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社会現象にまでなった『ブラックパンサー』は何が画期的だったのか? 背景にある社会状況から考察

2018年03月06日 14:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 アメリカを中心に、いままさに社会現象を巻き起こしているマーベル映画『ブラックパンサー』。ヒーロー単独のシリーズとしては、マーベルの看板ヒーロー『アイアンマン』シリーズを全て凌駕してトップに躍り出ると、さらに『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』や、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』などのヒーロー集結作品の興行収入を短期間で次々に追い抜き、マーベル映画歴代1位の『アベンジャーズ』すら射程に捉えている。最終的にどこまで記録が伸びるのか分からない状況だ。


参考:『ブラックパンサー』IMAX上映の興行的成功が示唆する、“映画体験”の未来


 主要キャストがアフリカ系俳優で占められる本作のような映画は、いままでハリウッドでは限定的な範囲に押し込められていた。近年ヒットした『ストレイト・アウタ・コンプトン』や『ゲット・アウト』、アカデミー賞作品賞に輝いた『ムーンライト』も、比較すると制作費や公開館数の規模は、本作と圧倒的に異なる。『ブラックパンサー』は、黒人スターの映画が、ついに超大作として爆発的成功を果たした記念碑的存在になったのだ。推定される制作費も約200億円と、マーベルヒーロー単独作品としてのほぼ上限(『アイアンマン3』と同等)に達しているが、この結果を見れば大英断だったといえるだろう。


 一体、何がこの作品を社会現象にまで押し上げたのか。そして、このヒーロー作品の何が画期的だったのか。ここでは、本作『ブラックパンサー』の背景にある社会状況を解説しながら、内容を考察していきたい。


 物語の主な舞台は、アフリカの架空の王国・ワカンダである。その中心地は、埋蔵されている万能的な鉱石・ヴィブラニウムによって、世界のなかでも圧倒的な文明都市に発展していたが、国民の身の安全やヴィブラニウムの守護を目的に、都市の存在は極秘とされてきた。王として自国の平和を守ってきた父の死去により、本作の主人公となる息子のティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)が、後を継ぎワカンダ国王に即位し、ヴィブラニウムを使用したハイテク武器や鋭利な爪、スーツ、超人的な力を与えてくれるハーブなどを駆使したヒーロー“ブラックパンサー”として悪と戦う。


 アフリカ大陸には、近代的な統治機構や、ヨーロッパに先駆けてインドと交易を行うなど、歴史的に豊かな文明が複数存在していたことは知られている。本作で紹介される、アフリカ各国の伝統的な仮面は、マーベルの覆面ヒーローの起源のようにも見えて面白い。アメリカに連行されたアフリカ人たちは、そんな祖国のアイデンティティーと切り離され、自由や誇りを奪われた奴隷となったのだ。


 アメリカの黒人解放指導者マルコム・Xや、その思想に共鳴した伝説的ボクサー、モハメド・アリは、「ブラック・ムスリム運動」によりイスラム教に改宗した。それは支配者である白人からもたらされた信仰であるキリスト教を拒否し、それ以前にアフリカの一部に浸透していたイスラム教を信じることで、自分たちのルーツへと回帰しようという意図があったためである。本作に登場するワカンダ王国は、アフリカ系アメリカ人にとってのルーツへの憧れや、手に入れて然るべき文明の象徴として描かれる。


 ヒットの原動力となった一つに、アフリカ系アメリカ人の間でのムーヴメントがある。アフリカの誇りを取り戻す、いままでにないヒーローの描き方にいち早く反応し、ただ映画を楽しむだけでなく、できるだけ多くの人にこの熱気を広めようと、SNSなどでかつてない盛り上がりを見せたのだ。さらに、ルピタ・ニョンゴ演じる王国のスパイや、最強の戦士役のダナイ・グリラ、レティーシャ・ライトが演じる天才科学者など、活躍する女性キャラクターも、自立した存在として描かれ、ワカンダの理想化された未来的社会の価値を高める。その反面、村を襲撃して子どもを誘拐する武装勢力の姿が描かれるのは、けしてユートピアではない、現実のアフリカ社会の実情を映し出してもいる。


 『ブラックパンサー』は、白人ヒーローの添え物的存在などでないのはもちろん、ヒーローや敵までがほぼ黒人俳優によって占められているところが特徴だ。マーティン・フリーマンが演じるCIAエージェントや、アンディ・サーキスが演じる凶悪な武器商人は例外だが、それはむしろ一般的なアメリカ娯楽映画における割合が逆転されたものだと思えばいいだろう。


 アメリカの娯楽産業において、このキャスティングの影響は様々な意味で計り知れないほど大きい。近年アカデミー賞は、ノミネートされる俳優に黒人があまりにも少ないとして、「白人ばかりのアカデミー賞」と揶揄されるなど厳しい批判を受け、受賞者を選出するアカデミー会員が入れ替えられるという事態が起こったのは記憶に新しい。また、本来の人種を差し置いて白人の俳優に役を交代させる「ホワイト・ウォッシュ」問題への批判も話題になっている。


 しかし『ブラックパンサー』の成功によって、今回ついに「ビッグタイトルには白人が必要だ」という、長年のハリウッドの大前提が、これまでにないスケールで打ち砕かれたのである。黒人の役の幅や可能性を大きく広げることになるだろう本作の成功は偉業だと見られており、もしかしたら将来、アメリカの歴史教科書で紹介されることになるのかもしれない。もちろん、それは黒人だけの問題にとどまらない。アジア系を含め、様々な人種がこの恩恵を受けるはずだ。本作は「非白人」が進出する足がかりをハリウッドに作ったといえる。


 重要なテーマとして描かれているのが、歴史的にアメリカの黒人社会が持っていたジレンマである。本作に登場した、“攻撃を受けるほどに力をためる”パンサーのスーツは、キング牧師をはじめとする、「非暴力」によって社会の差別や暴力に抵抗する黒人の結束を感じ、胸を熱くさせる。


 リー・ダニエルズ監督の『大統領の執事の涙』でフォレスト・ウィテカーが演じた大統領付きの執事や、NASAで働いて黒人の地位をアップさせた『ドリーム』の数学者のように、地道な努力によって道を切り拓く黒人もいる。しかし、警官による理不尽な射殺事件が相次ぎ、差別的な扱いから抜け出すことのできない人々が大勢いる社会では、そのような黒人の平和主義的な態度に対し不満を持つ人物が生まれることも確かであろう。その代表となっているのが、本作で王位を狙う、マイケル・B・ジョーダン演じるキルモンガーである。彼はワカンダの文明を、黒人を虐げる世界を攻撃するために使おうとする。それはあたかも、実在の黒人解放武装組織「ブラックパンサー党」の考えにも近い。


 「暴力は新たな暴力を生み続ける」、「暴力を振るえば白人と同じになってしまう」…こんな意見を出して、好戦的なキルモンガーを批判することは可能だろう。だが、いままで強い差別や暴力にさらされてきた人物に対して、そんな台詞が通用するだろうか。その理屈が有効ならば、パリの市民が圧政を打倒したフランス革命や、重い年貢の取り立てに反抗した日本の農民たちによる土一揆なども、ただのテロ行為のようなものに過ぎないということになってしまう。本作では、キルモンガーは絶対的な悪だとは描かれない。むしろ、方法は異なるが、世界をより良いものに変えたいと願うティ・チャラと鏡像関係となっているといえよう。DCコミックを原作としたTVドラマ『ブラックライトニング』も、やはり本作と同じような暴力への葛藤がテーマとなっているように、この問題はアフリカ系アメリカ人にとって、きわめて普遍的な問題である。


 アフリカ系アメリカ人に共通するのは、過去の悲しみと現在の差別問題への意識である。黒人社会や文化への尊敬と共感にあふれている本作は、「そんな我々だからこそ、誰よりも他人に優しく接し、美しい未来を示すことができる」と、優しく観客に語りかけているように感じられる。『ブラックパンサー』は、作品をヒットさせることでアメリカの白人社会の幻想を打ち壊したばかりでなく、そのラストシーンによって、新しい未来の世界の在るべき道を照らすことに成功した。そして、その未来への理想は次代の子どもたちの道しるべとなる。その意味で、本作は“ヒーロー映画”として、マーベル映画のなかで最も意義深い作品の一つになったのだと思える。(小野寺系)