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向井理、狂気の裏に隠されていた苦しみ 『きみが心に棲みついた』星名役で見せた繊細な演技

2018年03月07日 15:51  リアルサウンド

リアルサウンド

「そうやって結局、みーんな俺の前から消えていく……」


参考:石橋杏奈、主人公に欠かせない役への抜擢続く 『きみ棲み』で見せる自然派女優としての実力


 火曜ドラマ『きみが心に棲みついた』(TBS系)第8話。キョドコ(吉岡里帆)を振り回し続けてきた星名(向井理)の心の闇が、もはや自己制御できずにハラハラとこぼれていく。笑いたいのか泣きたいのかもわからない、ぐちゃぐちゃな心。消え入るような声で呟いた「死にてぇ」の言葉は、これまで誰にも届かなかった“助けて“だったのだろう。


 血の繋がらない父親からは虐待され、幼いころの友人からはイジメを受け、姉から妬まれ、母親から見捨てられ……星名の生い立ちを振り返ると、ずっと「死にてぇ」を抱えながら生きていたのかもしれない。人を振り回す理由を「仕事も人間関係も暇つぶし。誰が傷つこうが泣こうが、自分が楽しければどうでもいいんだ」と答えたのは、星名自身の考えというより、これまで助けを求めても振り向いてくれなかった人たちの心情を語ったのではないだろうか。みんな自分が楽しければ、誰が悲しんでいても見向きもしない。苦しんでいる自分に目を向けてくれた人なんて、ひとりもいなかった……。星名は誰かを振り回して楽しんでいるのではなく、誰かを攻めることでバランスを取る人たちしか知らないのだ。


 親に愛されなかったという近い痛みを抱えたキョドコと出会い、自分のために生きてくれると抱擁を交わしたとき、キョドコよりもずっと星名が救われていたはず。プラトニックな関係を続けたのは、どこかでキョドコに対して母親の代わりを求めていたから。何があっても自分のもとから離れない。ネジネジ巻きのストールは、キョドコにとって星名が繋いだ首輪のようだったが、星名にとってはキョドコと繋がって生きていくための、へその緒のようなものだったのかもしれない。


 第8話では、想いを寄せるあまり星名の闇に引きずり込まれた飯田(石橋杏奈)が暴走。キョドコに向かて「全部自分の思い通りになってうれしい?」と痛烈なセリフを吐く。もちろんキョドコの視点を知っている視聴者にしてみれば、キョドコの人生は何一つ思い通りになんて進んでいないとわかる。だが、飯田視点のキョドコは、あざとく媚びを売って、星名の気持ちも仕事も手に入れているように見える。事実は一つでも、それを見つめる視点の数だけ真実はできあがる。


 また、この飯田とキョドコの図は、そのまま星名の姉や友人と星名に重なる。美しい顔も、もともとは親に愛されたいと願って整形手術を受け入れたもの。仕事も、恋愛も、誰かが必要としてくれることを求めた結果。だが、いくら人心掌握に勤しんでも、星名の本当に欲しいものは手に入っていない。しかし、表面的には、何もかも自分の思い通りになっているように見えるのだ。


 おそらく星名は、もうずっと前から人生に楽しみなんて期待していなかったのだろう。唯一、10年もストールを巻き続けてくれるキョドコだけが、むしろ希望だった。だが、そのストールも吉崎(桐谷健太)の出現によりほどかれてしまった。ストールのかわりにキョドコの首元に光るのは、1本の華奢なネックレス。それは自分が立ち入れない結界のしめ縄のようだが、まだまだ自分が結んだストールよりも細いことが唯一の救い。それをちぎって「俺と結婚してみる?」という提案は、より強いつながりをキョドコに求めたからなのだろう。それが星名の精一杯のSOSであることを、キョドコもまだ気付けない。唯一、本音をぶつけられ、自分とつながっていてくれると信じていたキョドコに「もう、この先ずっと分かり合える日は来ないと思います」「星名さんから離れたいんです」と言われたときの絶望は計り知れない。


 これまで、「ドS」「クズ男」と話題を呼んだ星名。だが、じっくり第8話をかけて見ていくと、柔和な笑顔や、ひとりになったときに見せる脆さがあることがわかった。人を翻弄する星名も、人にすがる弱い星名も、すべて真実。人は本当に複雑だ。そんな繊細な心情を体現した向井の演技が素晴らしかった。きっと現実社会でも、人を理解するには思っているよりずっと時間のかかることなのだ。そして、思い通りにいっているように見える人こそ、誰にも言えない苦しみを抱えているかも……その想像力が、共依存ではなく、共存していくためのヒントなのだろう。(佐藤結衣)