYZF-R1やヤマハYZR-M1の開発に深くかかわっている辻幸一氏。『鈴鹿8時間耐久レース「3連覇の軌跡」』と題し、ヤマハの鈴鹿8耐への関わりやマシン開発、ライダー・レース戦略について紹介した。
ライダー・レース戦略では「鈴鹿8耐ではライダーをいかに遅く走らせることが重要」と辻氏。全日本ロードレース選手権に出場するトップライダーやMotoGPライダー、スーパーバイク世界選手権(SBK)に出場するライダーは普通に鈴鹿サーキットを走れば2分8秒台のペースで周回できるが、2分8秒台ではマシンの燃費が厳しくなり、スティント数が増えてしまう。そのため、鈴鹿8耐ではライダーは常に燃費を考えた一定のペースで走らなければならないという。
YZF-R1がフルモデルチェンジした初年度の2015年は優勝のためにとにかく速いライダーを起用条件とし、MotoGPライダーのポル・エスパルガロとブラッドリー・スミスを招集したが、ペースが速く、燃費に厳しかったという。辻氏は、この年は決勝レース中にセーフティカーが多く出たため「セーフティカーがなかったら、もしかしたら燃費が厳しかった」という裏話も明かした。
■MotoGPエンジン開発は想定していても課題が舞い込む
続いて登場したのは、スズキのMotoGPプロジェクトリーダーを務める佐原伸一氏。佐原氏は『MotoGPマシンGSX-RR開発-復帰後3年の進化と課題-』と題し、シリーズへ復帰した2015年から2017年までの3年間を振り返り、直面した課題と対処方法について紹介。2017年で特に苦労した点は減速時のフィーリングだという。
スズキは2012年から2014年までの3年間、MotoGPへの参戦を一時休止。一時休止前に使用していたV型4気筒エンジンを搭載したスズキGSV-Rから、並列4気筒エンジンを搭載する現在のMotoGPマシン、スズキGSX-RRの開発に取り組み、2015年からMotoGPに復帰した。
MotoGP復帰初年度、スズキは新規参入メーカーの優遇処置が受けられ、年間で使用できるエンジン基数が増え(2015年は年5基が12基に、2016年は年7基が9基となる)、シーズン中のエンジン開発も可能となり、プライベートテストの実施日数も自由となっていた。
2016年シーズンは、第12戦イギリスGPでマーベリック・ビニャーレスがスズキに9年ぶりの勝利をもたらし、3位表彰台を3度獲得したため、2017年シーズンは優遇処置がなくなることに。スズキは復帰初年度から優遇処置を受けられないことを前提に開発を進めていたため、大きな影響はないと考えていたようだが、シーズン中のエンジン開発が凍結された影響は予想以上に大きかったと佐原氏は話す。
GSX-RRは復帰当初、ライバルの最速車に比べ、ストレートスピードで約12km/h、レースタイムは全レース平均で約26秒の差があった。スズキはこの差を縮めるためにエンジンを改善し、初期加速のトラクションを向上させ2017年にはライバルの最速車とのストレートスピードの差を約3km/hまで縮めた。
しかし、ストレートスピードは改善したものの、減速時のフィーリングが悪化。そのため「ライダーが安心して走れない」という状況になってしまったと佐原氏は語る。この問題によりレースタイムのギャップは2016年の全レース平均が約20秒差に対し、2017年は約30秒差となってしまう。
2017年はエンジンの開発は凍結となったため、エンジン以外の補機、シャシー、電子制御での問題解決に取り組んだと佐原氏。シーズン終盤から徐々に調子を取り戻し、第15戦日本GPではアンドレア・イアンノーネが4位入賞を果たした。
復帰4年目の2018年シーズンに向けて佐原氏は「時には方向性を見失いかけることもあったが、今は進むべき方向が明確に見えている。この着実に進化したGSX-RRで2018年シーズンをたたかうことを今から楽しみにしている」と締めくくった。
■空力技術はレ―シングタイヤにも
F1やMotoGPの世界では空力開発が過熱しているが、空力技術はレーシングタイヤにも応用されている。これについて横浜ゴムの研究本部に所属する児玉勇司氏が講演した。
クルマの受ける抵抗には、クルマの空気抵抗、タイヤの転がり抵抗、内部部品の摩擦抵抗がある。今後はガソリンエンジンの減少に伴い、クルマの空気抵抗と転がり抵抗は燃費への寄与が高まり、なかでも高速度域に入ると空気抵抗の影響度は大きくなると児玉は語る。
横浜ゴムはタイヤ周辺の空気の動きに着目し、クルマの空気抵抗低減につながる空気の流れを作るためにタイヤの空力技術に取り組んでいるという。
講演で登場したタイヤは、タイヤ外側のサイドウォールにナナメに突き出た“フィン”が備えられていた。児玉氏は“フィン”がついたタイヤを『アウトサイドフィンタイヤ』と呼んでいる。市販車に『アウトサイドフィンタイヤ』を装着してテストした結果、空気抵抗が1~3%低減したという。
『アウトサイドフィンタイヤ』はスーパーGTのレーシングタイヤにも適用されている。GT300クラスにGOODSMILE RACING&TeamUKYOから参戦する片岡竜也が富士スピードウェイで使用したところ「タイヤにグリップ感を感じた」とコメント。ラップタイムも標準タイヤよりも0.2秒縮まったという。2017年は実戦・テストを含め、GT500クラス用のタイヤにもフィンタイヤが投入されていた。
その他シンポジウムでは、『Honda's Indy Car Challenging Spirit』や、2017年のインディ500で勝利を挙げた佐藤琢磨のビデオメッセージ、レクサスRC F GT3の開発内容が語られるなど、モータースポーツの技術と文化が語られる内容の濃い1日となった。